人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

60 旅支度

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「……エイジさん、ここは一体……どう考えてもビルの屋上から通じてそうな所じゃないんですけど。一体何がどうなったらこんな事になるんですか」

 少し気を抜いて感傷に浸っていると、エルが怪訝そうにそう訪ねてきた。
 エルが疑問を感じるも無理はない。エルの言う通り明らかにビルの屋上からは繋がらないであろう空間で、そして俺がそうした空間転移の類の精霊術を使えない事はエルが一番良く分かっていると思う。

「扉に差し込めば別の扉へと繋がるっていう、それこそ魔法みてえな鍵を貰ってな、それを使ってみたんだ。だからそもそも此処はビルとは全く関係のない場所の筈だ」

「貰ったって一体そんなの誰から……多分対策局の人からじゃないですよね? テレポートの魔術はある見たいですけど、そういう道具はなかったはずですし」

 エルは俺よりも対策局に出入りしている。故に事対策局の内部事情に関しては、俺よりも知っている事が多いだろう。故に対策局にそんな無茶苦茶な道具が存在していない事は察する事ができる。

「ああ。協力者がいるんだ。お前を助ける為に手を貸してくれている連中がいる」

「協力者……」

「対策局以外に魔術を使える人間がいる組織が――」

 そう言いかけた所で言葉が出なくなった。
 イルミナティの名を直接出さないようにと思って口にした文面だったが、どうも俺が思っている以上にイルミナティの男が使った術式の拘束力は強い物らしい。
 急に言葉を止めた俺に一瞬エルは戸惑いを見せるが、それでも何かに気付いた様に、しばらく間を開けてから俺に問う。

「もしかして、口止めか何かをするような精霊術……いや、魔術を掛けられたりしてます?」

「……よく分かったな」

「簡単ですよ……エイジさんが言葉詰まらせた時、なんていうんですかね……こう、違和感がありましたから」

 エルが言わんとしていることはよく分かる。
 互いが怪我を負うような危機に陥ったら、離れていてもそれが分かるように、こうして俺が俺の意思に反して言葉を止めた事も刻印を通じて伝わるのだろう。

「だから言えない事は無理に答えなくていいですよ」

「悪いな。何も教えてやれなくて」

「いえ。確かに気になることは沢山ありすぎですけど……知っても知らなくても協力してくれた人がいて、今無事にエイジさんとここにいる事に変わりはないですから」

 エルはそう言って笑みを浮かべる。
 もっともこの状況を作り出しているのがイルミナティの連中な訳で、言えばエルの心境は随分と変わってくるだろうけども。
 ……ああそうだ。色々と変わるだろうな。
 俺が知った協力者の情報全てをエルに伝えれば、おのずとエルにエル自身の事を告げなければいけなくなる。そこまで全て語る事によって彼らの行動を違和感なく話せるだろうから。
 そういう意味では俺が何も話せなくて、そしてエルがそれ以上の詮索をしてくれなくてよかったと思う。
 それが真実か偽りかは別として、どんな顔をしてエルに告げればいいか分からない。
 精霊がどういう存在かなんて、一体どう告げればいい。

「そうか。お前がそれでいいなら今は保留だ。話せる時になったら話すよ」

「はい」

 とりあえず今はエルの言葉に甘えて全てを先送りにする事にした。
 それを告げなければならない時が来るかどうかは分からないが。

「……それにしても、此処どこなんですかね?」

「分からねえ。この鍵をくれた奴は鍵で埼玉県位までは飛べるみたいな事を言ってたから、目的地ではない事は確かだと思うけど」

「目的地……あの世界に飛べるのは三日後だって言ってましたけど、こっちの世界に来た時みたいにどこかに行かないと行けないんですか?」

「ああ。例えば俺達が全員揃って池袋に辿りついたみたいに、その時々で異世界と繋がっている場所は何カ所かに固定されているらしい。で、次に精霊が出現する可能性があるのが三日後の山形県。だから目的地は山形県だ」

「山形県……確か玉こんにゃくが名物な所でしたっけ?」

「え? 玉こんにゃく? なにそれ?」

「詳しくは分からないですけど、しょうゆで味付けされたこんにゃくみたいな感じだったと思います。えーっと、なんで私が知っていてエイジさんが知らないんですか」

「いや、ご当地グルメとかあんま分かんねえし……」

 ……というか良くわかったな。エルのこの世界の適応力凄すぎるだろ。
 読み書きから現代機器まで使いこなし、そうした雑学まで頭に入れてるってのは、相当凄い事だと思う。
 それだけこの世界の居心地が良かったのかもしれない。だとすればそれはとても良い事だけれど、この世界を今から去らなければいけないという事に対する申し訳なさが増してしまう。
 ……まあちゃんと帰ってくる予定ではいるけども。

「勉強不足ですよ、エイジさん」

「お前が勉強しすぎなだけだよ……もし食うタイミングあったら食う? 食える所寄れたらだし、正直難しいかもだけど」

「食べます食べます」

「……体調悪いんじゃなかったっけ?」

「それはすこぶる悪いですけど……でもまあ食欲はあるんですよね」

「まあ、あるに越したことはねえよな」

 それは良い事だ。
 だけどそういう飯の話は一旦置いておこう。
 まずは状況とやるべきことの整理をしなければならない。

「で、とりあえず此処がどこかってのをまず把握する必要があんだけど……どうすっかな」

「携帯のGPSで確認できないですかね?」

「成程」

 ……エルの口から普通にGPSとかいう単語が出てくる事に複雑な気持ちになりながらも、ポケットから携帯を取りだしてみるが、まあ流石にこうなるという風な事になっていた。

「……画面割れてやがる」

 というか電源そのものがつかない感じ。多分さっきの戦いのどこかで壊れたんだと思う。

「なら仕方ないですね」

「エルの携帯は?」

「私今携帯持ってないです」

「……じゃあ携帯で位置確認は無しだな」

 そうなってくるとどうするべきか。
 とりあえず俺は出てきた部屋を見渡してみる。
 ……なんというか生活感のない部屋だった。
 ビルの屋上から繋がった一般住宅のリビングは、特別生活感のある様な家具は置かれておらず、簡素なテーブルなどが置かれているに留まっていた。
 だけどそのテーブルの上に、意味ありげに封筒が置いてあるのを見付ける。
 俺はそれを手に取り、封筒に掛かれた一文により、色々と察する事ができた。

「瀬戸栄治君へ……か」

「え? エイジさん当てですか?」

 ……どう考えたってイルミナティの人間が置いたものだろうと推測できた。

「まあとりあえず中見てみるか」

 俺は封筒を開いて中身の便箋を通りだす。
 そしてそこに記されていた文章はこういった物だった。

『キミがこの手紙をみているならば、おそらくキミはあの精霊を対策局から奪還してそこにいるのだろう。ひとまずはお疲れさまと言っておこうか。まず気になっているかもしれないから答えておくと、此処は埼玉県の市街地に程近い所にある住宅街だ、キミ達は此処からJRなりタクシーなり何でもいい。とりあえず山形県を目指してほしい』

 なるほど、マジで埼玉県か。
 俺の移動手段を対策局が把握していない事を考えると、とりあえず東京都から出られたのは大きい。
 そんな風に少し気を楽にしながら俺は続きを呼んでいく。

『とにかく次の精霊の出現は山形県全域だ。だから向こうに着いたら人気の少ない所にでも身を隠すのが賢明だ。例えば山の中とかな』

 ……まあ確かに極力人と接触する事を避けたほうがいい事を考えると、それが最善の手かもしれない。
 全世界共通で言える事だか、多発天災以降登山などのレジャー人口は圧倒的に減少している。今は危険だという認識が強いのだ。立ち入り禁止になっている所も多い。
 確か前に見たニュースを思い返す限り、山形県だと飯豊山辺りが立ち入り禁止になっていた筈だ。
 ……数日分の食料買い込んで山籠りでもするのが得策か。山小屋もあるし。

『さてここからが本題だが、あと数日間を過ごす為に必要となってくる物も多い筈だ。だからこちらの方で色々と用意いておいた。隣の和室に荷物を纏めてある。好きな物を持っていくといい』

 それはありがたい。どちらにしろあと数日分の物資と可能であるならば異世界に渡った後の物質。それを用意できるだけ用意しておきたかったから、その一部をイルミナティが用意してくれたのなら手間的にも予算的にも助かる。

「なんて書いてありました?」

 手紙はそこで終わっていて、それを折り畳んでテーブルに戻すとエルがそう訪ねてきた。

「目的地の確認とプレゼントのお知らせだ。隣の部屋に色々と用意してあるらしい」

 そんなやり取りを交わした後、俺達は隣の部屋に用意された物資の確認に向かうと、確かにそこにはプレゼントが用意されていた。

「缶詰ですね。あとミネラルウォーター」

「衣服にタオルに懐中電灯に救急箱……ってコレあれだな。災害時の避難セットに近いな」

 数日山に籠る可能性があり、そして異世界に行ったら完全にサバイバルだ。だからとても的を射たプレゼントだとは思う。
 これらをとりあえず用意されている空のリュックサックに好きなだけ詰め込んで行けという事だろうか。

「そういえば私缶詰って食べた事無いんですけどおいしいんですかね?」

「まあうまいよ。結構よくできてるっていうかさ……あ、これ俺好きな奴」

「私のご飯とどっちがおいしいですか?」

「エルが作った奴の方がうまいよ」

「なら良かったです」

 そう言ってエルは笑う。
 そりゃそうだ。缶詰ごときが勝てるわけねえだろ。

「まあとりあえず向こうの世界に行った時の分も考えて持てるだけ持っとこう。懐中電灯とかもまあ暗いだろうからあるに越したことはねえし……なあ、エル。救急箱いると思う?」

「いや、多分回復術あるんで大丈夫じゃないですかね?」

「まあそうなるよな」

「ところでエイジさん。そこの鞄もプレゼントって奴ですかね?」

「ん? ああ、なんかそれっぽいな」

 少し離れた所にボストンバッグが一つ置かれていた。

「何入ってんだこれ」

 俺はとりあえず中身を確認して……そして思わずファスナーを閉めた。

「え、エル……すげえの入ってた」

「凄いの? 一体何が入ってたんですか?」

「……札束」

 改めてファスナーを開き、中からそれを取りだして見せる。
 鞄の中に入っていたのはそれだけで、人によってはこのサイズの鞄にこれだけ? とでも思う奴もいるかもしれないけれど、それでも高校生がまず手にする事が無いであろう大金。
 ……現金百万円が今、俺の手に握られていた。

「……ほ、本物ですか? それ」

「こんな意味ありげに偽札置かれてたまるか……で、これも多分プレゼントっていう事でいいんだよな」

 とりあえずの逃亡資金。ある程度色々な行動パターンを想定してちゃんと現金まで用意してくれた訳だ。

「どうするんですかそれ」

「ありがたく貰っていこう。あればあるだけ役に立つ」

 もっとも異世界に行ってしまえば紙切れになるんだけど。

「とにかくこれで行動資金も調達できたわけだし、さっさと準備進めるか」

「はい」

「……エル。準備全部俺がやって、ギリギリまで休んでてもいいんだぞ?」

「いいんです、この位。それに……少しでも隣りに居させてください」

「……分かった」

 エルがそう言うなら。

「はい。じゃあ準備しますか」

 エルはそう言って笑って頷く。
 そうして俺達はリュックサックと百万円の入っていたバッグに荷物を詰め始めた。
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