人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
270 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ

67 辿りついた活路

しおりを挟む
「……エル」

 心の整理を付ける時間も与えられぬまま次の瞬間、エルは俺との間の僅かな距離を詰め、鋭い蹴りを放ってくる。

「……ッ!?」

 それを咄嗟にバックステップで後方に勢いを付けながら腕をクロスさせて防ぐ。
 そして蹴りとバックステップの勢いで窓ガラスを突き破り、山小屋の外へと跳び出した。
 その瞬間にはもうエルの追撃が飛んで来る。
「グ……ッ」
 まだ体が宙に浮いていた俺を叩き落すように、エルの拳が振るわれた拳。それは防いだが俺の体に推進力が生まれる。
 そのまま坂道めがけて。

「ぐあ……ッ、があああああああああああああああッ!」

 勢いよく叩き付けられ背中を強打した勢いそのままに、坂道を転がり落ちる。
 そしてなんとか体制を立て直そうとした瞬間、体が浮遊感に包まれる。
 崖へと転がり落ちた。

「くそッ! くそおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 周囲の風を操りホバリングしつつ周囲を見渡し、一番近い着地地点を確認。そして空中でバランスを保つのが限界になってきた所で足元に風の塊を作りだし踏み抜いた。
 そのまま近くの足場に着地。

「……」

 呼吸を整え、先程まで自分がいた地点へと視線を向ける。
 ……これ以上の追撃はない。
 だがそんな事に安堵していられない。
 エルが暴走した。
 まだ異世界へ飛ぶ事ができないのに……まだ異世界へ飛ぶ為の精霊術は使えないのに。
 それなのにもう限界が来てしまった。
 その事で頭が一杯になり、パニックになり掛ける。
 だけど……なりかけた所で踏みとどまれた。
 ……刻印から伝わる悪寒はほんの僅かに弱まっている。それは暴走前に近い水準にまで戻ったというべきだろうか。とにかくその事に気付いた。

「……エル!」

 それを感じた瞬間、すぐさまエルの元目掛けて走りだした。
 エルが最初に暴走した時と一緒だ。一時的な暴走と元の状態を繰り返す様な状態に今のエルはあるのかもしれない。
 だとすればまだ、終わってなんかいない。エルがまだそこにいるのなら、まだ……何も終わっていない!
 まだ首の皮一枚繋がっている。
 ……その筈なんだ。
 なのにどうして俺は全くもって安堵できないのだろう。
 状況が悪い事に変わりがないからだろうか。
 いや、違う。それでも今エルの意識があるのは不幸中の幸い。舞い降りてきた奇跡なんだ。それは本当にありがたい事だ。
 では……どうしてなのだろうか。
 そして自然とそうさせている感情が不安である事に気付く。
 そして……その正体も。
 エルがあの時俺の首を絞めた。その時、一体エルはどんな感情を抱いただろうか。
 エルが天野との戦いの時、俺を蹴り飛ばしてどんな感情を抱いただろうか。
 果たして今、エルは。
 俺から遠ざかっているエルはどんな感情を抱いているのだろうか。

「……ッ」

 とにかく急いでエルの元へと走った。
 嫌な予感がした。本当に嫌な予感がした。
 具体的にそれがどういう事かは分からないけれど、それでも。

「エル!」

 やがてそれが分かる前に、エルがどこかで止まったのが伝わってきて。そしてやがて何もない所で座りこんでいたエルを見つけ。

「……ッ」

 そしてその瞬間血の気が引いた。

「……エル」

 脳が処理を拒むような光景。それでも認識できたから。血の気が引いたのと同時に俺は風の力も駆使して最高速でエルの元に走りだした。
 それぐらい必死だった……だってそうだ。
 こちらに気付いたエルは涙を浮かべてこちらに視線を向けている。
 そしてその手に風の槍を作り出していた。
 その矛先は俺に向いていない。
 自分自身に向けていた。
 それが何を意味するのかは深く考えなくてもよく分かる。
 その矛先を自分に向ける意味なんて、分からない筈がない。

「止めろエル!」

 無我夢中でエルに跳びかかった。
 なんとか腕を掴み矛先を外させ、そのまま押し倒す。その瞬間暴発した様に風の槍が上空目がけて射出された。
 ……目に見えて高威力かつ、俺の風の塊とは違い致命傷を与えられる類の攻撃。いくらエルが肉体強化を発動させていても。いくらエルの肉体強化が死ににくい類の物だったとしても。それでもそれで頭部を貫けばどうなるかは明白で。今、少しでも遅ければそうなっていて。
 ……エルが、自分の手で自分の命を絶つ所だった。

「お前! なんでこんな事――」

「だってこのままじゃエイジさんを殺しちゃう!」

 エルが、涙声で声を絞り出して叫んだ。
 それは頭痛の痛みだけじゃない。本当に精神的に追い込まれていて、苦しくて。そんな重さが伝わってくる声音と表情で。

「もう……限界なんですよ。もう、今すぐにでも……意識が沈んでいきそうで、もう次は戻ってこれるかもわからないんです」

「……」

 だからか?
 暴走して俺を殺すかもしれないから。だから自分からこんな事をしようとしたのか?
 もうエルが暴走して俺に攻撃を加えたことは二度もあって。その時々は踏みとどまってくれて。
 それなのになんで今はって、そう思った。
 だけどあの時とは違うんだってのはすぐに悟れた。
 目の前にもうゴールが見えている今になって、それでもそういう行動を取ろうとしてしまうという事は、それ相応の何かを。俺からでは分からない、暴走している本人しか分からない何かがエルを蝕んでいるんだ。
 ……それがきっともう戻ってこれるか分からないという言葉なのだろうか?
 そのまま俺を殺すまで動き続けるかもしれない……いや、その可能性が高いとどこかで感じ取っているのだろうか?
 ……その詳細は分からない。だけどずれにせよ、今エルにはエルをそこまで追い込むほどの何かが蝕んでしまっている。
 もうどうにもならないんだって言う風に思わせる何かが、蝕んでしまっている。

「嫌なんです、私、エイジさんを殺したく――」

「死なねえよ!」

 だけどそれを肯定だけは絶対にしてはいけない。
 そんな事で。エルという存在を終わらせてはいけない。
 それだけは……それだけは絶対に嫌だ!

「俺は死なねえ……殺されねえよ! 俺は、大丈夫だからさ……頼むよ、頼むから……自分で全部終わらせちまう様な真似はしないでくれ!」

 縋るように。懇願するように。押し倒したエルに俺はそう告げた。
 分かっている。
 エルが言った事がどれだけ現実的な事かを本当は良く分かっているんだ。
 俺とエルの実力を比べれば深く考えるまでもなくエルに軍配が上がる。
 俺だって強くなったとは思うよ。だけどそれは今まで持ち合わせていなかった基本的な戦闘技能を身に着けたにすぎないんだ。
 ようやく元のエルと同じ土俵に立てたような状態なんだ。

 だけど今のエルは。暴走したエルは根本的に条件が変わってくる。

 暴走している精霊であるが故の力。詳細は分からないが確かにそういうものがある事が分かっていて、それをエルが振るえるならば、エルの戦闘能力は瀬戸栄治の上位互換と言ってもいい。
 だから……エルこれ以上力を振るえば、本当は圧倒的な高確率でエルに殺される。
 それでも死なないって。死んでたまるかって。だから死ぬなって。そう思った。
 そう思った直後だった。

 ……そうだ、死ななければいい。

 今まで心を覆っていた靄が一気に晴れるように、俺は一つの答えに辿りついた。
 天野宗也との戦いの時、暴走したエルは俺を優先して攻撃を放った。その理由は一体何かと改めて考えてみると、やはりというか当然というか、そんな至極当たり前な仮説が生まれてくる。
 ……俺とエルが契約の刻印で繋がっているから。
 互いが互いの道標になっているから。だから暴走したエルは俺に矛を向ける。
 そして今は俺以外に周囲に人間はいなくて、時が来れば異世界へと飛べる場所にも立っていて。
 だとすれば……そのタイムリミットを決めるのは。エルを助ける為のタイムリミットを最終的に決めるのはエルじゃない。
 ……俺なんだ。
 だってそうだろ。

 瀬戸栄治という人間が生きてさえいれば、エルと共に異世界へ渡る事はできるのだから。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...