277 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ
72 伝えたかった言葉を全てこの手に込めて
しおりを挟む
「……なんで」
何が起きているのか、俺には全く理解できなかった。
何故死んだ筈のナタリアが此処にいる?
「……」
そして攻撃を全て防ぎきったナタリアは、こちらに振り返り視線を向けてくる。
その表情からは感情が読み取れない。
だが異世界で嫌という程に目にして来たドール化された精霊の様に感情がそこにないわけでは無い。ただそれが希薄に思えるだけ。
生気もまるで感じられないその表情には、それでも確かに感情が宿っている様に思えた。
それは無表情ながらも伝わってくる。
とても優しい感情だ。
「……」
ナタリアはこちらに踵を返すと俺の方に歩みより、そして仰向けで倒れる俺の前に屈み込んだ。
そして俺に向けて手が伸ばされる。
まるで俺を助けようとしてくれているみたいに。
……なんでだ。
どうして助けようとしてくれる?
俺はきっとナタリアに助けてもらえる様な人間では無い筈だ。
………だってそうだろ。
俺はナタリアを助けられなかった。何もしてやれなかった。
この世界に精霊を連れて来れば暴走するかもしれないというリスクを承知の上でお前らを此処に連れてきて殺した張本人なんだよ。
それなのに……なんで。
「……」
やがてナタリアは痺れを切らしたように俺の左手を両手で包むように掴む。
その手から体温は感じられない。酷く冷たい。
だけどどこか暖かいようなものにも思えた。
次の瞬間だった。
「……これは」
ナタリアと俺を中心に魔法陣が展開された。
この光景には身に覚えがある。
異世界で。エルと出会った森の中で。エルが俺に契約を申し出た時に現れた魔法陣。
人間と精霊が、ある程度の信頼を築かなければ成しえない、契約を取り行う為の魔法陣。
つまりはナタリアが、俺へと精霊契約を申し出ているんだ。
……自分が死ぬ直接的な原因を作った俺に対してだ。
「……ッ」
俺達がこの世界へと戻って来た時、俺はナタリアと契約を交わした。あの時、あの瞬間のナタリアは俺にある程度の信頼を向けてくれていたのだろう。
……だけど今は。
結果的に俺が殺した今は。自ら死を選ぶ以外の選択肢を与えてやれなかった今は。
……もう、そんな感情を向けてもらえる訳がなくて。
その手から生み出される炎に殺されてもおかしくはなくて。
……それなのに、なんで。
なんでそんな優しい感情を向けてくれる?
「わかってる。俺は、お前を助けられなかった。お前を殺したんだ」
俺はなんとか声を絞り出す。
「だから……俺はお前に助けてもらう資格なんてない。そんなことは分かっている。だから……これが身勝手な頼みだって事は、分かってる。だけど、頼むよ、ナタリア」
そこまで言って吐血して。意識が掻き消えそうで。
それでも縋るように。懇願するように。俺は身勝手でどうしようもない頼みをナタリアへとぶつける。
「俺を……俺達を、助けてくれ」
そしてきっと拒まなければならなかった、甘く優しい身に余る契約に判を押した……次の瞬間だった。
冷たかったく暖かかったナタリアの手の感触が掻き消えた。
だがその代わりに焼き付く様な痛みと共に左手の甲に薄く白い刻印が刻まれる。
そして。それが視認できる程にそこら中が破れたボロボロなレザーグローブが左手に。恐らく右手にも嵌められていた。
そして……力が沸いてきて……俺はゆっくりと立ち上がった。
立ち上がれた。
「……治ってる」
気が付けば折れていた筈の右腕と両足が元に戻っていた。
力が沸いてくるのもただ単に出力が上がっているわけでは無く、まるで回復術によって傷が癒えた様な、そんな感覚で、そして……今度は頭痛だってない。
あの日。ナタリアと契約を結び、結果的に多重契約となった時は、契約した瞬間から頭痛が襲ってきたのに。今はそれがないんだ。
どうしてあの時できなかった多重契約が今こうしてノーリスクでできているのか。それは分からない。
あの時は何かが間違っていて失敗したのか。それとも今の刻印の薄さを考えるに、不完全な契約になっているが故にリスクがないのか。
俺の傷が癒えた事も含め、分からない事は本当に多い。分からない事だらけなんだ。
それでも。声が聞こえなくても。ナタリアが俺なんかの味方をしてくれた事だけは分かっていて。
だったらもう俺がやるべき事は一つしかなくて。
「ありがとな、ナタリア。本当に……ありがとう」
俺はナタリアに対する最大限の感謝の気持ちを言葉に込めて、それから左手を上空に向けて翳した。
上空からは再び風の槍が雨の様に降り注ぐ。それに対し俺はエルの刀から斬撃を放ったように。風の防壁を作った様に。
炎の結界を作った。
その結界は何もする前から罅が入っていて、簡単に壊れそうに思えるけれど。
それでも結局その無数の雨の内、俺に直撃するのは一撃だけなんだ。
その一撃位は……相殺できる。
次の瞬間、激しい破砕音が耳に届いた。
結界が砕けた音。風の槍が消滅した音。
そして俺は生きている。生かされている。
「待ってろ、エル。今行く」
そしてナタリアに背中を押される様な感覚を感じながら、俺は走りだす。
エルを助ける為に。
助けられなかった女の子の力を借りて、まだ助けられる大切な存在を助ける為に。
何が起きているのか、俺には全く理解できなかった。
何故死んだ筈のナタリアが此処にいる?
「……」
そして攻撃を全て防ぎきったナタリアは、こちらに振り返り視線を向けてくる。
その表情からは感情が読み取れない。
だが異世界で嫌という程に目にして来たドール化された精霊の様に感情がそこにないわけでは無い。ただそれが希薄に思えるだけ。
生気もまるで感じられないその表情には、それでも確かに感情が宿っている様に思えた。
それは無表情ながらも伝わってくる。
とても優しい感情だ。
「……」
ナタリアはこちらに踵を返すと俺の方に歩みより、そして仰向けで倒れる俺の前に屈み込んだ。
そして俺に向けて手が伸ばされる。
まるで俺を助けようとしてくれているみたいに。
……なんでだ。
どうして助けようとしてくれる?
俺はきっとナタリアに助けてもらえる様な人間では無い筈だ。
………だってそうだろ。
俺はナタリアを助けられなかった。何もしてやれなかった。
この世界に精霊を連れて来れば暴走するかもしれないというリスクを承知の上でお前らを此処に連れてきて殺した張本人なんだよ。
それなのに……なんで。
「……」
やがてナタリアは痺れを切らしたように俺の左手を両手で包むように掴む。
その手から体温は感じられない。酷く冷たい。
だけどどこか暖かいようなものにも思えた。
次の瞬間だった。
「……これは」
ナタリアと俺を中心に魔法陣が展開された。
この光景には身に覚えがある。
異世界で。エルと出会った森の中で。エルが俺に契約を申し出た時に現れた魔法陣。
人間と精霊が、ある程度の信頼を築かなければ成しえない、契約を取り行う為の魔法陣。
つまりはナタリアが、俺へと精霊契約を申し出ているんだ。
……自分が死ぬ直接的な原因を作った俺に対してだ。
「……ッ」
俺達がこの世界へと戻って来た時、俺はナタリアと契約を交わした。あの時、あの瞬間のナタリアは俺にある程度の信頼を向けてくれていたのだろう。
……だけど今は。
結果的に俺が殺した今は。自ら死を選ぶ以外の選択肢を与えてやれなかった今は。
……もう、そんな感情を向けてもらえる訳がなくて。
その手から生み出される炎に殺されてもおかしくはなくて。
……それなのに、なんで。
なんでそんな優しい感情を向けてくれる?
「わかってる。俺は、お前を助けられなかった。お前を殺したんだ」
俺はなんとか声を絞り出す。
「だから……俺はお前に助けてもらう資格なんてない。そんなことは分かっている。だから……これが身勝手な頼みだって事は、分かってる。だけど、頼むよ、ナタリア」
そこまで言って吐血して。意識が掻き消えそうで。
それでも縋るように。懇願するように。俺は身勝手でどうしようもない頼みをナタリアへとぶつける。
「俺を……俺達を、助けてくれ」
そしてきっと拒まなければならなかった、甘く優しい身に余る契約に判を押した……次の瞬間だった。
冷たかったく暖かかったナタリアの手の感触が掻き消えた。
だがその代わりに焼き付く様な痛みと共に左手の甲に薄く白い刻印が刻まれる。
そして。それが視認できる程にそこら中が破れたボロボロなレザーグローブが左手に。恐らく右手にも嵌められていた。
そして……力が沸いてきて……俺はゆっくりと立ち上がった。
立ち上がれた。
「……治ってる」
気が付けば折れていた筈の右腕と両足が元に戻っていた。
力が沸いてくるのもただ単に出力が上がっているわけでは無く、まるで回復術によって傷が癒えた様な、そんな感覚で、そして……今度は頭痛だってない。
あの日。ナタリアと契約を結び、結果的に多重契約となった時は、契約した瞬間から頭痛が襲ってきたのに。今はそれがないんだ。
どうしてあの時できなかった多重契約が今こうしてノーリスクでできているのか。それは分からない。
あの時は何かが間違っていて失敗したのか。それとも今の刻印の薄さを考えるに、不完全な契約になっているが故にリスクがないのか。
俺の傷が癒えた事も含め、分からない事は本当に多い。分からない事だらけなんだ。
それでも。声が聞こえなくても。ナタリアが俺なんかの味方をしてくれた事だけは分かっていて。
だったらもう俺がやるべき事は一つしかなくて。
「ありがとな、ナタリア。本当に……ありがとう」
俺はナタリアに対する最大限の感謝の気持ちを言葉に込めて、それから左手を上空に向けて翳した。
上空からは再び風の槍が雨の様に降り注ぐ。それに対し俺はエルの刀から斬撃を放ったように。風の防壁を作った様に。
炎の結界を作った。
その結界は何もする前から罅が入っていて、簡単に壊れそうに思えるけれど。
それでも結局その無数の雨の内、俺に直撃するのは一撃だけなんだ。
その一撃位は……相殺できる。
次の瞬間、激しい破砕音が耳に届いた。
結界が砕けた音。風の槍が消滅した音。
そして俺は生きている。生かされている。
「待ってろ、エル。今行く」
そしてナタリアに背中を押される様な感覚を感じながら、俺は走りだす。
エルを助ける為に。
助けられなかった女の子の力を借りて、まだ助けられる大切な存在を助ける為に。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる