人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
319 / 431
七章 白と黒の追跡者

23 ごく当たり前の良識 上

しおりを挟む
「……洗脳?」

「なにとぼけてやがる! お前の精霊にはそういう力があるんだろ!」

 なんだ。一体目の前の男は何を言っている?
 俺に……エルに精霊を洗脳する力なんてあるわけがないのに。

『一体この人は何を言って……』

 エルも同じような反応を見せる。
 だが、エルがそう言った直後。ようやく俺は一つの記憶に辿りついた。

 それはあの業者との戦いが始まる直前。
 あの業者との戦いを回避する為に絞り出した嘘。
 その場にいたアイラ達を俺が洗脳しているという体で話した嘘。

 ……あの嘘が、俺の。エルの能力として噂で広がっているんだ。

 だがそれに気付いた所で、何かが変わるわけじゃない。
 目の前の男の要求。それが嘘か真かは分からないが、それを呑むことは俺の意思に関係なく不可能なのだから。

「悪いな、あれは咄嗟についた嘘なんだ。洗脳なんて俺にはできねえよ。今だってしてねえ」

 だから結局できる事はただ一つ。

「俺はただ精霊の味方をしている。そんだけだ!」

 そう叫んで再び憲兵の男に最接近する。
 敵を交渉の末に引かせる。俺にはそんな技量も材料も持ち合わせていない。
 だったらとにかく、俺は目の前の男を打ち倒さなければならない。

「……くそ。それすらも嘘かよ。本当にやる事なす事空回ってばっかだな!」

 そう叫んで男は結界の双剣で俺が振り下ろした刀を受け止める。
 そして、受け止めながら男は言う。

「……まあいいさ。寧ろお前に感謝する事にしよう」

 男の言葉を無視して俺は一度バックステップで距離を取りつつ、斬撃を放つ。
 その斬撃を左手の結界を通常の携帯に戻す事により男は防ぎきり、防ぎながら言葉を紡ぐ。

「どうせ500近い精霊を確実に潰せる様な人数なんて簡単に集められねえさ。そして、集められねえまま新しい犠牲者が出る。それは防がねえと駄目だ。俺達の様な人間が防いでやらねえといけねえんだ!」

 そしてそう口にする男のひび割れた結界目掛けて再び最接近。
 刀で結界を切り払い破壊。再び男の剣を一刀に戻す。
 だが直後そのもう一刀が振り下ろされる。

「……ッ!」

 それを左手から風を噴出させ、勢いよく放った裏拳で相殺した。
 そして拳と剣をぶつけあいながら、男は俺に言う。

「だからお前に感謝しよう。お前のおかげで俺達は勇気ある一歩を踏み出せた!」

「ああそうかよ」

 きっと目の前の男は。今此処にいる人間達は。精霊の事を除けば民間人の為に命を捨てるような戦いに臨む善人達なのだろう。そんなのは戦う前から分かっている。
 でもだからどうした。

「だったらその足でさっさと引き下がれよこの野郎!」

 裏拳を放った手首を捻り結界の剣を掴んで瞬時に後方へ引っ張る。

「おおおおおおおおおおおッ!」

 そしてそのまま後方に勢いよく力任せで投げ飛ばし、そのまま勢い任せに刀を振るい斬撃を放つ。
 空中の男はそれを結界で防ぐが、それにより結界に大きな罅が入る。

『エイジさん!』

「ああ!」

 さっきは妙な会話で結界再生までの時間を稼がれた。
 だが次はもうそんな時間を与えない。
 その一枚も叩き割って、次が出るまでに一撃を叩き込む。
 そう思って、動きだそうとした瞬間だった。

 右方から、俺の前を横切る様にそれは飛んできた。

「……ッ!?」

 俺の目の前でバウンドして左方の木に叩き付けられたのは、見覚えのある精霊。

 ルナリアの取り巻きの精霊の一人。

 一体どこからどんな攻撃を受けて此処まで飛ばされて来たのかは分からない。
 だけど確実に分かる事はその精霊が血塗れで、目が半開きで意識が朦朧としているのが目に見えて分かって。つまりもう戦える様な状態では無い。そんな事。

 そして。

 その精霊に気を取られている内に男は着地し、バックステップで俺から僅かに距離を取る。
 罅が入った結界は僅かでも回復に回す為か消滅させている。

 そして俺は。

「……」

『……エイジ、さん?』

 一体どう動けばいいのか、頭が真っ白になりかけていた。

 分かっている。気にするな。視界から外せ。意識から外せ。
 今はその精霊に構っている暇はない。余裕もない。とにかく目の前の敵を倒さなければならない。
 ……なのに。

 一度意識下に入った大怪我を負った精霊が、離れていかない。

 自分で何度だって考えた筈だ。理解できているはずだ。実際その通りだ。
 俺にはもうエルや守りたいって思えた人間以外を守る気力なんてない。そんな気力はないんだ。

 ……なのにいざ目にすると、なんとかしなければという意識が生まれる。
 それが焼き付いて離れていかない。

「……なるほど、理解はできないが実際にお前は精霊の味方なんて馬鹿な事を考えているんだな」

 そう目の前の男は口にして、再び結界の剣を作りだす。
 まだ一刀。だがそれでも確かに再生させてしまった。

 そして男は動いた。俺ではなくその精霊目掛けて。

「まてッ!」

 予想外の方向に男が動いたため反応が遅れた。
 だけどきっと、数分前の俺が見れこの状況で一番理解できない存在は俺になるのだと思う。
 気が付けば、遅れて動きだしていた。
 殺されそうになっている精霊を助ける為に、体が反射的に動いてしまった。
 そしてどうやっても間に合わない。そんなタイミングで動いた俺は自然と発動させていた。
 その精霊を巻き込む可能性がある斬撃ではなく、風の防壁を。
 その精霊と男の間に差し込むように発動させていた。

 無理な体制で放ったそれが大きな隙を生む事は分かっているのに。

 そして次の瞬間、予想通りという表情が……俺へと向けられた。
 隙だらけの俺へと。
 自分自身の行動を理解できていない俺へと。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...