人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
356 / 431
七章 白と黒の追跡者

47 精霊と世界の意思について 下

しおりを挟む
「別にそれがねえわけじゃねえよ」

「……ないだろう」

「まあ、今はな」

 シオンの重い言葉に俺はそう答える。
 この世界にも地球にも精霊の居場所はない。
 いや、この世界にはそれがある事にはあって、俺はつい先程までそこにいた訳だけれど、それでもそれは酷く脆い。
 ただ今回が大丈夫だっただけで、きっと吹けば飛ぶような空間だ。
 それこそ精霊を狩る人間側の戦力だけが一方的にインフレし始めた今なら。
 だから。もうきっとこの世界はどうしようもないんだと思う。
 世界曰くまともな人間が作るこのまともな世界では、どうやっても精霊達の居場所は生まれない。
 ……だけど。

「だけどこれからできるよ。その為に誠一と宮村が動いてくれている」

「……動くって、一体何をするつもりなんだ彼らは」

「向こうの世界の問題を全部解決して俺達を迎えに来てもらう。って事はまあ、精霊が地球にいても暴走しない様にするって事だろ」

「そんなの、一体どうするつもりだ」

 シオンは先程俺がした話を思い返す様に言う。

「そうする事は即ち、そのイルミナティという組織が張り巡らせている結界を解くしかない。だけどそれは即ち……高確率でキミの世界が滅びるという事になるのだろう?」

「28パーセントの確率でな」

「1パーセントでもその可能性があれば、そう実行できるものではない。ましてや28パーセントだ。それでも説得し人間を動かそうとするのか、それとも全く違う手段を取るのか。いずれにしても茨の道所じゃない。そもそも道があるのかどうかも怪しい……一体何をどうするつもりなんだ」

「……それは知らねえ」

「知らねえって……」

「どうにかする手段があるのかも分からねえ。少なくともあの時の誠一の中にその策があったのかどうかって言われれば、多分まだ何も思いついてなかったんだと思うよ」

「……なんだそれ。そんなのキミもセイイチ君も、理想論を語っているだけじゃないのかい?」

「ま、そうかもしれねえな」

 だけど。例えこれがただの理想論に過ぎなかったとしても。

「それでも誠一がやるって言った」

 それだけで。たったそれだけでもその理想論を抱くには十分なんだ。

「……」

 俺がそれ以上の根拠のある理由を言わない事に驚いたのか、少しの間シオンは黙り込んでいたが、やがて言う。

「信頼しているんだね」

「ま、親友だからな。アイツなら絶対になんとかするって思ってる」

「親友……か」

 シオンはそう呟いて、一拍空けてから言う。

「……まあ、それだけで信じるだけの理由にはなるか」

 そう言ったシオンは微かに笑みを浮かべていた。
 ……冷静に考えれば、今そういう親友云々の話をシオンの前でしても良かったのだろうか?
 シオンは今そういう関係だった相手と色々あったみたいだから。
 それでも笑みを浮かべているという事は、もしかすると俺が思っている程深刻な関係じゃ無くなっているのかもしれないけれど。
 まあ、とにかく。

「まあ、そんな訳だから……今は無理でも、じきにそういう場所が生まれる。俺はそう信じてる」

「……そうなればいいね」

「ああ」

 俺は頷射てからシオンに言う。

「もし地球がそうなったら、お前も来るだろ?」

「……どうだろうね。それはその時になってみないと分からないさ」

 まさかそんな曖昧な返答が帰ってくるとは思わなかった。

「いや、来いよ。どう考えたって選択肢はそれ一択じゃねえのか?」

「……まあ、そうかもしれない。しれないけれど……色々と、あるんだよ。色々とね」

 シオンはそう言葉を濁して、それ以上その事について何も言わなかった。
 代わりにシオンは話題を変える。

「……それでエイジ君。キミはどうして僕にこの話をしようと思った」

「……え?」

「キミは精霊が資源であるという事を僕と共有しておかなければならないと言った。だけどね、エイジ君。それは基本的にこの世界がどうしようもないという事を突きつけているだけだよ。結果的に話の流れでキミの世界の事やこの先セイイチ君やミヤムラという希望がある事は分かったけれど、それでもキミの世界の話やこの先に希望があるという話は、いくらでも言葉を濁せたはずだ。向こうの世界に行けば精霊は暴走する。それをどうにかする為に動いている仲間がいる。その程度の事でも良かった筈だ」

「……」

「世界の意思。エネミー。それらを抑える結界。そして精霊という存在について。ただどうしようもないという現実を突きつけるだけの様なそういう話を、キミは何故僕と共有しなければならないと思った?」

 確かに。俺の語った話は基本的に精霊に対してまともな価値観を持っている相手を傷付ける話だ。
 精霊が資源である。その裏付け。それを取り巻く精霊の救いのない状況。
 それらを濁して都合のいい話だけをする。そうするのがもしかすると正しい事なのかもしれない。
 知らない方が幸せな事だってきっとあるだろうから。
 だから俺はエルにこの話はしないと誓っているのだから。

 だからシオンに現実を突きつけたのには。
 全てを伝えたのには意味がある。

「精霊を助けられる可能性を少しでも上げるためだよ」

 そうだ。シオン・クロウリーがこの事実を知るという事が、それ即ち精霊を救う事に繋がるかもしれないんだ。

「どういう事だい、エイジ君」

「まあ楽観的で無茶苦茶な話かもしれねえけど……お前はこれで精霊に対する知識で欠けていた要素がある程度埋まった事になる筈だ」

「……そうだね。全てを鵜呑みにするかは別として、それが限りなく正しい事であるという認識は持っているつもりだ。認めたくはないけどね」

「だったら……だからこそ、この先に見えてくるものもあるだろ。精霊が世界から生み出された資源であるという事やSB細胞の存在。世界の意思や精霊と同じく世界から生み出されるエネミーという存在。そういう事が正しいという認識の上で、何かできる事をお前なら見つけられるかもしれない」

「……なるほど、そういう事か」

 シオンはそれを聞いて笑みを浮かべる。

「確かに僕になら、何かできる事はあるかもしれない」

 そうだ。
 他ならぬシオン・クロウリーなら何かができるかもしれないんだ。
 俺が持っていても誰かに伝えることしかできない情報を。何かに役立てる事ができるかもしれないんだ。

「少なくとも、僕が作った枷がSB細胞を僅かに抑え込むだけの効力を有している事は分かった。そこから対SB細胞用の枷を作る事だってできるかもしれないし……精霊と同じく生まれてくるエネミー。それをその結界以外にどうにかする術だって見付けられるかもしれない」

「ああ、お前ならそれができるかもしれない」

「だけど簡単な事じゃないよ」

 シオンは言う。

「精霊の研究は基本的に精霊の犠牲の上で成り立っているものだ。そして当然、これ以上の犠牲も出せなければ、そもそも研究に没頭できるだけの環境も今の僕にはない。だからこの先これを進めるにしても厳しい状況化の中でそれを進めていかなきゃならない」

「協力できる事はやるさ」

「当たり前だ。もちろんキミが言いだした以上、キミには色々と協力してもらうつもりだ。僕だけじゃない。僕達で精霊を救うんだ」

 まあ、とシオンは言う。

「それもこれも、この先の戦いで生き残れた時の話だけど」

「……まあな」

 この話は全部、今からの厳しい戦いを勝ち抜けた後の話だ。
 ここで負ければそれどころじゃ無い。

「……せめてあの力をもっとうまく運用できれば」

 あの力。そうだ、シオンには精霊術以外の何かがあるんだ。
 ……後でレベッカを交えて作戦会議はするけど、先にその話聞いておこうか。
 もしかしたら説明を受ける事で、俺にだって付け焼刃でもその力を使える様になるかもしれないし。
 俺がそう聞こうとした時だった。

「そういえば聞こうと思っていたんだ」

 先にシオンがそう言ってきた。

「さっきから話に出てきた魔術って力の話だけど――」

 俺が詳しくは説明していなかった、俺達が使えないその力の事について聞いてきた、その時だった。


 ……レベッカが血相を変えてこの場所に戻ってきたのは。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...