人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

58 力の代償

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 その後、ある程度シオンが回復した段階で俺達は動きだした。
 まずシオンがグランを精霊術で拘束する。
 シオン曰く動かない相手ならばやれる事も多いようで、戦闘中に精霊術で敵を拘束するよりもより強力な形でグランを拘束する事ができるらしい。
 そしてその拘束が終わった段階で、俺も残った力を振り絞りながら、シオン監修の元グランに回復術を施していく。

 レベッカはと言うと、万が一に備えてグランに集中を向けていた。
 シオンもなんとか動けるだけで。俺も回復術を使い終えグランを脅し続けるだけの体力があるか微妙な位には消衰しきっていて。そんな中で最終ラインとしてレベッカを置けるのはありがたかった。
 そんな状態で俺は意識を保つ為にも俺はシオンに問いかける。
 今回の戦いを踏まえた上で、聞きたいことがいくつかあった。

「なあ、シオン」

「なんだい?」

「グランと戦う前、お前すげえ吐血してたよな? ……あれ、一体なんだ。必要経費とかなんとか言ってたけど」

「……ああ、あれの事か」

 シオンは一拍空けてから言う。

「アレは力を生成した代償みたいなものだよ」

「まず力を生成ってのが分からねえんだけど……精霊術の出力を上げるための裏技みたいなもんか?」

「……まあ結果的にそういう形でもあるんだけど、厳密に言えば違うかな。僕が生成したのはそうする為にも使える、精霊術を使う為の力そのものだよ」

「……いや、ちょっと待て。精霊術を使う力そのものって……なんだそれ」

 シオンが言っている事の意味がよく分からなかった。
 精霊術の出力を高める何かを作っているのなら理解できる。やり方はまるで分からないけれど、多分シオンならそういう事が出来てもおかしくなくて。そしてそれが可能なら代償を支払ってでも行うメリットだってあって。
 だけど作ったのは精霊術を使う為の力そのもの。
 やり方が分からないのは変わらないけれど、そもそもそれを生成するメリットすら感じられない。
 だってそうだ。俺だってエルと契約しているから分かってる。
 出力はともかく精霊術を使う為の力なんてのは、常時必要以上に溢れてくる物なのだから。
 あえて生成する必要なんてない物なのだから。

 だけどシオンは言う。

「そのままだよ」

 そう言って、一拍空けてから言う。

「僕は精霊術を使う為に力を生成する必要がある。あの子との契約で齎される力はそれ程までに小さな物なんだよ。精霊術を使う際本来は考えなくてもいい力の温存や節約を考えなければならない程にね。何もしなければ長時間肉体強化を維持する事もできない。本来は自分の体力の事だけを考えておけば良い筈なのにね」

「……」

「だから足りない分は補う必要がある。あの吐血はそういう事だよ。身を削って力を生成しているんだから

 シオンの言葉を聞いて、一つ腑に落ちた事があった。
 以前アルダリアスの地下にエルを助けに向かった際、危険な裏路地を移動しているにも関わらず、シオンは肉体強化を発動させていなかった。
 本人は何かあったら反射的に肉体強化を発動出来る様にしていると言っていて、そして常時発動せずにそういう風に必要な時だけ使える様な状態でいなければならないという様な事も言っていた。
 結局それがどういう事だったのかは、あの時は他にも色々と話す事がありすぎて。そして起きた事がそれをとても些細な事に追いやる程に大きな事が多くて。だから聞けなかったけれど。
 シオンがそんな選択を取っていた理由に、今更ながら気付く事ができた。
 そして……その精霊術を使う為の力と出力に関係性があるのかは分からないけれど、それだけ悪い意味で規格外の力の供給量を持ってしまっている精霊が、高い出力の精霊術を使えるとは思えなくて。
 だけどシオンの肉体強化の出力は、今の俺とほぼ同等位には高かった筈で。
 だから思わず、聞いてしまう。

「シオン……お前、今まで相当無理してきたんじゃないのか?」

「……」

「満足に肉体強化も使えないのに、それが強い出力を持ってるとは思えない。だけどお前の出力は高くて……それって、何か手を加えて出力を上げてるんだろ。だけど満足に肉体強化を扱えてない時点で……お前、あの出力叩きだす為に相当……」

「……だとしたらなんだ。今更どうこう言われる様な事じゃないさ」

 それに、とシオンは言う。

「キミも大概だろう。僕とキミでは無茶の中身が違うだけだ。キミにだけはそういう事は言われたくない」

「……ま、だろうな」

「そうだよ」

 そう言ってシオンは笑みを浮かべる。
 ……ま、言える立場じゃねえか。
 確かにこの手の話題はもう特大のブーメランを投げている様にしか思われないのかもしれない。

 そしてシオンは言う。

「まあとにかくあの吐血の理由はそういう事だよ。キミの予想通り何も手を加えなきゃどうしようもない程低い出力しか出せない。こういう言い方はしてはいけないのだろうけど、精霊としてのグレードは最低ランクだ。無理矢理出力を引き上げなければ戦いに付いていけないんだ。情けない話だけど」

「……そうか」

 ……あえてそこから先は聞かなかった。
 あるんだ。シオンには。それを解決する術が。
 シオンにはグレードの高い精霊を購入するという手段が確かにあった筈なんだ。
 きっと今の時点で俺に匹敵する出力を持っているのだから、契約を結ぶだけで遥か高みにいけるだけの簡単な手段が。
 そしてまさかそれにシオンが気付いていない訳がない。そういう手段が存在する事自体はきっと本人が一番知っている筈なんだ。
 ……だけどそれを取らなかった。
 ……シオン・クロウリーはその手段を選択しなかった。

 何が何でも助けたい誰かがいる。そんな状況でのその選択が正しい事なのかは分からない。
 だけど……少なくとも、俺はそれで良かったと。
 そういう選択肢を取ってくれていて良かったって。
 そう思った。

 そしてそんな事を考える俺に対しシオンは言う。

「なあ、シオン……もう一個聞きたい事あるんだけどいいか?」

「いいけど……出力の上げ方とかは聞いておかなくてもいいのかい?」

「聞いただけでできる様になるなら是非教えてほしいけど……そんな簡単なものじゃねえんだろ」

「まあね。使えるのは多分僕と……これから僕達が戦わなければならない相手位だよ」

「……ルミアって奴か」

 俺の言葉にシオンは頷く。
 ……向こうも研究者だ。可能性はあると思っていたけど最悪だ。

「……てことは向こうは霊装持ちな上にそんな事までしてくんのかよ」

 それは即ちエルを刀に変えた状態と同程度の出力から、更に先へ大幅に進むという事になる。
 だとすれば想像以上に……洒落になってない。
 そしてシオンは言う。

「多分……もう、多分としか言いようがないんだけど。僕程の上昇率はない筈だ。直接的に数値を計測しあったのが随分昔になるから、今がどうなっているかは分からないけれど……まだ一応使える程度でいてほしいよ。そうでなければ一気に此処から先の難易度が増す」

「……だな」

 もしシオンの様な上昇率を見せるのであれば……もう真正面からの勝ち目なんて見付けられるきがしないから。下手をすれば絶望感しか無かった天野宗也よりも強いのではないかとすら思ってしまうから。
 だからそうならない事を祈った。
 そして祈ってから俺はシオンに問いかける。
 祈ってばかりはいられないから。少しでも建設的な話をする為に。

「……で、シオン。もう一つ、聞きたい事があるんだ」

「……なんだい?」

 そして俺はシオンに問いかける。
 俺が知っている情報と明らかに矛盾する事をしていた事について。
 
「お前の使っていた精霊術じゃない力の話だ」

 精霊と契約を結んだ人間は魔術を使えない筈なのに……明らかに魔術の様な力を使っていた事について。
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