人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

60 魔術師の条件 下

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「……」

 俺の言葉にシオンは暫くの間沈黙し、少し険しい表情で俺に言う。

「多分キミはお茶を濁す様な適当な言葉なんて求めていないだろうから正直に言うよ。……多分それは難しいと思う」

「……」

「僕達精霊と契約した人間が魔術を使う為には、まず閉じてしまった魔力を生成する器官を開かなければならない。だけど……当然ながら精霊術にそんなものは無いんだ。それは即ち今契約しているエルという精霊が使えない精霊術を使う事が大前提となってくる」

 だけど、とシオンは言う。

「その大前提をクリアできる人間は多分歴史上を見ても僕と精々ルミア位だ。キミが倒してきたであろう一人もレベッカが倒したアインも……今僕達が利用しようとしているグランだって。本当に世界有数の精霊学者である事は間違いないんだ。この世界の人間の99.9パーセントの人間が理解できない論文だってグラン達は理解できる。だけど……彼らも僕達の域には達していない。僕程ではないけれど多くの精霊の犠牲の上に立っていて、人生の長い時間を研究に捧げてきた彼らですら、僕がやっている契約精霊の使えない精霊術を使う為の理論は理解できなかったんだ……キミに理解できるか?」

「……いや」

 何も言い返せなかった。
 もしこれを言ってきたのが知らない誰かなら結果は違うかもしれない。
 何か言い返そうにも、それをこの世界で精霊以上に精霊の事を知っているシオンに言われれば、とても反論なんてできなかった。反論なんてのは無意味だという事が自然と理解できた。
 それだけシオンの言葉には、積み重ねて来た。積み重ねてきてしまった事の重みがある。

「……話が早くて助かるよ。こんな力、当たり前の様に習得されてたまるか」

「……だよな。ちょっとどころかかなり軽率だった」

 なんとなく誠一達に体術を習ったように、死ぬ気でどうにかしようと思えば会得できるんじゃないかと。そんなつもりでシオンに尋ねていたけれど、だけど冷静に考えてその域は学問だ。精霊学という難解な学問の最深部だ。技術云々の前に最低限度99.9パーセントの人間が理解できない理論を理解できる人間にならなければ話にならない。
 それを俺ができるか?
 偏差値普通の学校で真ん中程の成績を行ったり来たりしている俺が。死ぬもの狂いで勉強して取った72点程度の成績でガッツポーズしている俺が。
 ……多分きっと、それは無理だ。

 多分かつての俺が。正しいと思う事を死に物狂いでやろうとする俺が。何か絶対的な理由があってハーバード大学の入試を首席で合格してやろうと思っても絶対無理であるように。
 これはどう足掻いても絶対に無理な事なのではないかと思った。
 それだけ絶対的な壁があるように思えた。
 多分この壁は登れない。

 ……だとすれば。

「……だったらシオン。大幅に下方修正しよう」

「言ってみなよ」

「99.9パーセントの人間でも死に物狂いで頑張れば辛うじて覚えられる様な、そんな技能を俺に教えてくれ。魔術師は諦めた。まずは精霊術だ」

 登れないなら登れる壁を登る。できない事で立ち止るよりはきっとこの方が良い。

「……話が早くて助かるよ、ほんと」

 シオンは一拍空けてから言う。

「そもそもキミはまだ精霊術をただ使っているだけなんだ。精霊術の運用は及第点だろうけれど、根本的な部分は素人の筈、その辺りは理解してるかい?」

「……ああ」

 俺が素直に頷くと、シオンは笑みを浮かべて俺に言う。

「だとすれば今よりもっとキミは強くなれるよ。鋭い刃を手にする事はできないかもしれないけど、付け焼刃位なら、正しく教えて本気で取り組めば手にできる……手に入れさせてみせるさ」

「ああ、頼む」

「付け焼刃と聞いて少し気を落とすと思ったけど、どうやらそうでもないみたいだね」

「当たり前だろ。付け焼刃だって刃な事に変わりねえんだから」

 ……そもそもの話だ。

「……それにまあ、今の俺はそういった付け焼刃に生かされているみたいな所もあるしな」

 対策局での訓練で俺は以前よりもある程度強くなったとは思う。
 だけど基本的に一か月程度の努力で何年も訓練を繰り返してきたような人間の技量に到達する訳がなくて。そんなのをやってのけるのは漫画の主人公位の物で。そしてまともな刃というのはきっとそうして積み重ねの末に手に入る物で。
 だとしたら俺の得た力はまだまだ誠一達の技量から見れば付け焼刃でしかない。
 だけどその付け焼刃のおかげで俺は生きているから。
 色々な人が頑張って身に着けさせてくれた付け焼刃のおかげで生き残れているから。
 だとすれば……付け焼刃が決して無駄ではない。
 無駄どころか大きな力になる事は間違いないんだ。
 俺はそれを身をもって知っている。
 ……だから。

「とにかく、よろしく頼むよシオン。正直頭はあんまり良くねえけど頑張るからさ」

「……ああ」

「それならウチも手伝うよ」

 レベッカも小さく笑みを浮かべて俺に言ってきた。

「ウチもほら、感覚しか無い訳だけどさ……普通とは違う精霊術を使っている訳だし。何か手助け位ならできるかもしれない」

「……ならレベッカもよろしく頼むよ」

「うん、任せて」

 そう言うレベッカと、どこか俺達の光景を微笑ましい物を見る様な笑みを浮かべるシオンを見て思う。
 ……本当に俺は色々な人に助けられて生きているんだなって。

 まあもっとも、例えどんな優秀な人間の力を借りたとしても、今の俺達に時間なんてのは無い訳で。

「まあ流石にエイジ君にそういった事を教えるのは全部終わった後になるだろうけど」

「そうね。流石に時間がない」

 シオンの言葉にレベッカも頷く。

「分かってるよ。今すぐ強くなれるなんて都合のいい事は考えてねえ。何が何でもエルを助けるって事を前提としてその後の話だ。そんなのは分かってる」

 ……本当は力不足な今の状態はどうにかしたほうがいいのだろうけど、俺達にはもう本当に猶予が残っていないのだから。
 だけどそんな中でシオンが言う。

「だから今回は僕に譲って貰う」

 シオンがそんな意味深な事を言った。

「譲る? 何の話だ?」

「僕の使うこの力が本当に魔術だったとして、僕の魔術は1から100までの全てが我流で構成されている。偶然の産物を自分なりに改良を重ねているだけに過ぎないんだ……致命的に基礎が欠落している」

 そして、とシオンは言う。

「その欠落した情報をキミは持っている。だからこれが終ったら少しだけ。一時間だけでいい。僕に時間をくれ。一時間で叩き込んで粗を削り理論を再構築する」

「……あの、ほんの少し前まで強くなる為の時間が無いとか、そういう感じで俺のパワーアップイベント後回しにしたと思うんだけど」

「……それはそれ。これはこれって奴だよ。一時間でやってやるよ上等だ」

「……天才ってすげえ」

 まあ真面目な話すると才能云々の話以前に……俺には土台がなくてシオンにはそれがある。そういう事なのだろうけど。
 と、そんな風に話ながらグランに回復術を掛けていた時だ。

「……ッ」

「……さて、どうやら目を覚ましたようだよ」

 そうやって会話を交わしている間に、俺やレベッカの治療を差し置いて治療されていたグランがゆっくりと目を覚ます。

「……ッ、何が、どうなって……」

「キミは負けたんだよ、僕達に」

 そして何が起きたか分からない様子のグランにシオンは言う。

「まあとにかく……命が惜しかったら僕達の言う事を聞いてもらおうか」

 似あわない悪役の様な表情を浮かべて、そんなどう考えても悪役しか吐かない様なセリフを。
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