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七章 白と黒の追跡者
64 信頼と契約 上
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今にして思えばどうしてその策を思いつかなかったのだろう。
レベッカは今俺とシオンに協力してくれている。つまりはある程度の信頼を向けてくれているんだ。
それでも俺はエルと契約を結んでいて、簡単に切り替える様な真似は出来ないのだけれど、多分きっとシオンの様なこの世界の一般的な契約ならば話は別なのではないだろうか?
きっとシオンが今立ち向かうべき強大な敵に小さな力で戦っている理由は、おそらくドール化した精霊を利用する様な真似をしたく無かったからなのだと思う。それ位しか理由は見つからないから。
だけどその点で言えばレベッカとの契約は違う。
利用する為の契約ではなく、共闘する為の契約だ。
しっかりと互いに信頼関係を築いた上で行われる、歪では無い契約だ。
だとすれば……多分シオンがその契約を断る理由はない筈だ。
シオンは今、歪では無い、綺麗で強い力を渇望している筈だから。
「……」
だけど持ちかけられたシオンは一瞬驚いた表情を浮かべるだけで、すぐに頷く事は無かった。
頷かず、ただレベッカに対して複雑な視線を向けている。
「……どうした、シオン」
「……」
「多分お前、ドール化した精霊を利用したくねえから今の力のままで戦ってんだろ」
「まあ……そう、だね。でなきゃ今頃僕達はもう少し簡単にグラン達を退けられた筈だ」
「だったらなんでそんな複雑な表情浮かべてんだよ。別にレベッカと契約するのは利用する様な行為でもなんでもねえだろ……今お前が持ちかけられてる契約ってのはそういう物だぞ」
「……分かってるよ」
シオンは複雑な表情を浮かべたまま言う。
「確かに正規契約は利用する為の契約じゃない。多分そんな気持ちなら契約できないんじゃないと思う。だから……別にその事を躊躇ったりしてる訳じゃ無いんだ。そして今僕には力がいるし……それにこの刻印は死守しなければならない様な綺麗な物じゃない。だから契約を試みない理由なんてのはないさ。レベッカの出力は絶大。多分彼女と契約すればそれだけで全盛期の僕を軽く超えられる……霊装とだって戦える。それは間違いない」
そしてそう言いながらシオンは自らの右手に刻まれた黒い刻印に視線を落とす。
そして一拍空けた後、俺に対して聞いてきた。
「エイジ君。一つ確認しておいてもいいかい?」
「なんだよ」
「確かキミはキミの世界でエルと契約している状態での多重契約に臨んだ筈だよね」
「……ああ」
ナタリアを助ける為に。皆を助ける為に。エルの反対を押しきって多重契約に臨んだ。
結果的には全てが無駄に終わって誰も助けられなかった愚作。
言いながら色々な事がフラッシュバックして来たけどそれは必死に耐えた。先にシオンに地球に戻ってからの事を伝えた時にも同じような事があったのだけれどそれと同じ様に。
俺の発作で話を止める訳にはいかないから。
本当に酷かった時ならともかく、今はエルのおかげで辛うじてならどうにかなるから。
だから少し頑張った。
……で、何故シオンはそんな事を聞いてきたのだろうか?
「確かに俺は多重契約を結んだけどよ、お前それ聞いてどうすんだよ。それで出力上げる様な事考えてんなら止めとけ。ほんとに持たないから体が」
「別にそんなつもりはないさ。仮に耐えられる様な物だったとしても……そんな目的であの子との契約を継続させるのはリスクの方があまりにも大きすぎる。だから違う。別に僕はそんな事を聞こうとしたんじゃない」
そしてシオンは一拍空けてから聞いてくる。
「多重契約を結んでからキミが倒れるまで。僅かでもまともに動けるだけの猶予はあったのかどうか。それを僕は聞きたい」
「……」
シオンは一体何を考えているのだろうか?
シオンの言葉を素直に受け取るのであれば、多重契約で無理矢理行動する様な気はない筈。
だけどまともではなく、僅かな時間。その僅かな時間だけでも多重契約の状態でやりたい事でもあるのだろうか?
だけどシオンの表情からは何かを試したいといった前向きな感情は伝わってこなくて……何かを懸念する様な。どこか想い感情が伝わってくるように思えた。
それでもシオンが何かをするというのなら、それは俺達にとって前へと進むきっかけになる様な事だと思うから。そもそも話さない理由なんてのは無い訳だから。
あの時の事をありのままに伝えておく。
「長時間は動けなかったけど、まあ一分程度なら動く事は出来な。といっても常時頭が割れるんじゃないかって頭痛は付き纏っていたけども」
「……頭痛、ね。まあ複雑な事をやろうとしている訳じゃない。そこに僕の意識があるのならいいんだ」
そう言ったシオンは改めてレベッカの方に向き直る。
「……まあそんな訳だ。レベッカ。僕はキミの誘いを受けるよ」
それを聞いたレベッカは、シオンとは対照的にどこか表情を綻ばせてシオンに言う。
「そう言ってくれて嬉しい……で、その黒い刻印は本当に解かなくてもいいの?」
「キミと契約を結んで、確認する事を確認できたら解くつもりだ。まああの子からすれば突然刻印が消えて心配を掛けるかもしれないけど……今のあの子は僕なんかを心配してくれるからね。だからこそ力がいるんだ僕には」
そしてシオンはレベッカの目を見て言う。
「じゃあレベッカ。僕の方はいつでもいい。キミの準備はできてるかい?」
「ウチこそいつでも」
そしてレベッカとシオンの中心に魔法陣の様な物が出現する。
「とっくの昔に……心の準備はできてる」
思い出すのはあの森でエルと契約した時の光景。
それと同じ事が目の前で起きようとしている。
……だけどなんだこの違和感は。
レベッカからは特に違和感を感じなかった。
これまで語ってきた様に、レベッカはシオンに対して強い恩義の様な物を感じている。
だからこそこの提案がレベッカから跳び出してきた。
だからこそその表情は曇りの無い真っ直ぐな物だ。
だけどシオン・クロウリーは。
その表情も。いざレベッカと向き合い直してからは真剣で真っ直ぐな表情を浮かべている様に思えるけれど……それがどこか、平静を装っているだけのようにも思えた。
そして……微かに、手足が震えている様にも思えた。
そしてふと一つの疑問が浮かんでくる。
俺にとってこのシオンとレベッカが契約を結ぶという案は、どうして思いつかなかったのか不思議な位な、きっと何よりもシンプルで正攻法で最高のやり方だ。
できる事ならグラン達と戦う前に気付きたかったやり方だ。
だけど……果たしてシオン・クロウリーは。
既にレベッカが仲間として動いてくれているこの状況下で。グラン達が迫ってきているという最悪だったあの状況下で、本当にこんな単純な事も思いつかずに諦めていたのだろうか?
確かに不慣れな事かもしれないが。未経験な事かも知れないが。
精霊学の神童と呼ばれた天才が、本当にそんな事にも気付いていなかったのだろうか?
多分きっと、そんな筈はないだろう。
そんな結論を自分の中で確立した瞬間、バラバラに宙ぶらりんになっていた疑問が繋がって、一つの答えを導き出した様な気がした。
そしてそれと同時に、レベッカは言う。
「シオン。ウチはアンタの力になりたい。だから……契約を結んで、一緒に戦わせて」
そしてシオンは、一瞬言葉を詰まらせてから、レベッカの問いかけに。差し出された契約書に判を押そうとする。
「ああ。僕からもどうか、よろしく頼むよ」
そして、次の瞬間だった。
「……ッ!?」
破砕音の様な音と共に、シオンの体が後方に弾き飛ばされたのは。
レベッカは今俺とシオンに協力してくれている。つまりはある程度の信頼を向けてくれているんだ。
それでも俺はエルと契約を結んでいて、簡単に切り替える様な真似は出来ないのだけれど、多分きっとシオンの様なこの世界の一般的な契約ならば話は別なのではないだろうか?
きっとシオンが今立ち向かうべき強大な敵に小さな力で戦っている理由は、おそらくドール化した精霊を利用する様な真似をしたく無かったからなのだと思う。それ位しか理由は見つからないから。
だけどその点で言えばレベッカとの契約は違う。
利用する為の契約ではなく、共闘する為の契約だ。
しっかりと互いに信頼関係を築いた上で行われる、歪では無い契約だ。
だとすれば……多分シオンがその契約を断る理由はない筈だ。
シオンは今、歪では無い、綺麗で強い力を渇望している筈だから。
「……」
だけど持ちかけられたシオンは一瞬驚いた表情を浮かべるだけで、すぐに頷く事は無かった。
頷かず、ただレベッカに対して複雑な視線を向けている。
「……どうした、シオン」
「……」
「多分お前、ドール化した精霊を利用したくねえから今の力のままで戦ってんだろ」
「まあ……そう、だね。でなきゃ今頃僕達はもう少し簡単にグラン達を退けられた筈だ」
「だったらなんでそんな複雑な表情浮かべてんだよ。別にレベッカと契約するのは利用する様な行為でもなんでもねえだろ……今お前が持ちかけられてる契約ってのはそういう物だぞ」
「……分かってるよ」
シオンは複雑な表情を浮かべたまま言う。
「確かに正規契約は利用する為の契約じゃない。多分そんな気持ちなら契約できないんじゃないと思う。だから……別にその事を躊躇ったりしてる訳じゃ無いんだ。そして今僕には力がいるし……それにこの刻印は死守しなければならない様な綺麗な物じゃない。だから契約を試みない理由なんてのはないさ。レベッカの出力は絶大。多分彼女と契約すればそれだけで全盛期の僕を軽く超えられる……霊装とだって戦える。それは間違いない」
そしてそう言いながらシオンは自らの右手に刻まれた黒い刻印に視線を落とす。
そして一拍空けた後、俺に対して聞いてきた。
「エイジ君。一つ確認しておいてもいいかい?」
「なんだよ」
「確かキミはキミの世界でエルと契約している状態での多重契約に臨んだ筈だよね」
「……ああ」
ナタリアを助ける為に。皆を助ける為に。エルの反対を押しきって多重契約に臨んだ。
結果的には全てが無駄に終わって誰も助けられなかった愚作。
言いながら色々な事がフラッシュバックして来たけどそれは必死に耐えた。先にシオンに地球に戻ってからの事を伝えた時にも同じような事があったのだけれどそれと同じ様に。
俺の発作で話を止める訳にはいかないから。
本当に酷かった時ならともかく、今はエルのおかげで辛うじてならどうにかなるから。
だから少し頑張った。
……で、何故シオンはそんな事を聞いてきたのだろうか?
「確かに俺は多重契約を結んだけどよ、お前それ聞いてどうすんだよ。それで出力上げる様な事考えてんなら止めとけ。ほんとに持たないから体が」
「別にそんなつもりはないさ。仮に耐えられる様な物だったとしても……そんな目的であの子との契約を継続させるのはリスクの方があまりにも大きすぎる。だから違う。別に僕はそんな事を聞こうとしたんじゃない」
そしてシオンは一拍空けてから聞いてくる。
「多重契約を結んでからキミが倒れるまで。僅かでもまともに動けるだけの猶予はあったのかどうか。それを僕は聞きたい」
「……」
シオンは一体何を考えているのだろうか?
シオンの言葉を素直に受け取るのであれば、多重契約で無理矢理行動する様な気はない筈。
だけどまともではなく、僅かな時間。その僅かな時間だけでも多重契約の状態でやりたい事でもあるのだろうか?
だけどシオンの表情からは何かを試したいといった前向きな感情は伝わってこなくて……何かを懸念する様な。どこか想い感情が伝わってくるように思えた。
それでもシオンが何かをするというのなら、それは俺達にとって前へと進むきっかけになる様な事だと思うから。そもそも話さない理由なんてのは無い訳だから。
あの時の事をありのままに伝えておく。
「長時間は動けなかったけど、まあ一分程度なら動く事は出来な。といっても常時頭が割れるんじゃないかって頭痛は付き纏っていたけども」
「……頭痛、ね。まあ複雑な事をやろうとしている訳じゃない。そこに僕の意識があるのならいいんだ」
そう言ったシオンは改めてレベッカの方に向き直る。
「……まあそんな訳だ。レベッカ。僕はキミの誘いを受けるよ」
それを聞いたレベッカは、シオンとは対照的にどこか表情を綻ばせてシオンに言う。
「そう言ってくれて嬉しい……で、その黒い刻印は本当に解かなくてもいいの?」
「キミと契約を結んで、確認する事を確認できたら解くつもりだ。まああの子からすれば突然刻印が消えて心配を掛けるかもしれないけど……今のあの子は僕なんかを心配してくれるからね。だからこそ力がいるんだ僕には」
そしてシオンはレベッカの目を見て言う。
「じゃあレベッカ。僕の方はいつでもいい。キミの準備はできてるかい?」
「ウチこそいつでも」
そしてレベッカとシオンの中心に魔法陣の様な物が出現する。
「とっくの昔に……心の準備はできてる」
思い出すのはあの森でエルと契約した時の光景。
それと同じ事が目の前で起きようとしている。
……だけどなんだこの違和感は。
レベッカからは特に違和感を感じなかった。
これまで語ってきた様に、レベッカはシオンに対して強い恩義の様な物を感じている。
だからこそこの提案がレベッカから跳び出してきた。
だからこそその表情は曇りの無い真っ直ぐな物だ。
だけどシオン・クロウリーは。
その表情も。いざレベッカと向き合い直してからは真剣で真っ直ぐな表情を浮かべている様に思えるけれど……それがどこか、平静を装っているだけのようにも思えた。
そして……微かに、手足が震えている様にも思えた。
そしてふと一つの疑問が浮かんでくる。
俺にとってこのシオンとレベッカが契約を結ぶという案は、どうして思いつかなかったのか不思議な位な、きっと何よりもシンプルで正攻法で最高のやり方だ。
できる事ならグラン達と戦う前に気付きたかったやり方だ。
だけど……果たしてシオン・クロウリーは。
既にレベッカが仲間として動いてくれているこの状況下で。グラン達が迫ってきているという最悪だったあの状況下で、本当にこんな単純な事も思いつかずに諦めていたのだろうか?
確かに不慣れな事かもしれないが。未経験な事かも知れないが。
精霊学の神童と呼ばれた天才が、本当にそんな事にも気付いていなかったのだろうか?
多分きっと、そんな筈はないだろう。
そんな結論を自分の中で確立した瞬間、バラバラに宙ぶらりんになっていた疑問が繋がって、一つの答えを導き出した様な気がした。
そしてそれと同時に、レベッカは言う。
「シオン。ウチはアンタの力になりたい。だから……契約を結んで、一緒に戦わせて」
そしてシオンは、一瞬言葉を詰まらせてから、レベッカの問いかけに。差し出された契約書に判を押そうとする。
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