人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

ex 悲鳴の果て

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「あなたと顔を合わせて笑えると思いますか?」

 そう言いながらエルは全身に禍々しい雰囲気を纏わせる。
 まず間違いなく穏便に事は進まないと思うから。
 目の前のサイコパスに躊躇などしていれば、取り返しの付かない事になるのは目に見えて分かるから。

「うわ、こっわ、何それ……」

 ルミアはエルの変貌に一瞬驚いたような素振りを見せるも、すぐに冷静な笑みを浮かべて言う。

「……確かに報告通りなんか凄い事になってるね。今まで色んな精霊を見てきたけど此処までのイレギュラーは初めてだよ。すっごい研究のし甲斐がある」

 そう言ってルミアは白衣のポケットから掌サイズの箱を取り出す。
 そして次の瞬間には箱が展開し、ルミアの手に短剣が握られていた。

 それが何かは容易に想像できる。
 精霊を加工して作った武器。
 自分とエイジの戦いの情報から発想を得て、目の前のサイコパスが作り上げた最悪な武器。その一つ。

 その武器とルミアに視線を向けながら、エルは後方に居る金髪の精霊に向けて言う。

「行ってください! 此処は私がなんとかします!」

 その声に一瞬だけ躊躇ったのかすぐには足音は聞こえなかったものの、やがて足跡が聞こえて遠ざかっていく。彼女が向かおうとしていた場所へと動きだしたのだろう。

(……これでいい)

 一人で行かせるのは大きな不安が残る。だけどそもそも何もなくても付いていけるかは分からなくて、今は何かが起きていて。
 この状況であの程度の力しかない精霊が此処にいても巻き込まれて大怪我を負うだけだ。
 だからこの状況から引き離せたのなら、ひとまずこれでいい。

「あーあ、行っちゃった」

 わざとらしく残念がるルミアだが、すぐにまた笑みを浮かべて言う。

「ま、いっか。向こうにはアイツ控えてるし丁度シオン君もそのルートだし。展開的にはちょっと面白いよね。さてさて、シオン君は無事お姫様を助けられるのでしょうか!」

(……やっぱり来てるんだ、シオンさんも)

 大体状況が予想通りだと分かった所で、ルミアが言う。

「で、エルちゃんはさぁ……この状況を何とか出来ると思ってるんだ」

「しますよ」

 出来るかどうかじゃない。

「あなたをどうにかしないと、そこは通れないですよね? だったら私はあなたを殺して先に進みます」

 やらなければ駄目なんのだ。

「うわ、こっわ。殺すとか物騒な事言うの止めようよー」

 冗談交じりの口調で苦笑いを浮かべながらルミアはそう言うが、やがて真剣な表情を浮かべて言う。

「なんて冗談。じゃあさ、付き合ってよエルちゃん。私のウォーミングアップとこの子の試運転に」

 そう言ったルミアは何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべてエルに言う。

「あ、でもでもその前に紹介しておかないと」

 そう言ってルミアは短剣を指さして言う。

「この子はエマちゃん。覚えてる? エルちゃんの前の檻に居た子だよ?」

「……ッ!?」

 それを聞いてフラッシュバックしてくる。
 エマが無理矢理連れていかれる光景が。
 ずっと響き渡り続けた悲鳴が。

 そして……悲鳴の果てがこれだ。

「いや、凄かったねー昨日は」

 ルミアは笑って言う。

「もうほんと必死っていうか、凄い顔で命乞いなんてしちゃってさー。それをこっちが聞く訳無いのにさー。それでさ、ちょっと冗談で頷いたら馬鹿みたいに少しだけ表情明るくなるんだ。それをまた叩き落した時の表情はさーもうほんとゾクゾクしちゃうよ。エルちゃんにも見せてあげたかったなー」

「……」

 元より、この世界の人間を殺す事には何の躊躇いも無かった。
 ほぼ全ての人間の倫理感が狂っている。
 自分が地球で関わって来た優しい人達と同じ人間とは致命的にズレていて、同じ生き物だと考える事すら嫌悪する程に頭がおかしい人達だ。
 だけど分かっている。
 この世界の普通の人間は精霊に対する倫理観が欠落しているだけだという事は。
 許せる許せないではなく、致命的な事以外の事はまともである事は理解できるのだ。
 だけど目の前のルミア・マルティネスという人間は。
 人間の皮を被った悪魔は……違う。

 こんな事を笑ってやれる存在なんて、もう人間ですらない。

 だから律儀に言葉を返す義理もない。


 こんな奴は早く視界から消してしまおう。


 強くそう思い、そして……精霊術を展開する。

 エイジと合流する為に。
 目の前の悪魔を殺す為に。
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