422 / 431
七章 白と黒の追跡者
ex 答え
しおりを挟む
分の悪い博打だった。
まず第一に、向こうの攻撃を躱さずに防ぎきらなければならない。
それは現状の出力差を考えれば、蜘蛛の糸を掴むようなか細い可能性だった。
だけど博打はここまで。
それさえできれば、勝機は見えてくる。
攻撃を防ぎ切り、その後。
まずランディには、シオン・クロウリーを殺害したという認識を持たせる。
その為に契約精霊との契約を解除した。
常識的に考えれば、この状況で精霊との契約を打ち切る事は、自ら武器を捨て丸腰になるという事を意味する。故に余程の事が無ければ態々取るような選択ではなくて、相手に死んだと思わせるには絶好の策だろう。
だが結局死んだフリだと疑われれば終わりで。故に視覚的にも死んだと思わせる必要があって。
だから幻術で、より血塗れの遺体に見えるように仕立て上げた。
そして常識的に考えれば、幻術による隠蔽を可能とするのは精霊術で、精霊術を使うには精霊との契約が必要で。
つまりだ。精霊術が発動している筈が無いという状況が。幻術を使われているという可能性を消し去る事が。思い込みが……幻術の効力を底上げしてくれる。
そこまですれば、後は死んでいるという認識による隙を付くだけ。
精霊術を使って上昇した身体能力で接近して、契約精霊の拘束を解き、対象を弾き飛ばす為の一撃を放つ。
ただ、それだけ。
それ程の事を、契約の刻印が刻まれていないただの隻腕の少年はやってのけた。
もう精霊術を使えない筈の少年が。
(……うまく行った)
心中でそう呟いた瞬間、肉体強化の精霊術が強制的に解除される。
それを維持する為の力が無くなった。
精霊術にも流用できる、本来人間の体内に流れている筈の、魔術を使うための魔力。
契約を打ち切る前に閉じた回路をこじ開けて精製したその力が、枯渇した。
幻術、強化、攻撃。この三つの工程を終えて。
悪党から助けたかった女の子を引き離すという大仕事を終えて、そこで枯渇した。
(……でも、ここからだ)
ここまでは第一の博打。
これより踏み込むのは、より険しい大博打。
今のシオン・クロウリーには戦う為の力も、逃げる為の力も存在しない。
契約によって精霊から得られる精霊術を使う為の力は一切残っていなくて。
その力を使って、精霊と契約すると閉じて使えなくなってしまう、魔力を生成する為の回路を吐血しながらこじ開けていたのだから、もう新たに生成する事もできない。
今度こそ、本当に丸腰。
何もできないろくでなしがそこにいる。
だからここからは。
ここからこそが大博打。
「ごめん……待たせた」
そう言ってシオンは、名前も知らない精霊を抱き寄せる。
「怖かっただろう? 辛かっただろう? 今のキミには感情があるんだ……此処に連れてこられてからの日々が地獄のようなものだったって事は嫌でも理解できるんだ……遅くなってごめん。本当にごめん……ッ」
本当はもっと言いたい事がある。伝えなければならない事もある。
だけどそれを悠長に語っている時間はない。
稼げた時間はごく僅か。
だから早々と、本題に入らなければならない。
「……これだけ待たせて、苦労ばっかり掛けて。厚かましいけど……お願いがあるんだ」
言いながら、彼女を抱き寄せた手が震えている事に気付いた。
ここから先に踏み込む事に怯えている自分がいた。
……それでも。躊躇いはしても。
もう覚悟を決めて此処へやってきたのだから。
震えた声で、彼女に告げる。
「僕と一緒に戦ってくれ。僕に力を……貸してくれ……ッ!」
言えた。やっと言えた。
そしてきっと今の彼女は何を求められているのかをはっきりと理解しているだろう。
これが精霊との正規契約を求める言葉だという事は、きっと理解してくれている筈だ。
……怖かった。
拒絶されるのが怖かった。
だから中々踏み出せなくて。
踏み出した後も不安しかなくて。
だから一体どんな反応をされるのかが、怖くて仕方がなかった。
「……」
言葉は無い。
だけどその代わりに、彼女は動いた。
強く、抱きしめられた。
そして次の瞬間、二人を中心に魔方陣が展開される。
展開してくれる。
それが答え。
ずっと言い出せなかった。
ずっと言い出してくれるのを待っていた。
手を伸ばしさえすれば簡単に届いた答え。
まず第一に、向こうの攻撃を躱さずに防ぎきらなければならない。
それは現状の出力差を考えれば、蜘蛛の糸を掴むようなか細い可能性だった。
だけど博打はここまで。
それさえできれば、勝機は見えてくる。
攻撃を防ぎ切り、その後。
まずランディには、シオン・クロウリーを殺害したという認識を持たせる。
その為に契約精霊との契約を解除した。
常識的に考えれば、この状況で精霊との契約を打ち切る事は、自ら武器を捨て丸腰になるという事を意味する。故に余程の事が無ければ態々取るような選択ではなくて、相手に死んだと思わせるには絶好の策だろう。
だが結局死んだフリだと疑われれば終わりで。故に視覚的にも死んだと思わせる必要があって。
だから幻術で、より血塗れの遺体に見えるように仕立て上げた。
そして常識的に考えれば、幻術による隠蔽を可能とするのは精霊術で、精霊術を使うには精霊との契約が必要で。
つまりだ。精霊術が発動している筈が無いという状況が。幻術を使われているという可能性を消し去る事が。思い込みが……幻術の効力を底上げしてくれる。
そこまですれば、後は死んでいるという認識による隙を付くだけ。
精霊術を使って上昇した身体能力で接近して、契約精霊の拘束を解き、対象を弾き飛ばす為の一撃を放つ。
ただ、それだけ。
それ程の事を、契約の刻印が刻まれていないただの隻腕の少年はやってのけた。
もう精霊術を使えない筈の少年が。
(……うまく行った)
心中でそう呟いた瞬間、肉体強化の精霊術が強制的に解除される。
それを維持する為の力が無くなった。
精霊術にも流用できる、本来人間の体内に流れている筈の、魔術を使うための魔力。
契約を打ち切る前に閉じた回路をこじ開けて精製したその力が、枯渇した。
幻術、強化、攻撃。この三つの工程を終えて。
悪党から助けたかった女の子を引き離すという大仕事を終えて、そこで枯渇した。
(……でも、ここからだ)
ここまでは第一の博打。
これより踏み込むのは、より険しい大博打。
今のシオン・クロウリーには戦う為の力も、逃げる為の力も存在しない。
契約によって精霊から得られる精霊術を使う為の力は一切残っていなくて。
その力を使って、精霊と契約すると閉じて使えなくなってしまう、魔力を生成する為の回路を吐血しながらこじ開けていたのだから、もう新たに生成する事もできない。
今度こそ、本当に丸腰。
何もできないろくでなしがそこにいる。
だからここからは。
ここからこそが大博打。
「ごめん……待たせた」
そう言ってシオンは、名前も知らない精霊を抱き寄せる。
「怖かっただろう? 辛かっただろう? 今のキミには感情があるんだ……此処に連れてこられてからの日々が地獄のようなものだったって事は嫌でも理解できるんだ……遅くなってごめん。本当にごめん……ッ」
本当はもっと言いたい事がある。伝えなければならない事もある。
だけどそれを悠長に語っている時間はない。
稼げた時間はごく僅か。
だから早々と、本題に入らなければならない。
「……これだけ待たせて、苦労ばっかり掛けて。厚かましいけど……お願いがあるんだ」
言いながら、彼女を抱き寄せた手が震えている事に気付いた。
ここから先に踏み込む事に怯えている自分がいた。
……それでも。躊躇いはしても。
もう覚悟を決めて此処へやってきたのだから。
震えた声で、彼女に告げる。
「僕と一緒に戦ってくれ。僕に力を……貸してくれ……ッ!」
言えた。やっと言えた。
そしてきっと今の彼女は何を求められているのかをはっきりと理解しているだろう。
これが精霊との正規契約を求める言葉だという事は、きっと理解してくれている筈だ。
……怖かった。
拒絶されるのが怖かった。
だから中々踏み出せなくて。
踏み出した後も不安しかなくて。
だから一体どんな反応をされるのかが、怖くて仕方がなかった。
「……」
言葉は無い。
だけどその代わりに、彼女は動いた。
強く、抱きしめられた。
そして次の瞬間、二人を中心に魔方陣が展開される。
展開してくれる。
それが答え。
ずっと言い出せなかった。
ずっと言い出してくれるのを待っていた。
手を伸ばしさえすれば簡単に届いた答え。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる