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第三章:勘違いの連鎖と、秘密の「ぐうたら結界」
~「二度寝の呪い」という名の鉄壁の言い訳~
「――ですから、ユーラリア様! 玄関に領民たちが野菜や果物を山のように置いていっているんです! 聖女様への供物だとか言って!」
アニーの絶叫で、私の幸せな午睡(三回目)は無惨に引き裂かれた。 時計を見ると、もう夕方の四時だ。
「供物……? 私はただ、眩しいから雲を作っただけよ。どうしてそうなるの……」
「お嬢様の『ちょっとした魔法』は、普通の人から見れば奇跡なんです! 王都にいた頃の厳しいお姿はどこへ行ったんですか!」
((王都にいた頃の私は、生き残るために必死に演じてただけよ。今はもう、その必要はないの。私はただの、お腹を空かせた咸魚(しおづけうお)なんだから))
私は面倒くさそうに起き上がり、アニーが持ってきた「供物」のハチミツをスプーンで掬って口にした。……美味しい。労働の後の……ではなく、睡眠の後の糖分は五臓六腑に染み渡る。
しかし、その平穏を壊す、聞き覚えのある不快な音が聞こえてきた。 パカッ、パカッ、という、規則正しい馬の蹄の音。しかも、かなりの数だ。
「まさか、取り立て屋? 借金なんてしてないわよ」
「もっと悪いです! 門の前に、王国の紋章を掲げた騎士団……そして、ジークフリート殿下が現れました!」
私は持っていたスプーンを落としそうになった。 ((……嘘でしょ? なんでわざわざこんな最果てまで? 私、もう婚約者じゃないわよ。ただの無職よ!?))
バルコニーから下を覗くと、白馬に乗ったジークフリートが、何やら悲壮感漂う表情でこちらを見上げていた。
「ユーラリア! 君がこんな過酷な地で、領民のために祈り、奇跡を起こしていると聞いた! 私は……私は、なんて愚かだったんだ!」
((……は? 祈ってないわよ。寝てただけよ))
「リリアーヌは王宮で毎日宝石をねだり、わがままばかりだ! 彼女には君のような慈愛がない! ユーラリア、やはり私の隣には君が必要だ。さあ、王都へ戻ろう!」
冗談じゃない。あんなブラック職場に戻るなんて、過労死への片道切符だ。 私は即座に、頭をフル回転させた。「どうすれば、角を立てずに、かつ二度と誘われないように断れるか」。
私はあえてフラフラとした足取りでバルコニーの端に立ち、幽霊のような虚ろな笑みを浮かべた。
「……殿下、わざわざお越しいただいたのに、残念です。私は今……恐ろしい『呪い』にかかっているのです」
「呪い……!? リリアーヌが何かしたのか!?」
「いいえ。……これは『二度寝の呪い』。一度起きてからもう一度眠らないと、全身の魔力が暴走し、この地一帯が吹き飛んでしまうという……恐ろしい病なのです。私は今、その呪いと戦うために、一日の大半をベッドの中で過ごさねばなりません」
「な、なんだと……。君は、自分の身を削ってまで、この地を魔力の暴走から守っているというのか……!」
ジークフリートの瞳に、感動の涙が浮かぶ。 ((……いや、だから、寝たいだけだってば。なんでそうなるのよ))
「今は、呪いとの戦い(二度寝)の最中ですので……。どうか、お引き取りください。王都の喧騒は、私の呪いを悪化させるだけですわ……」
私はそう言い残すと、驚愕と後悔に震える王太子を放置して、カーテンをバサリと閉めた。 背後でジークフリートが「なんて気高いんだ……! 呪いに蝕まれながらも私を突き放し、この地を守るとは!」と叫んでいるが、完全に無視だ。
「……アニー。今すぐ鍵を閉めて。私はこれから、呪いとの決戦(本気の昼寝)に入るから」
私はふかふかの羽毛布団に飛び込み、勝利の確信と共に目を閉じた。 ……しかし、この「二度寝の呪い」という嘘が、後に「自己犠牲の聖女」という伝説として隣国まで広まることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
アニーの絶叫で、私の幸せな午睡(三回目)は無惨に引き裂かれた。 時計を見ると、もう夕方の四時だ。
「供物……? 私はただ、眩しいから雲を作っただけよ。どうしてそうなるの……」
「お嬢様の『ちょっとした魔法』は、普通の人から見れば奇跡なんです! 王都にいた頃の厳しいお姿はどこへ行ったんですか!」
((王都にいた頃の私は、生き残るために必死に演じてただけよ。今はもう、その必要はないの。私はただの、お腹を空かせた咸魚(しおづけうお)なんだから))
私は面倒くさそうに起き上がり、アニーが持ってきた「供物」のハチミツをスプーンで掬って口にした。……美味しい。労働の後の……ではなく、睡眠の後の糖分は五臓六腑に染み渡る。
しかし、その平穏を壊す、聞き覚えのある不快な音が聞こえてきた。 パカッ、パカッ、という、規則正しい馬の蹄の音。しかも、かなりの数だ。
「まさか、取り立て屋? 借金なんてしてないわよ」
「もっと悪いです! 門の前に、王国の紋章を掲げた騎士団……そして、ジークフリート殿下が現れました!」
私は持っていたスプーンを落としそうになった。 ((……嘘でしょ? なんでわざわざこんな最果てまで? 私、もう婚約者じゃないわよ。ただの無職よ!?))
バルコニーから下を覗くと、白馬に乗ったジークフリートが、何やら悲壮感漂う表情でこちらを見上げていた。
「ユーラリア! 君がこんな過酷な地で、領民のために祈り、奇跡を起こしていると聞いた! 私は……私は、なんて愚かだったんだ!」
((……は? 祈ってないわよ。寝てただけよ))
「リリアーヌは王宮で毎日宝石をねだり、わがままばかりだ! 彼女には君のような慈愛がない! ユーラリア、やはり私の隣には君が必要だ。さあ、王都へ戻ろう!」
冗談じゃない。あんなブラック職場に戻るなんて、過労死への片道切符だ。 私は即座に、頭をフル回転させた。「どうすれば、角を立てずに、かつ二度と誘われないように断れるか」。
私はあえてフラフラとした足取りでバルコニーの端に立ち、幽霊のような虚ろな笑みを浮かべた。
「……殿下、わざわざお越しいただいたのに、残念です。私は今……恐ろしい『呪い』にかかっているのです」
「呪い……!? リリアーヌが何かしたのか!?」
「いいえ。……これは『二度寝の呪い』。一度起きてからもう一度眠らないと、全身の魔力が暴走し、この地一帯が吹き飛んでしまうという……恐ろしい病なのです。私は今、その呪いと戦うために、一日の大半をベッドの中で過ごさねばなりません」
「な、なんだと……。君は、自分の身を削ってまで、この地を魔力の暴走から守っているというのか……!」
ジークフリートの瞳に、感動の涙が浮かぶ。 ((……いや、だから、寝たいだけだってば。なんでそうなるのよ))
「今は、呪いとの戦い(二度寝)の最中ですので……。どうか、お引き取りください。王都の喧騒は、私の呪いを悪化させるだけですわ……」
私はそう言い残すと、驚愕と後悔に震える王太子を放置して、カーテンをバサリと閉めた。 背後でジークフリートが「なんて気高いんだ……! 呪いに蝕まれながらも私を突き放し、この地を守るとは!」と叫んでいるが、完全に無視だ。
「……アニー。今すぐ鍵を閉めて。私はこれから、呪いとの決戦(本気の昼寝)に入るから」
私はふかふかの羽毛布団に飛び込み、勝利の確信と共に目を閉じた。 ……しかし、この「二度寝の呪い」という嘘が、後に「自己犠牲の聖女」という伝説として隣国まで広まることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
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