「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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一致団結?!寮対抗乗馬祭!

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 乗馬祭の開会式はトランペットのファンファーレから始まる。
 レース会場となるトラックの中央で、選手入場やら吹奏楽クラブの演奏やら先生方の話やら…。

 すっかり飽きてしまった私は、選手の整列の中にいるローズを除くいつもの4人で、ブライアに貰ったお菓子の袋を開けていた。最近キャルがよく食べているクッキーだ。

 毒味は任せて、とシャンテが最初に手を伸ばす。

「えっっ!乗祭だけに!」

「あら?冷え込んできたわね。…あ、おいしい!」

 シャンテに白けた視線を送りながら、ラミエラも続く。ヘーゼは食べた瞬間に売れるんじゃないかしら、と商人魂を見せた。
 最後が私。キャルが頼んで作って貰っていると言っていたから、相当美味なのだろうとは思っていたが、予想以上だった。

「何かしら、この香ばしい香りは?癖になるわね。」

「これ本当にそのブライアって1年の手作りなの?俺も作ってもらおうかな…。」

「下の兄妹が4人いて、よく作ってあげていたらしいわよ。」

 訓練の間2人でいる機会も多かった為、ブライアともすっかり仲良くなっていた。

 下の兄妹たちのせいか、彼の面倒見良さは以上で、キャルも相当お世話されているようだった。キャルが彼を使用人扱いしているのではないか、と疑ってしまったほどだ。



 開会式を背景にしてお菓子を食べているうちに、選手が退場した。いよいよ競技が始まる。
 最初に行われるのは馬場馬術であったので、一斉に馬術場へ移動が始まった。

 私がキャルのところへ行くと言うとなぜかラミエラもついてきて、あとの2人は先にG寮の応援席に向かった。

 選手陣は応援席ほど混み合っていない。ガンガルド家特有の青みがかったシルバーの髪は、すぐ見つかった。

「キャル!」

 手を上げて呼び掛けると、キャルは私にすぐ気が付き、天使の笑みで手をぶり返してくれた。天使すぎる。
 そばにいたブライアもにこやかに会釈する。


「姉さん、来てくれたの。ラミエラさんもこんにちは。」

「まだこれ渡していなかったでしょう?」

 そう言って白いハンカチを差し出す。私がG寮の紋章を刺繍したものだ。

「ありがとう。すごく格好いい。」

 キャルが私のハンカチを受け取ると、ラミエラがその手をがしっと両手で掴んだ。

「キャル、私のも…受け取ってくれる?」

「え?」

 ラミエラが取り出したのは白いリボンだった。赤色でMと刺繍されている。

「…ラミエラさん、Mって書いてあるけど…。」

「それはぶっ潰して欲しい寮のイニシャルよ。」

 リボンを握り潰すラミエラは、口元さえ笑っているが、目は見開かれ、こめかみには血管が浮き出ていた。誰か見ても分かる。ぶちギレている。

 婚約者と何かあったのかしら?

 ラミエラの婚約者は美しい外見とまでは言えないが、彼の心根が顔に表れているような、そんな優しい顔つきをした好青年だった。M寮ではあるが、乗馬祭ではいつも選手に選ばれていて、そんな彼に、ラミエラは毎年リボンを贈っていた。

 キャルは事情を知らないまでも何かを感じ取ったらしく、頑張りますね、と受け取った。天使だわ。

「はっはっはっ!」

 背後から高笑いが聞こえたかと思うと、白毛に胡麻のようなぶち模様の入った馬から 、セレアム殿下が華麗に降りてきた。と思ったら、ぶるるるっと心なしか馬が嫌そうに首を振る。隣にいる補佐役の子がどうどうと宥めた。

「カルーエル殿が貰えたのは、身内を含む2票だけなのか?男の私からも容姿端麗に思えたが、意外と人気が少ないようだな。」

 勝ち誇ったように鼻をならすセレアム殿下が握るリボンは、10本、いや20本はあるだろうか。

「乗馬祭では、異性から頂いたリボンやハンカチを身につけて試合に臨む風習があると聞いた。こんなにたくさん貰っては、どこに結ぼうか迷っていたが、その悩みも無さそうで羨ましいな。」

「え?それ全部身につけるんですか?邪魔そうですね。僕だったら絶対嫌です。」

 キャルは嫌味とも思っていないようで、素直に眉を潜めてそう言った。
 意外にも、キャルの言葉に、えっ?とすっとんきょうな声を上げたのはブライアだった。

 一同の視線がブライアに集まる。

 すると、ブライアの肩にかけていた鞄から、するすると白くて長い紐のような物が出てきた。10本ほどある紐先が1つに括られ、その紐に一定間隔で大量のリボンやらハンカチやらがわさわさ縫い付けられ、馬の尾のようだと思った。

「…なに、それ。」

 分かりやすく顔をしかめたキャルはそう質問したが、たぶん分かっているのだろう。

「あんまり多くて、身につけるのは大変だと思ったから、1ヶ所に付けれるようにまとめてみたんだ。」

「気持ち悪いよ。」

 キャルの素のつっこみに、ブライアはショックを隠せていなかったが、ラミエラが顔をひきつらせながら、器用ね、とフォローした。

 そして、別の意味で顔をひきつらせるセレアム殿下は、健闘を祈る、と一言を置き去りにして、そそくさと行ってしまった。

 ブライア、見所があるわね。

「なんで受け取ったの。」

「僕が断れるわけないよ!キャルにお願いって渡されるのに、僕から断るのは変だし、ほとんど先輩だし!」

「…僕、付けないよ。」

 ガーン、と音でも聞こえてきそうだ。
 でも、私もそれは無いと思うわ、ブライア。下手したら演技に支障が出そうだし。

「姉さんとラミエラさんのだけ、結ばせてもらうね。」

 天使の微笑みのおかげでラミエラの荒んだ目にも、少し光が戻った。



 人の膝ほどの高さの白い柵で短形に囲われた馬場は、その柵の周りに点々と3席ずつ審査員をする先生の席が設けられた。
 近くにはスタッフを担う選手の補佐たちや各寮の監督生たちが見える。
 シャンテが取ってくれた最前列の席からは、お兄様と話すキシュワント殿下の姿も、意図せず確認できた。

 第一種目、馬場馬術の開幕はG寮の監督生による美しい演技で飾ら れた。

 1年生から始まるこの種目のトップバッターには、さっそく我が愛弟、カルーエル・ガンガルドが登場した。

 黒のドレッサージュコートに身を包み、颯爽と駆けるキャルは、私の中の彼よりもずっと大人びていて、気を抜くと涙が出そうになった。

 競技は順調に進み、1年生の最終演者、セレアム殿下が登場した。

 なんだか、どことなく馬を御しきれてないような…。
 王子であらせるセレアム殿下も、キシュワント殿下同様に幼少の頃より乗馬を嗜んでいるものと思っていたけれど、違うのかしら。

 馬に落ち着きがなく、真っ直ぐ歩くだけでも困難に見える。そしてそれは演技中ますます酷くなり、応援席でもざわざわと心配の声が囁かれ始めた。

「馬が変だ。」

 隣にいたシャンテも呟く。そう、ここまでくると、やはりセレアム殿下ではなく馬に問題がありそうだ。

「大変!」

「セレアム殿下が振り落とされてしまうわ!」

 反対隣に並ぶラミエラとヘーゼも口に手を当てて心配している。

 馬はもう演技どころではなく、前足を上げては後ろ足で地面を蹴飛ばし、シーソーのように激しく前後に揺れていた。背に乗る異物を振り落とそうとしているのは誰の目にも明らかだ。
 セレアム殿下は落ちないように必死にしがみついていたが、それももう時間の問題だろう。

「見ていられないわ!」

とラミエラが手で目を覆った時、馬場の周りであたふたしているスタッフや先生たちの間から、キシュワント殿下が飛び出した。

 よりにもよって皇太子殿下ともあろうお方が、なんて無謀なことを!

 キシュワント殿下は勇敢にも暴れ馬に駆け寄り、応援席のざわめきでその声こそ聞こえないが、セレアム殿下に両手を伸ばして何か叫んでいるようだった。

 暴れ馬をどうにか抑えようと、教師やスタッフ陣が少し離れた位置で取囲み、ついに暴れ馬が前足を高く掲げると、セレアム殿下が勢いよく振り落とされてしまった。

 応援席のざわめきは一層大きくなり、私も、あっ!、と声が出る。

 落馬するセレアム殿下をキシュワント殿下がしっかり抱き止め、そのまま地面に倒れ込む。
 怪我をしたのではないか、そう思う間もなく更なるピンチが襲いかかった。

 暴れ馬が、今度は倒れた2人を踏みつけようとしているのだ。

 暴れ馬の高く上がった前足が、容赦なく2人目掛けて落とされた。

 キシュワント殿下が、セレアム殿下を庇うように身を翻してこれをかわすと、乗馬を教える教師の1人が暴れ馬の手綱を捕らえ、恐らくどうどうと宥めているのだろう。少しクールダウンしたようで、頭を横に振りながらも引かれる手綱に従っていた。

 おぉー!と練習でもしたかのように会場にいる皆の声が重なった。

 安堵するのも束の間、会場が再びざわめき始めた。スタッフの女生徒は目や口に手を当てて、きゃあと声を上げる者もいる。

「もしかして…。」

「きっとそうだよね…。」

 周囲から聞こえてくる声も先ほどとは質が違う。

 私は自分の目を疑った。
 先に立ち上がったキシュワント殿下がセレアム殿下に手を差しのべて立たせようとしていた。そのキシュワント殿下のズボンが破けていたのだ。臀部でんぶの辺りが重点的に。
 
 破れ目からは白い布地が見える。そう、下着である。パンツだ。
 流石に最前列とはいえ応援席からその模様までは見えないが、どうやら近くにいる生徒たちの反応を見るに、恐らく私がプレゼントした下着なのかもしれない。

 ちらちらと向けられる視線に、さすがの私も顔が熱くなった。

 気づいていなさそうなキシュワント殿下にエルお兄様が駆け寄り、自身の制服のジャケットを殿下の腰に巻いた。ようやく事態に気がついたらしいキシュワント殿下があわあわと慌てた様子を見せ、そして、目が合った。
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