1 / 12
作戦E
1.ロラン
しおりを挟む
カチャリ。ソファで寛ぎながら本を読む上官、ジルの腕に手錠を掛ける。ジルは訝しむように目を細めたが、特段目立った反応はしなかった。
冷静な彼らしい対応ではあるが、実につまらない。
「何のまねだ?」
じろりと睨まれたが、くたびれた顔立ちのせいか、それとも10年の慣れか、残念ながら迫力を感じない。
短いグレーの髪に、グレーの瞳。白髪の混ざる無精髭に、妙な色気を感じる。
そもそも、部下であり女である私を、部屋に出入り自由にしていることがおかしいのだ。
危機管理能力を疑ってしまう。私自身改めるつもりもないけれど。
「祖国から帰還命令が下された。」
作戦通り、ため息をつく。
「どうせなら土産を持って帰ろうかと思って。」
ジルの眉間にシワが寄る。当然だ。私の祖国はここデキヤン王国ではなく、西の隣国、キュース王国だ。
私の黒髪も黒い瞳も、キュース人の特徴だ。
大陸歴1530年、キュース王国がデキヤン王国に侵略し、戦争が始まった。孤児だった私も12歳から少年兵としてキュース軍に従属し、戦った。
ジル、そして現タウヌール辺境伯フェルディナン様に出会ったのは、14歳の時だった。
キュース王国がデキヤン王国の北にあるテイポッドー王国と手を結び、デキヤン王国は北からも攻撃を受けることになったのだ。
キュース軍とテイポッドー軍が挟むように攻撃を仕掛けたのは、デキヤン王国の北西部、タウヌール地方で、私もそこに派遣された師団の1人だった。
そこで、タウヌール城塞を防衛する彼らに会ったのだ。
「どうして抵抗しないの?」
両手を手錠で拘束されているにも関わらず、ジルは相変わらず冷静だった。
真偽を確かめるように視線は鋭いが、武器を取るでも仲間を呼ぶでもなく、ただじっと座っている。
「お前は?次はどうするんだ?」
その気概に胸がざわつく。
少々無骨ではあるものの、彼の優しい人柄や、差別をしない考え方など、異性として惹かれることにそう時間はかからなかった。
「足も縛って、口も縛って。」
それから、と大きな麻袋を広げて見せた。
「これに入れて運ぶ。」
はっと鼻で笑うジル。
「随分シンプルな作戦だな。そんなんで俺を拉致できると思ってんのか?」
「現に抵抗してないだろ。」
「本気に見えねぇからだよ。」
私は本気だ。本気でこの一回りも年上の男を欲している。
「本気で俺を相手にするんだったら、もっと手の込んだ作戦をとる筈だ。そうじゃないと無理だと分かってる。そうだろ?」
まぁ、そうだろう。タウヌール連隊隊長を務めるこの男は、名実共に戦闘の達人だ。
武器を与えず、両手を拘束していても、一瞬たりとも気は抜けない。
「本気じゃないなら、どうしてこんなことをしてると思うの?」
「それが分からねぇから苦労してんだろ。」
苦労してるようには見えない。
「だいたい、お前が俺たちのとこに来たのは、あいつらの非人道的な態度に疑問を持ったからだろ。」
私が所属していたキュース軍の師団とテイポッドーの連合軍は、いくら敵国とはいえ、デキヤン国民の扱いが本当に酷かった。
通った村は全て焼払い、略奪もし放題。村人は奴隷のように扱われたり、快楽のために殺されたり。
そういうのを見て、私は辟易とした。
幼い頃からゴミのように扱われていた自分と重なったのだ。
「そんなお前が、国に帰ろうなんて思うか?」
「この国には…馴染めなかった。」
嘘を混ぜた。
キュース人に多い黒髪黒目を持つ私に、デキヤン国民が排他的なのは確かだ。しかし全員が全員そうというわけではなかった。
理由も無く差別する者もいれば、ジルのように、何も気にしない人もいる。終戦後、タウヌール城塞の主となり、タウヌール辺境伯となったフェルディナン・トゥルベール様が、それの最たるものだった。
敵国の異国人として立つ瀬の無い私は、フェルディナン様とジルにとても救われた。
「認めてる奴はたくさんいるだろ。フェルディナン様も…俺だって、お前のことを頼りにしてる。」
他にも、と続けようとしたジルを手で制した。
「私が出て行った方が丸い。」
私は私なりに精一杯やって来たつもりだ。忠誠心の欠片も無く、ただ食う為に志願した祖国軍とは違い、心から尊敬し、忠誠を誓った辺境伯フェルディナン様のことを想うと、自然と眉間に力が入った。
でも、そんな私にも優しいジルが好きだ。摩擦を減らそうとしてくれるジルのことが、どうしても好きだ。
「もう少し待て。俺が、…フェルディナン様が必ず…。」
「ジル。」
私を説得しようとするジルの言葉を遮って、声を荒げた。
そうじゃない。私が欲しい言葉は、そんなんじゃない。
「私を引き留めるつもりなら、もっと言葉を選ぶべきだと思うけど。」
冷静な彼らしい対応ではあるが、実につまらない。
「何のまねだ?」
じろりと睨まれたが、くたびれた顔立ちのせいか、それとも10年の慣れか、残念ながら迫力を感じない。
短いグレーの髪に、グレーの瞳。白髪の混ざる無精髭に、妙な色気を感じる。
そもそも、部下であり女である私を、部屋に出入り自由にしていることがおかしいのだ。
危機管理能力を疑ってしまう。私自身改めるつもりもないけれど。
「祖国から帰還命令が下された。」
作戦通り、ため息をつく。
「どうせなら土産を持って帰ろうかと思って。」
ジルの眉間にシワが寄る。当然だ。私の祖国はここデキヤン王国ではなく、西の隣国、キュース王国だ。
私の黒髪も黒い瞳も、キュース人の特徴だ。
大陸歴1530年、キュース王国がデキヤン王国に侵略し、戦争が始まった。孤児だった私も12歳から少年兵としてキュース軍に従属し、戦った。
ジル、そして現タウヌール辺境伯フェルディナン様に出会ったのは、14歳の時だった。
キュース王国がデキヤン王国の北にあるテイポッドー王国と手を結び、デキヤン王国は北からも攻撃を受けることになったのだ。
キュース軍とテイポッドー軍が挟むように攻撃を仕掛けたのは、デキヤン王国の北西部、タウヌール地方で、私もそこに派遣された師団の1人だった。
そこで、タウヌール城塞を防衛する彼らに会ったのだ。
「どうして抵抗しないの?」
両手を手錠で拘束されているにも関わらず、ジルは相変わらず冷静だった。
真偽を確かめるように視線は鋭いが、武器を取るでも仲間を呼ぶでもなく、ただじっと座っている。
「お前は?次はどうするんだ?」
その気概に胸がざわつく。
少々無骨ではあるものの、彼の優しい人柄や、差別をしない考え方など、異性として惹かれることにそう時間はかからなかった。
「足も縛って、口も縛って。」
それから、と大きな麻袋を広げて見せた。
「これに入れて運ぶ。」
はっと鼻で笑うジル。
「随分シンプルな作戦だな。そんなんで俺を拉致できると思ってんのか?」
「現に抵抗してないだろ。」
「本気に見えねぇからだよ。」
私は本気だ。本気でこの一回りも年上の男を欲している。
「本気で俺を相手にするんだったら、もっと手の込んだ作戦をとる筈だ。そうじゃないと無理だと分かってる。そうだろ?」
まぁ、そうだろう。タウヌール連隊隊長を務めるこの男は、名実共に戦闘の達人だ。
武器を与えず、両手を拘束していても、一瞬たりとも気は抜けない。
「本気じゃないなら、どうしてこんなことをしてると思うの?」
「それが分からねぇから苦労してんだろ。」
苦労してるようには見えない。
「だいたい、お前が俺たちのとこに来たのは、あいつらの非人道的な態度に疑問を持ったからだろ。」
私が所属していたキュース軍の師団とテイポッドーの連合軍は、いくら敵国とはいえ、デキヤン国民の扱いが本当に酷かった。
通った村は全て焼払い、略奪もし放題。村人は奴隷のように扱われたり、快楽のために殺されたり。
そういうのを見て、私は辟易とした。
幼い頃からゴミのように扱われていた自分と重なったのだ。
「そんなお前が、国に帰ろうなんて思うか?」
「この国には…馴染めなかった。」
嘘を混ぜた。
キュース人に多い黒髪黒目を持つ私に、デキヤン国民が排他的なのは確かだ。しかし全員が全員そうというわけではなかった。
理由も無く差別する者もいれば、ジルのように、何も気にしない人もいる。終戦後、タウヌール城塞の主となり、タウヌール辺境伯となったフェルディナン・トゥルベール様が、それの最たるものだった。
敵国の異国人として立つ瀬の無い私は、フェルディナン様とジルにとても救われた。
「認めてる奴はたくさんいるだろ。フェルディナン様も…俺だって、お前のことを頼りにしてる。」
他にも、と続けようとしたジルを手で制した。
「私が出て行った方が丸い。」
私は私なりに精一杯やって来たつもりだ。忠誠心の欠片も無く、ただ食う為に志願した祖国軍とは違い、心から尊敬し、忠誠を誓った辺境伯フェルディナン様のことを想うと、自然と眉間に力が入った。
でも、そんな私にも優しいジルが好きだ。摩擦を減らそうとしてくれるジルのことが、どうしても好きだ。
「もう少し待て。俺が、…フェルディナン様が必ず…。」
「ジル。」
私を説得しようとするジルの言葉を遮って、声を荒げた。
そうじゃない。私が欲しい言葉は、そんなんじゃない。
「私を引き留めるつもりなら、もっと言葉を選ぶべきだと思うけど。」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる