タウヌール辺境伯領の風情

daru

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作戦E

3.ジェスタ

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 辺境伯夫人、つまりフェルディナン様の奥方様からロランを呼ぶよう言づけを受け、あいつを探しにジルの私室に来た。

 いつも通り一応ノックをし、返事を待たずに戸を開ける。
 そして、目に飛び込んできた光景に唖然とした。

 ソファに座るジルの手足には手錠がかけられ、これから使うのか、それとも外しているところなのか、ロランはジルの前で他の拘束具を手に持っていた。

 ロランがジルに惚れているのは知っているが、ついに好きすぎて無理やりにとか、そういうことなのだろうか。もしくは晴れて両想いとなり、そういう行為に及んでいるのかもしれない。
 ロランはともかく、ジルのことを考えると意外としか言いようがないが。

「SMプレイ中か?」

 冗談交じりにそう訊いたのだが、気まずそうに目を背けるジルを見ると、まさか本当にそういう趣味があったのかと疑いそうになった。
 とっさにフォローの言葉を考えたが、何も浮かばない。

 とりあえず戸を閉めようかと思った矢先、ロランが首を横に振った。

「作戦E。」

 は?と声に出して呆気にとられた後、ああ、と以前酒を飲みながら交わした会話を思い出した。
 そして、はっはっはっ!と勢いよく笑いが飛び出た。
 バカだなこいつ。飄々とするロランを前に、笑わずにはいられない。



* * * * *

 確か2週間くらい前だった。夜、突然、酒瓶を手に持ったロランが部屋に押し入ってきたのは。
 それ自体は別に珍しい事でもなかった。俺がロランの部屋に行くこともあれば、2人でジルの部屋に突入することもある。

 いつもと違ったのは、ジルを呼ぼうとしたら止められたことだ。俺と差しで話がしたいらしい。

「なんだ、改まって?」

 こじんまりとした正方形のテーブルを挟んで座ると、ロランは珍しくしおらしい様子でビールを注いでくれた。そうして、らしくなく、もじもじと自分のジョッキに口を付けた。

 異常だ。

「私も、今年で25歳になった。」

「知ってる。」

 本来の誕生日は知らないが、タウヌール連隊に入隊した日を勝手にそうということにして、数か月前に祝いの宴会をした。

「そろそろ、私も、大人に…。」

 いや、成人は18歳だからとっくに大人だろ。

「ジルにも、年齢が近づいたかな…と。」

 顔を赤らめながらもじもじと話す意図は掴めたが、なんと言うべきか。

「あのなロラン、年ってのは誰もがとるわけだから、年齢が近づくということはねぇんだぞ?」

 バカなのか?
 ジルとロランの歳の差は15年。その差は言うまでもなく縮まることはない。

「でも!25歳なら恋愛対象内でしょ!」

 すっかり恋する乙女モードのロランに、吹出すように笑いが溢れた。そんな俺を見て、ロランは不服そうに視線を逸らした。
 凛としている普段とのギャップが可笑しい。

「ジルに…いや、ジルの…好み…教えろ…ください。」

 それが本題だったのか。
 もう笑い過ぎて腹が痛い。だがそろそろ真面目に聞いてやらないといじけそうだな。そう思い、どうにか呼吸を落ち着けた。

 とはいえ、ロランはこうやって分かりやすく言ってくるが、ジルはそういう話をほとんどしない。元々浮ついた話の少ない男ではあったが、連隊長となって、増々そういった話から遠ざかった。
 フェルディナン様が、14歳のロランの面倒を頼んだせいで、結婚もしていないのに父性が満たされてしまったのではないかと、俺に心配を溢すほどだ。

 確かにあの頃の2人は、まだ親子とか師弟とかそういう風に見えた。
 だが、ロランは美しく凛々しく成長し、それこそ成人してからはロランの恋心もあってか、ちゃんと男と女に見えている。

 ジルもそれをそのままにしているということは、口に出さないまでも、そういうことなのではないかと思っていた。

「好みも何も、まず気持ちを伝えてみたらどうだ?」

「は?」

「俺が思うに、ジルもお前のこと気に入ってると思うぞ。」

 ロランはぽかんと口を開けて、お前はバカか?というような蔑んだ目をした。

「どこをどう見ればそんな見解が?」

 どこをどう見てもそうとしか思えない。何せ仕事中はほとんどセットで動き、プライベート時間でもほとんどセットで動く。
 つまり四六時中一緒にいる。普通じゃない。

「だったらあいつに訊いてみろよ。お前のことどう思ってるかって。」

「そんなことストレートに訊けるかぁ!」

 ジョッキが力強く音を立てて机に置かれた。

 普段はストレートなくせに、恋愛面は非常に面倒くさい。

 俺はうじうじとするロランの為に、あれこれいろいろなシチュエーションを考えてやった。あいつに「好きだ。」という一言を言わせる為のシチュエーション。

 この策は酒も底をつき、だいぶ酔いが回った頃に面白半分で提案した作戦だった。

「お前が祖国に帰るふりをするってのはどうだ?」

「どうして私が。」

「実は敵国のスパイでしたって設定で、お前を好きなら国に帰さないよう引き留めるだろうし、そうじゃないなら捕まって牢屋でネタ晴らしだ。」

 バカらしい作戦に腹を抱えて笑いながら、分かりやすいだろ、と言うと、アルコールが回って赤くなっているロランもこくりと頷いた。

「Enemy作戦か。」

 神妙な顔つきで言うものだから、余計に笑えた。

* * * * *



「まさか本当に実行するとは。」

 真面目な顔でふざけたことをするから、ロランは本当に面白い。

「で、結果は?」

「だめだ、よくわからない。」

 ガシャンと拘束具を床に置き、ロランはまた首を横に振った。
 要するに、好きだ、という言葉は聞けなかったのか。普通に考えて、当然といえば当然だ。拘束されている状態で愛の告白など、誰がやるだろうか。

 怪訝そうな視線を送ってくるジルの表情が、また笑いを扇ぎ立ててくる。

「つまり、全部嘘だったわけか?」

「嘘というか、必要悪というか。」

 ひくひくと表情筋を引きつるジルから、わけの分からない事を言うロランが一歩後ずさった。

「俺はお前らの悪巧みに巻き込まれたってことだな?」

「別に悪巧みってわけじゃあ…なぁ?」

 ロランと顔を見合わせると、ロランはこくこくと頷く。

「これが悪巧みじゃなかったらなんなんだよ?」

 じゃらりと手錠を鳴らすジルの口元は笑っているが、目には怒りの色が見えた。
 ロランも感じ取っているのだろう。じりじりと後ずさってくる。

「私は純粋な気持ちから行った次第で…。」

「ああそうかよ。それじゃあなんでそんなに下がって行くんだよ?」

 ジルの足も拘束されていることが救いだった。
 俺とロランはほとんど同時にジルの部屋を勢いよく飛び出した。
 背中にジルの罵声が届いたが、俺は奥方様の件をロランに伝え、気にせず走り去った。
 
 

  
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