塔の妃は死を選ぶ

daru

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 王座に座り、地方から呼び寄せた待ち人を待っている間、カルダは静かに落ち着いて今後のことに考えを巡らせる、などということは到底できなかった。
 カルダはそうしたかったのだが、隣でキートスの声が鳴り止まないのだ。常人ならば石のように固まるカルダの鋭い視線でも、キートスを止めることはできない。

 王妃への対応ついては、婚姻してからずっと小言を言われ続けていたが、キートスの妻、レイシーが王妃の話し相手として時々訪れるようになってからは、余計に煩くなった。

 止まることのないキートスを見て、鳥の巣のような頭をしてピーチクパーチクうるさい奴だ、とカルダは額を擦った。

 そして、待ち人が到着してようやくキートスの口が閉じられた。

「よく来たペリュグリス。待っていたぞ。」

 色んな意味で、と付け足したのは本人には聞こえていない。

「御無沙汰しております、王様。」

 片膝をつき深々と頭を下げるペリュグリスに、フェリディル出身でありながら、カルダへの忠誠心の深さが窺える。

 そんなペリュグリスが恐る恐る口を開いた。

「姫様…王妃様にはもう、お話になられたのですか?」

「いや、まだだ。話す場にお前にもいてもらおうと思ってな。今エイソンに迎えに行かせているところだ。」

 ペリュグリスの表情が固まる。

 ペリュグリスにとって、ニコは憧れのお姫様だった。無垢で純真な美しい姫に、一度名を呼ばれ微笑みかけられただけで、ペリュグリスは心を奪われた。
 とはいえ、生真面目なペリュグリスは己の立場をよくわきまえていた。ニコから想われたいなどと大それた望みは持っていない。ただ、命を掛けて一生守ろうと、そう心に誓っていた。

 それなのに、何よりも大事な姫様を裏切った。その思いがペリュグリスの顔色を青ざめさせた。

 ふいに、きらびやかな両扉が重々しく開く。

「来たな。」

 カルダの声と共に、エイソンの背後からニコが顔を覗かせた。

 エイソンがニコを中に入るように促すとニコは、お呼びでしょうか、と挨拶をしかけて、止まる。ペリュグリスと目が合ったのだ。

 この男、知っている、とニコは気が動転した。



 まだアイローイがフェリディルに攻め込んでくる前、ニコが中庭でペットの狼、フィアンと遊んでいた時の話だ。

 ニコが木の棒を投げて、それをフィアンが取ってくるという遊びだったのだが、ニコが投げた木の棒がすっぽぬけてしまい、勢い余って近くを通っていたペリュグリスに当たりそうになったのだ。

 ニコが、危ないっ!と叫ぶやいなや、フィアンが高くジャンプして、上手に空中でキャッチをし、うまい具合にぶつかって転んだペリュグリスの上に着地した。

 慌てて駆け寄ったニコによって、フィアンはペリュグリスの上から降ろされた。

「あの、ごめんなさい。大丈夫?」

 ペリュグリスがズサッと音を立てて即座に跪く体制をとるものだから、ニコも一瞬びくりと肩をすくませた。

「申し訳ございません!」

「…どうして貴方が謝るの?」

「姫様が楽しんでおられるところをお邪魔してしまいました!」

 ペリュグリスの言い分に、ニコは目を白黒させた。

「いいえ、悪いのは投げる方向を間違えてしまった私よ。貴方が謝るのはおかしいわ。」

「いえ、私がもっと周りを見ていれば、避けるなり受け止めるなりできました。お見苦しい姿を見せてしまったのは、私の不注意のせいです。どうぞお叱りください。」

 一貫して譲らない姿勢のペリュグリスに、ニコはふむ、と考えた。この騎士さん、素晴らしいまでの忠誠心だけれど、頭が固いわ。

「ねぇ貴方、私が誰だか分かりますか?」

「もちろんでございます。この国で最も貴いお方のご息女、ニコ姫様でございます。」

「えぇ、そうです。その私が言っていることが間違っていると、そう言うおつもりですか?」

 そこまで言われて、ようやくペリュグリスははっとした。

「も、申し訳ございません!決してそのようなっ…!」

「貴方、名前は?」

「ぺ…ペリュグリスと申します!」

 そうですか、と頷くと、ニコもその場にしゃがみ込み、ペリュグリスに視線の高さを合わせた。
 ペリュグリスの体内の血がドクドクとものすごい速さで駆け巡る。

「ペリュグリス、貴方は騎士です。騎士とは身体が資本ですよね?」

「は、はい…。」

「それならば 、不本意に身体を傷つけられたら怒るべきです。人々を守る為の、大事なお身体なのでしょう?」

「…はい。」

「では、私の謝罪を受け取って貰えますね?」

「……………はい。」

「お怪我はありませんか?」

「頑丈なのが、取り柄ですので。」

 堅物のペリュグリスが照れるようにそう言って、良かった、とニコもふわりと微笑んだ。
 ペリュグリスがその微笑みに目を奪われたのは、言うまでもない。

 その後、しばらくしてペリュグリスは末端ではあれど、ニコ付きの護衛騎士の1人になった。

 そして、ニコの目の前でニコの両親の首を切り落とされた時、ペリュグリスもその場にいたのだ。アイローイ軍の味方として。



「ご、御無沙汰しております、王妃様。」

 ペリュグリスの挨拶は、相変わらずの礼儀正しいキチキチとした所作であったが、ニコは以前のように親しみを感じることはできなかった。

「王妃。」

 はっ、とニコはカルダの声に我に返った。咄嗟に軽く膝を曲げて頭を下げる。

「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、王様。」

「それはいい。こっちに来て座りなさい。」

 カルダがそう言って手で示したのは、王座の隣に並ぶように置いてある立派な椅子だ。
 確かに王妃の座なのだろうが、王妃らしいことをさほどしていないニコには違和感しか感じられなかった。
 それでも王妃であることに変わりはない。ニコは素直にその席へ座る。

「エイソン、余程の急用でない限り、誰も入れるな。」

「はっ。」

 エイソンは軽く頭を下げて後ろへ下がり、静かに扉を閉めた。

 突然エイソンが部屋を訪れて、王が呼んでいるとは聞いたが、ニコはその用件については何も聞かされていない。
 しかし、この物々しい雰囲気とペリュグリスの存在で、なんとなく検討がつき、緊張で指先が冷たくなった。

「王妃、以前余は、全てを知る者と共にそなたに話をすると言った。」

「…はい。」

「それがこの男だ。」

 ニコは、跪いた姿勢から、一切顔を上げようとしないペリュグリスを複雑な思いで見つめる。

「知っているな?」 

「…はい。…以前、私の護衛騎士でした。」

「そうだ。余がフェリディルに干渉し始めたのは、この者からの書簡が発端だった。」

 ニコが、書簡、と声を漏らすと、びくりと肩を震わせたペリュグリスが、おでこを床につけそうなほど頭を下げ、王様!と申し出た。

「私からお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 ペリュグリスにとっては、ニコを裏切ったも同然の行為だ。恨まれても仕方がないと、それくらいの覚悟を持ってはいた。
 しかし、いざ本人を前にすると、やはりどうしようもない恐怖心に襲われた。

 少しでもいいから弁解をしたい。納得して貰えなくても、理解をしてほしい。その思いから出た言葉だった。

 カルダはいつものように中指で額を擦りながら、ニコが落ち着いていることをちらりと確認した。グレーの瞳に不安の色は見えたが、取り乱すようなことはない。

「顔を上げろ。」

 ゆっくりと、ペリュグリスは頭を上げた。ニコと目を合わせないように、視線だけは下を向いている。

「ではまず、お前から話せ。」

「ありがとうございます。」

 ペリュグリスは握りしめた拳を震わせ、ごくりと生つばを飲み込んだ。
 深く息を吸ってから、恐る恐る話し始める。
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