ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった

川浪 オクタ

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第1話 『帰り道は、まだ、どこにも見えなかった』

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 ――あの日、私は“壊す者”になった。

 ただ、帰りたかっただけなのに。


 《 日常の終わり 》

 春の終わり。中学三年生の目黒晴歌(めぐろ はるか)は、学校から帰る時間をちょっとしたご褒美のように楽しんでいた。

「帰ったら勉強の続きしなきゃな……」

 進学校を目指し、毎日ぎゅうぎゅうに詰まったスケジュール。
 小さい頃からの夢は、医師になること。
 祖父が亡くなったとき、何もできなかった自分が悔しくて、それ以来ずっと命と向き合う道を目指してきた。
 辛いこともあるけれど、自分で決めたこと。家族や友人も応援してくれている。それだけで、頑張れる気がする。

「晴歌!ぶつかる!」

 不意に腕を引かれて我に返ると、目の前には電柱があった。

「お前、今どき電柱にぶつかりかけるやつはいないぞ」

「……陽翔……」

 朝倉陽翔(あさくら はると)。赤ちゃんの頃からの幼なじみ。
 家は向かい同士で、親同士も同じくらいの時期に妊娠していたことから、気づけば家族ぐるみの付き合いに。
 誕生日も2日違いで、名前の響きも似ていたことから、よく"双子なの?"と聞かれるほどだった。

 同い年だけど、他の男子より落ち着いていて、何かと世話を焼いてくれる。まるでお兄ちゃんのような存在だ。

「ん?これまだつけてんのか?」

 晴歌のカバンには、ちょっとヘンテコなキャラクターのキーホルダーがぶら下がっていた。
 春休みに家族同士で温泉旅行に行った時に、陽翔とお揃いで買ったものだ。

「なんか、憎めないんだよな、こいつ」

「わかる。地味に愛着湧くよね、こういうの」

 クラスは違うけど、くだらない先生の話とかで笑い合えるのが心地好い。
 他愛ない会話をしながら、家の前に着く。

「晴歌」

「ん?」

「……あんま、頑張りすぎんなよ」

「……!」

「ちゃんと寝ろよ。あ、ニキビできてんじゃん」

「!!」

「姉ちゃんが言ってたぞ。"寝ないと顔ボロボロになる"ってさ」

「なっ……!」

「ふはっ、姉ちゃん見てりゃわかるだろ。じゃーな、また明日」

 笑いながら手を振って去っていく陽翔の背中に、小さく「ありがとう」とつぶやいた。
 恋愛感情ってわけじゃないけど――
 こうやって隣にいてくれる幼なじみは、やっぱり大切な存在だ。

 鍵を出そうとカバンを探ったときだった。

 ――歌が、聞こえた。

 どこからか、風に乗って届いた優しい旋律。
 幼い頃、母が歌ってくれた子守唄にどこか似ている。

 不思議と懐かしくて、胸がぎゅっとなった。

 瞬きをした瞬間、世界が変わっていた。

 空が青すぎて、眩しい。
 冷たい風、濃く香る草木――現実とは違う、感覚のすべてが研ぎ澄まされた世界。

「え……ここ、どこ……?」

 足元が崩れ、光と闇が混ざるような渦に飲み込まれる。
 気づけば、目の前には"それ"がいた。

 ――晴歌よりも少し年上に見える青年。髪も瞳も、肌も服も、すべてが白い。
 それは神々しいほど美しく、けれどどこか、寂しそうな瞳をしていた。

『お前に与えるは、不老不死の肉体。そして、破壊の力』

『この世界に点在する百のダンジョンを破壊すれば、元の世界に戻れる』

『その時、一つだけ――望みを叶えてやろう』

 意味がわからない。声を出そうとした瞬間、再び足元が崩れた。
 落ちるように、吸い込まれる。
 そして、意識が遠のいた。



 《 破壊の力 》

 目を覚ました場所は、崩れかけた石造りの建物だった。

 周囲は静かで、外からの光だけがうっすらと差し込んでいる。
 壁には蔦が絡みつき、天井の一部は抜け落ちていた。

 蜘蛛の巣。風に揺れる草。足音だけが響く中、晴歌は慎重に奥へと進んだ。

 すると――

「……なに、あれ……」

 這うような音。そして、何かが飛びかかってくる気配。

 人間ではない。生き物の形すらあやふやな影。

 正体のわからない"何か"だった。

「来ないでっ!!」

 恐怖で目を閉じ、腕を思いきり振った。

 次の瞬間――

 影は塵となって、消えた。
 まるで最初から存在しなかったかのように。

「なに……?今の……私が……?」

 手のひらが震えている。
 恐怖。罪悪感。理解できない"力"。

 目に映る現実と、心がまるで噛み合わない。

 そのとき、地面が揺れた。

 壁が軋み、天井が崩れ、空間が震えはじめる。

「これって……まさか……」

 崩れていく。いや、崩してしまったのだ。自分が。



 《 見えない帰り道 》

 駆け出して、ようやく建物の外へ。

 振り返ると、遺跡は音もなく崩れ、光の粒となって消えていった。

「何……これ……」

 さっきまで、陽翔と笑っていたはずなのに。
 家に帰ろうとしていたはずなのに――

 そのとき、目の前にウィンドウのような透明な表示が浮かび上がる。

【壊した数:1】

「あと……99個……?」

 青空の下、ひとり立ちすくむ晴歌。
 帰り道は、まだ、どこにも見えなかった。
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