【完結】モデラシオンな僕ときゃべつ姫

志戸呂 玲萌音

文字の大きさ
4 / 37

第4話  手芸部への勧誘

しおりを挟む
 それからしばらくして、僕は学食の喫茶コーナーにいた。

「ごめんなさいね」

 紙コップに入ったコーヒーが差し出された。目の前に眼鏡をかけ、髪を後ろで一つに結んだ女子生徒が立っている。さっきの状況から僕を救い出しここまで連れてきてくれた人だ。僕にとって、まさに救世主ジャンヌ・ダルク。聖女様だ。

「びっくりしたでしょ? あの人は神宮司藍音じんぐうじあいねさんといって、手芸部の部長なの。私も神宮司さんも同じ二年生よ。クラスは違うけどね」

 そう言って笑顔を見せた。

「お名前聞いていいかしら? 私は中崎。中崎芳美なかざきよしみというのよ」

「ぼくは、坂下慎一さかしたしんいちと申します」

 神宮司さんに比べて、容姿は、まぁなんだけど、優しい話し方で心が休まる。
 話も通じそうだ。
 
 コミュケーションって大事だなぁ……。
 あらためて思うよ。
 さっきのは厳しすぎた。

「ありがとうございます」

「あのね。坂下君だったわね?」

「あ、はい」

「神宮司さんは、他の人よりも何歩も先のことを考えていて、時々、それをそのまま口にしてしまうの。それでね。それがいろんな方向に瞬時に飛んでいくのよ」
 
「ああ、それで……」

 話が噛み合わないわけだ。
 大抵の人間は、今のこと、目の前のことだけを考えて生きているものなんだよ。
 そんなに先が読めるならば、手芸部じゃなくて将棋部にでも入ればいいんだ。
 選択間違えているな。

「でもね」

 中崎さんが話を続ける。

「神宮司さんの。部長の勘はよく当たるの。普通の人が感じないことを一瞬で察知してしまうの。きっと、あなたの何かを見抜いたのよ。あのクロスの価値がわかったのよね? 何かやっていなかった?」

「レース編みを。クロシェッ」

「まぁ! やっぱりだわ!」

「でも、僕は部活をするつもりはないんです」

「そうなの? でも、ここはね。一年生は部活が必須なのよ」

「え? そうなんですか?」

「ええ。でも、もともと進学に力を入れている学校だから、それほど負担にはならないけれど……特に、手芸部はね。他の部よりも規則が緩やかだから、籍だけ置いている生徒も多いのよ」

「そうなんですか……」

 でも……。なまじ期待されて入部すると、そうもいかなくなるんじゃないか?

「なにか心配事があるみたいね」

 中崎さんが笑う。

「本当よ。今日展示してあった作品あるでしょ? あれ、半分は去年と同じ物なのよ」

「はぁ……」

 その緩さが、あの部長の激しさとマッチしないんですが。
 静かに燃える氷の炎みたいな。

 少し前の光景を思い出す。
 ストレートの長い黒髪、切れ長のアーモンドのような瞳。白く冷たい横顔。
 インパクトの強い人だ。でも、心に残るのはそれだけだろうか?

 ―― いや。それ以外ないよ!
 あんな人そう簡単に忘れられるわけがない。
 僕はショックでおかしくなってしまったようだ。無理もない。登校早々あんな目に合わされたんだ。

「もちろん真面目な人もいるわ。勉強の合間に手仕事をすると気分転換になるって……ね。考えてみてね」

「はぁ……」

 我に返った僕は、曖昧な返事を残してその場を去った。



 今日は、初日からえらい目に会ったな。
 帰宅した僕は、洗面所でシャツの片袖を脱いで腕を見る。

「あちゃー! 赤くなってる」

 掴まれたところが赤く指の形に残っている。

 日菜と母さんは、もう食事を済ませていた。父さんはまだ帰っていない。
 僕らが起きている間は戻らないだろう。
 僕は食堂で一人夕飯を済ませた。レンジと冷蔵庫の中に用意してある。
 そのあと居間でソファーに腰掛け、見るともなくテレビを見ていた。
 芸人たちが取り留めもない雑談を繰り返している。

 サイドテーブルの上のドイリーを見る。
 日菜の作ったドイリー。
 基本的な技法だけで作った、単純なモチーフの組み合わせ。
 
 それなのに……心に残るのはなぜだろうか?

「部活が必須ってのは予想外だったな……」

 そんなことを考えながらテレビを見続けた。





しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

処理中です...