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第25話  僕のクエスト

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 神宮司部長は玄関で僕を迎えた。
 
「いらっしゃい。中へ入って」

「はい」

 僕は部長の後ろについて廊下を歩いた。壁はベージュのクロス張りで、間隔を置いて絵画や彫刻が飾られている。邦人作家の作品ではないかと思う。

「ここが客間よ。入って」

「はい」

 部屋は明るく天井が高い。

「そこに座って」

「はい」

 木製のフレームに、布張りのシートと背もたれ。

 うーん。
 座り心地がいい。

 僕は、そっと部屋を見渡した。
 壁は廊下と同じベージュのクロス張り、窓枠は木製でレースのカーテンがかけられている。
 壁には風景を描いた絵画。窓辺に花が生けられている。
 高級感や格式の高さよりも、居心地の良さを重視したインテリアのようだ。

 ……でも……。
 
 とてもじゃないけど、くつろぐ気にはなれない。
 この人が目の前にいるのだから。

 ――コンコン

 ノックの音とともに、お手伝いさんが現れ、お茶を二つ置くと、お辞儀をして立ち去って行った。

「頼まれた物を用意したわ」

 部長は鞄から、USBを取り出し、パソコンに接続した。
 作品の画像と、売り上げの推移を集計したデータが映し出される。

「ありがとうございます。作品の画像からは、その人の技量、作風、センスがわかりますし、売上のデータからは、作品の客観的な価値を知ることができます」
 
 客観的な価値。
 つまりは、いくらならば売れるかということだ。

「価格設定は出品者本人がなさっているんですよね? これで作品に対する自己評価がわかります。客観的な価値と本人評価が合致すれば苦労ないんですけどね」

 ここは大きな問題の一つだ。

「なるほど……考えたわね」

 部長が鷹揚な態度で言った。
 僕のお手並み拝見というところか。
 いつもこの人は、僕に対してこういうスタンスだな。
 なんでいつも、僕が値踏みされなきゃいけないんだ?

 もやっとするけど、話をすすめよう。

「今回の出品者は三名ですね」

「ええ。まずは、この山内さん」

 画像を見る。
 ビーズのブレスレットだ。
 同系色のカットガラスビーズを、二色交互に組み合わせて作られている

「このブレスレットは感じがいいですね」

「あら……見る目があるわね。そう。山内さんは配色のセンスが抜群なの。この黄緑と薄黄の組み合わせなんて、肌なじみがいいでしょ? それに黄緑色がペリドットを連想させるわ。八月の誕生石だし、これからの季節にぴったりよ」

「そうですね。このオレンジとシャンパンのもいいです。自然な感じで」

「そうね」

「千円ですか……実費プラス手数料ですね」

 そして在庫が21個。

 僕はハンドメイドのオンラインサイトを開いた。

「これに似た形のものが、1,100円です。まぁ、妥当ですね」

 僕はほっとした。価格設定は高すぎても安すぎてもいけない。
 高すぎれば売れないし、安すぎるとイメージダウンにつながる。

「これは田代さん」

 キャンパス地のミニトートバッグだ。

「アイロンプリントでワンポイントを入れるんですね」

「そう。この猫ちゃんかわいいでしょ?」

 猫の表情がユーモラスだ。
 ちょっとした外出に重宝するだろう。

 僕は再びサイトを検索する。

 同等のものが同額の1,000円。これも妥当だ。在庫は14個

「それからこれは、市川さん。……ブックカバーよ」

 文庫サイズの、市販の布で作ったシンプルなものだ。値段は700円。
 ハンドメイドサイトを見ると、刺繍が入っていたり、デザインが独特で値段が比べられない。

「フリマアプリと既製品を見てみますね」

 フリマアプリでは600円。既製品は900円。その中間ということで、大丈夫そうだ。在庫が16個

 それから過去の売上表に目を通す。

「三つとも売れたのは初めのうちだけですね」

「ええ。購入者が美容室のお客様に限られているから。同じものをいくつも欲しい人はいないわ。だから、場所を変えて売ろうというわけ」

「物はいいし、値段も適正です。でも、ガレージセールとなると、難しいかもしれないですね。フリマやバザーだと値切られると可能性があります」

「そうなのよ。オーナーの家では、ガレージセールは以前にもやったことがあって、その時は未使用の不用品を出したの。でもね。皆さん財布の紐が硬くて、一万円の靴が千円でまで値切られたそうよ。持ち主の好みに合わなかったってだけで、品物は良かったのに」

 ありそうなことだ。工夫が必要だろう。
 でも、僕は部長と話していて、ある疑問がわいてきた。オーナーはなぜ、ガレージセールまで開くのだろうか? いくら客のためとはいえ、あまりにも手間がかかりすぎる。
 その疑問をどんな質問で晴らせばいいのか? どうすれば失礼がないのか?
 迷いながら僕は口を開いた。
 
「それにしても、ガレージセールまでやるなんて、オーナーさんも随分親切な人ですね」

「それがね……いつまでも売れ残ったものを、店に置いておくわけにはいかないって……それで、残ったものを売って、展示を終わらせたいと言っているの」

 初めて聞く話だ。そんな事情があったなんて。

「それじゃ、最初のガレージセールと一緒じゃないですか? 未使用の不用品を売るのと変わらないじゃないですか!」

「あら。言われてみればそうね」

 部長は平然としている。

「オーナーの目的は……本音は、客の機嫌を損ねないようにカタを付けたい。売りさばきたい。……ということですよね?」

 “規模を広げたい” だの “別の方法を試したい” だなんてことじゃなくて、【穏便にカタをつけたい】それだけなんだ。邪魔な売れ残りの品を処分したいだけなんだ。
  “チャリティ”なんて体裁を保っているけど、要は“厄介払い”なんだ。
 それを顧客である出品者たちに悟られてはまずい。

「あら。察しが良くて助かるわ。さすがね。坂下君」

 部長がさらりと言う。
 まったく。この人ときたら。
 
 だが、頭を切り替えなくてはならない。引き受けてしまったのだから。
 どうやったら売れるかを考えるべきだ。

 確かに値段を下げれば売れるだろう。
 だけど、せっかく作ったものを、そんな風に扱いたくない。
 不用品のように扱っていいはずないんだ。第一、それでは出品者たちの意に沿わないだろう。
 
「何かいい方法はある?」

「そうですね……回数券式にしてみてはどうでしょうか?」

「回数券?」

「はい。もちろん現金で買ってもいいです。でも、回数券の場合、二割お得にします」

「どういうこと?」

「一枚100円のチケットを12枚綴り千円で売るんです」

「ふーん?」

 部長が興味深げな眼をした。

 だが、まだ僕のアイディアに飛びつく気はないらしい。

「ただ、回数券と現金の併用はナシです。回数券がなくなったら、再度買ってもらう。そして、2綴り目は13枚綴りでワンセットにします。回数券で一品でも多く買わせるのが目的です」

「そう」

 まだ様子を伺っている。
 用心深い人だ。

「中崎さんに500円くらいの価格の物を出品してもらいます。もし、中崎さんの作品と市川さんのブックカバーを買えば、それでちょうど1,200円になります」

「でも、それじゃ他の人が売れないわよね?」

「はい。でも、山内さんのビーズのアクセサリーを買えば、1,000円」

「それでは回数券が余るわよね?」

「はい。だから、日菜とフランに小物を作らせます。100円か200円のものです」

 僕が抜ける分を、日菜とフランに手伝ってもらうようにお願いしてある。
 二人は喜んで協力を約束してくれた。

「それを二つ買えば1,200円というわけね」

「はい。あるいはもう一綴り買えば、ビーズのアクセサリーとトートバッグと中崎さんの小物が500円の割引で買えます」

「なるほどね……いろいろなバリエーションがあるってわけね」

「はい」

「やっぱりあなたって……」

「え?」

 僕が聞き返すと、

「やっぱりあなたって……面白いわね」

 と言って、少し笑った。

 だが、すぐに真顔に戻り、

「お得感を煽るつもりね。でも……出品者にとっては、値引きすることになるわ」

 と言った。

「はい。ですが、値段相当のチケットを使って買うので、ダイレクトに値引きを実感することはありません。収益の一部を寄付することになっていますから、尚更でしょう。もちろん了承を得る必要がありますけど」

 オーナーの狙いは、この件について穏便に幕を下ろすことなんだ。
 今回、何よりも配慮すべきことは、出品者たちの感情なのだ。
 あるいは達成感、言い換えれば満足感と言ってもいいだろう。利益を上げることではない。そうでなければ、出品者たちは、チャリティの件を呑まなかったはずだ。
 
 僕らは売れ残った作品の、最後の花道を飾ればいいのだ。

 そう言えば……
 僕は気がかりだったことを口にする。

「部長も出品するんですよね」

 ここは気になる。

「ええ。ドイリーを。編み貯めたものがあるから、それを出すわ」

「手加減してくださいね」

「わかっているわよ。そのぐらいの気配りはできるわ」

 ぜひ、そうして欲しい。
 みんな所詮素人なんだ。バランスは大事だ。

「あとね、オーナーからいくつか、要望があるの。まずは、宣伝活動はしないこと。看板やポスターもだめなの。呼び込みもね」

「え?」

「特定の人を特別扱いできなからよ。他のお客様に不満を持たれてしまうから」

「そうですか。わかりました。仰るとおりですね」

「それから、ガレージセールに来るのは近所の方ばかりだから、その人たちとトラブルを起こさないこと。オーナーの家と、美容院が歩いて五分くらいの所にあるの。オーナーも三人の奥さんたちも、みんなご近所なのよ」

「ご近所で揉めると厄介ですからね。慎重にやります」

 もともとこの企画の最大のミッションは【穏便にカタをつける】ことなんだ。
 出品者、それ以外の美容院の顧客、近隣住民との関係性、そして作品の購入者。
 すべての要素を考慮しなくてはならない。
 僕が考えていた以上に責任は重大だ。


 ―― コンコン

「お嬢さま。お父様がお帰りになりました」

 部長は、お手伝いさんの呼びかけに礼を言うと、僕に向き合った。

「父に紹介したいわ。会ってくれるわね」

「はい」
 
 訪問先の主が帰ってきたんだ。
 挨拶しておくべきだろう。

 僕らは玄関へ行き、部長のお父さんを迎えに行った。

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