転生奴隷ヒロインは我が道を行く~最弱設定の奴隷ヒロインが国内最強の英雄へと至る~

ほとりちゃん

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プロローグ(後)

第十四話

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意識が半分目覚めているような感覚の中、私は夢という形で昔の事を思い出していた。

 前世と今世、2人の母の事だ。もっとも、前世では両親を早くに亡くしたから碌に思い出が無いから、主に今世の母親であるミーナのことになる。

 この世界に生まれ変わった瞬間から前世の記憶と自意識を引き継いでたから色々知ってるんだけど、私の母親であるミーナが父親であるカイン・バートンと結婚したのは、意外な事に恋愛結婚だったらしい。


『どうしてそんなに変っちゃったの!? 結婚前はあんなに優しくしてくれてたじゃないっ!?』

『うるせぇっ! そんなもん、女を逃がさないようにするために決まってんだろ! 釣った魚にいちいち餌をやるなんて、面倒な真似誰がするかよ!』


 私が横になってるベッドのすぐ近くで、こんな会話をしていたこともあったし、私の推察に間違いはないんだろう。

 どんな出会い方をしたのかまでは分からない。しかし結婚前まではちゃんとした恋人同士だったのに、いざ結婚した途端に豹変し、父は典型的なDV男と化したのは確かみたいだ。

 もちろん、母は逃げようとしたことだってある。実家には両親も揃ってるんだから、本来なら離婚でも何でもできたはずだった。


『せっかく結婚したのに離婚なんて、外聞の悪い真似は止めなさい』

『そうだ。それにカイン君だって今は荒れてるかもしれないが、その内落ち着くかもしれないだろ? 妻たるもの、夫を支えなくてどうするんだ』


 しかし、出戻ることを両親に拒絶されたんじゃどうしようもない。

 両親を頼らずに働いて食い扶持を稼ごうにも、性差で待遇が変わるこの国では「女だから」という理由で、まともな仕事に就くこともできない。

 母もまた、この国の男尊女卑社会の被害者だった。そんな親元に生まれてしまい、私は割と本気で絶望してたんだけど……。


『大丈夫……何があっても、お母さんが守るからね……っ』


 そう言って、私を抱きしめてくれた母の温もりを覚えている。

 それから母は、本当に私を守ってくれた。まともに生活費を入れてもらえない中、自分が食べる分を削って私を食べさせてくれたし、酒に酔って暴れる父から私を庇って、背中を蹴られたり踏まれたりしても、ずっと耐え続けていた。

 でも私の魔力に欠陥がある事が分かってから父の暴力は過激さを増していき、逃げる場所も頼れる人もいない母はどんどん追い詰められていって……私が6歳の頃、母に限界が訪れた。

   

   =====


「アルマっ!」


 ぼんやりとしていた意識が大きな声によって一気に覚醒し、私は首と視線を動かして辺りを見渡す。

 まず一番に視界に飛び込んできたのは、今にも泣きそうな顔で私を見下ろしているユースティア殿下。そして次に後頭部に柔らかい感触が伝わってくるのを感じて、私はユースティア殿下に膝枕されているんだと気が付いた。


「よかった……アルマ、目が覚めて……っ!」

「殿、下……? あぁ、そうか。あの後、私倒れたんだった……」


 次第に意識がハッキリとしてきた私は、顔の右半分を何かが覆っているのに気が付いた。手で触れてみると、どうやら包帯が巻かれているらしい。

 元々、避難場所として再利用されていたオーロッソ砦だ。包帯の類が置かれているのは不思議じゃないんだけど、問題は殿下の姿。ドレスや手があちこち血で汚れている。

 殿下には怪我1つさせなかったのは確かだし、そうなると誰の血で汚れているのかは明白だ。

 

「これ、殿下が応急処置をしてくれたんですか……? わざわざすみません、ドレスまで血塗れに」

「いいんです、そんなこと……! それに汚れることくらい、もう今さらですっ!」


 確かに……。もうドレスの裾破いてるし、今さら血が付いたところで大して変わらないか。


「でもまぁ、何とかなってよかった。無茶でも何でも戦った甲斐はありましたね。おかげでお互いに生き残れましたし」


 あそこで倒れたままになっている異形のゾンビを見て、逃げの選択肢を選ばなかったのだと改めて実感する。多分、殿下の事を抜きにして、私しかいない状況でも逃げ切れなかったと思う。それくらい強く、そして速かった。正直、勝てたのが不思議なくらいだ。

 私もまだまだ未熟……しかし経緯はどうあれ倒せはしたた。だったらもう結果オーライだろう。そう私が言うと、殿下は私の服を強く握りしめた。


「違う……違うんです、アルマ」

「殿下? 違うって、何が……?」

「……私は、貴女がこんなにも傷付きながら守られるほど、価値のある人間ではないんです……っ」


 そう震える声で呟く殿下に私は戸惑った。命が助かってよかった。敵を倒せてよかった。それだけじゃ駄目なんだろうか?

 

「私は別に殿下の価値云々で戦った訳じゃないんですけど……何でそんな事を?」

「だって……私さえ居なければ……この国にいる全ての女性たちも、今よりも苦労しなくて済んだはずなんです……っ。アルマだって、こんな傷を負わなくて済んだかもしれないのに……!」


 私の顔に巻かれた包帯にそっと触れる殿下。その表情は後悔と罪悪感に溢れていて、単に口にしたことだけが全てを物語っているわけじゃないと分かった。


「もしかして、王妃殿下のことですか……? リックたちが言っていた」


 戦いの前にリックたちが口にしていたことを思い出す。正直、私からすればリックの物言いには納得のいかないところが多いんだけど、当の本人であるユースティア殿下にとっては言い返せない事みたいだ。

 

「……リック公子たちの言い分は間違いではありません。7年前のあの日、母が政務で長期間離れることが寂しくて、私は我がままを言ってついて行ったんです」

 

 ポツリ、ポツリとユースティア殿下は自らの罪を告白するみたいに語り始める。

 きっかけは子供らしい可愛い我がまま。しかしご両親を含めた周囲の人間は、王女教育の一環として王妃殿下の仕事ぶりを見学させるのもいいと判断したらしい。

 

「私が見学する中、政務は順調に進み、最後に郊外に位置する田園地帯の視察することになったんですが、そこに現れたのが、この大陸で初めて確認されたゾンビでした」


 当然、護衛をしていた部隊とゾンビの戦闘になり、護衛部隊の面々は次々で現れる何十体にも及ぶゾンビの群れを相手に善戦していたらしい。

 しかし、人間や動物、魔物の死体が動き、人を襲うなんていう異常な事態に世界で初めて直面したことで動揺していた上に、素体となった生物よりも明らかに身体能力が高く、頭を潰さない限り暴れ続けるゾンビたちの厄介さを前に、本来守るべき相手を守り切れなかった。


「激しい戦いが繰り広げられる中、護衛部隊の陣形が突破した熊のゾンビが真っ先に狙ったのが私でした。腐敗し濁った目で真っ直ぐに見据えられ、鋭い爪が生えた大きな腕を振り上げられた私は、恐ろしくて身動きが取れなくて……このまま死んでしまうんじゃないかと、そう思った時……母が私を庇って、背中に致命傷を負ったのです」


 王妃殿下の傷は医療魔術による処置が間に合わないほど深く、そのままユースティア殿下の目の前で息を引き取ったらしい。

 それを聞いた時、私は今世の母の事を思い出す。私を庇って父からの暴力を背中で受け止めていた母と、我が子を庇って背中に深手を負ったという王妃殿下のことが、頭の中で重なっていた。


「……この事を、父である国王陛下を含めた近しい人は私を責めませんでした。私は悪くない、悪いのは母を守れなかった自分たちだと」


 私もそう思う。王妃殿下を襲ったのは天災みたいなものだ。いきなり動く死体が現れ、人を襲うなんて誰が想像できるのか。

 でも、そんな当たり前の理屈にユースティア殿下が納得できていないのは、その顔を見れば明らかだった。


「でもそんな訳ないんです……っ! 私があんな我がままを言わなければ、母は怪我をしても死ぬことはなかったかもしれない……! 私さえ居なければ、母は今も幸せに暮らしていたかもしれないではありませんか……!」

 

 その言葉を聞いて、私はようやく悟った。この人の言動の数々、後悔や罪悪感に満ちた顔や仕草はどれも、自分に対する自己嫌悪がそうさせてたんだと。


「だから私はせめて、代わりを務めようとしました。母が成そうとしていた政策を、母がこれから成していたであろうことを、私が代わりに果たすことで、母の犠牲に値するだけの価値が私にあるのだと証明するために。…………ですが、それは私と母の格の違いを思い知らされ続ける道でもありました」


 いつか母のような立派な王族になって、母親がやり残したことを自分が成し遂げようと決めたユースティア殿下だったけど、フランチェスカ王妃殿下は平民の子供の耳にも評判が届くほどの才媛だった。 

 昔から神童っぷりを遺憾なく発揮し、王妃になった後も精力的に活動することで多くの支持を得て、エルドラド王国を良い方向へ導いてきた。王妃殿下なら今の王国民の意識を変えて、男女同権社会を国に齎した女傑として後世の歴史に名を残すに違いなかったと、色んな人が口々に言っている。

 そんな凄い人と自分とを比べ続けたら、そりゃ自信と一緒に自己肯定感も無くなるか。


「王女教育を続けていく内に詳らかになっていく母との差。母がどれほどの傑物であり、それに比べて私がどれだけ凡庸であるかを知る度に、怖くなってきたんです……! 私は本当に母のような立派な王族になれないのではないか……あの日死ぬべきだったのは私で、母とこれから生まれてきていたであろう弟妹ではなかったのではないか……お父様や皆もそう思っているんじゃないかって……怖くて、不安で……仕方がないんです……っ!」


 堪えるように強く閉ざされたユースティア殿下の瞳から、宝石のような涙がポロポロと零れ落ち、私に当たって弾けていく。


(そっか……そうだよね。この人、私と違って正真正銘の13歳なんだった……)


 前世含めて精神年齢30越えの私とは違う。この人は、その小さな肩にどれだけ大きなものを背負っているんだろう。

 国の未来、民からの期待、死んだ母親の無念、遺された人たちの悲しみ、浴びせられる敵意と嘲り。ユースティア殿下は私には想像もできないような重圧を1人で耐えてきたんだ。

 王族って言っても、結局は1人の人間だもん。潰れる時は潰れるよ。それに比べて、身軽で恵まれている立場にいる私がかけられる言葉があるかなんて自分でも分からない。


「私は、そうは思いませんけどね」


 それでも、何か言ってやりたかった。原作とかそういうのは一切関係ない、私自身の言葉で、その涙を拭ってやりたかった。


「亡くなった王妃殿下や、国王陛下、他の人がどう思っているかとかは一旦置いときましょう。それは本人に聞かないと分からない事で、私が代弁できるようなことじゃないから。……でも、王妃殿下が命を懸けるだけの価値が貴女に無かったなんて、決め付けるのは早すぎます。私ら13の子供ですよ?」

「ですが……っ! 母が生きていれば、今頃国民の意識が変わって、政策が成功していたかもしれません……! それと引き換えにするだけの価値が私には……!」

「まぁ、それはそうかもしれませんけど」


 ていうか実際そうなった可能性が高いと思う。王妃殿下が亡くなったことで私を含めた多くの女が苦労し続けているし、そこを誤魔化しても仕方ない。


「私だって、初めてユースティア殿下と話してた時は色々不安になりましたよ。こんな気弱そうなのが王位に就いこの国大丈夫かって。すぐにウジウジして辛気臭いったらないし、リックたちに何を言われても言い返さないし、この半日足らずで何度尻を蹴って「シャンとしろ!」って言いたくなったことか」


 不敬と何と言われようと、そこを誤魔化しても仕方ない。殿下が辛気臭いのは覆しようのない事実だし。


「そもそも殿下はやり方から間違えてません? 自分以外の人間の代わりなんて、誰にもできませんよ。私だって、工房長みたいになれるとは思ってませんし」


 魔道具技師として、私と工房長の格の違いは歴然だ。才能も実力も信念も比べるべくもない。そういう意味では、私と殿下は少し似ている。

 でも私は自分と工房長を比較しようと思ったことはない。そもそも工房長がいる場所と、私が目指すべき場所は似ているようで違う。魔道具生産で宮廷魔導士になった工房長に対し、私は暴力の力で宮廷魔導士になろうとしているんだから。


「それは貴女だって同じじゃないですか? 結局のところ、王妃殿下が遺した政策を成し遂げるには、ユースティア殿下は自分なりのやり方でやらないとダメなんですよ」

「ですが、それは……私のやり方でお母様と同等の成果を得られる保証などないではないですか……」

「そうですね。未来の事は分かりませんし、無責任に『殿下ならできる』なんてことは言えません」


 そこは殿下の努力次第になるし、きっと私が口にしたやり方は、とても困難な道程なんだと思う。


「……それでも、殿下は私を助けるために動いてくれたじゃないですか」


 あの異形のゾンビとの戦いの時、私を守るように展開された結界を見れば分かる。あれは闇雲に張られたんじゃない。私の邪魔にならないように、自分の能力を冷静に分析し、自分にできることを見極め、その上で私の為に動くことを躊躇わなかったからこそ、あのベストなタイミングと位置に結界を展開できたんだと。

 それだけじゃない。魔導錠の操作盤を探す時や、こうして包帯を探して巻いてくれたこと。この人はいつだって、自分にできることを探して実行してきた。


「結果が伴わなければ意味がないなんてよく言われますし、それを否定しません。殿下が立派な王族とやらになれなかったら、これまで積み重ねてきた時間が無駄になるって言われたら、確かにそうなんでしょう」


 しかも殿下の場合、できませんでしたじゃ済まされたない立場だ。感じるプレッシャーはとんでもないだろう。

 

「でも殿下、これは私の持論ですけど……本当に大事なのはいざって時に、行動に移せるか……目的の為の第一歩を踏み出せるかどうかじゃないですかね?」


 私は殿下の膝から起き上がり、彼女の目を真っ直ぐに見据える。涙に濡れた綺麗な翡翠色の瞳が、森の中の湖面みたいに揺れていた。


「そりゃ結果は超大事ですよ。でもそんなのは行動に移して初めて得られるもんです。案外多いんですよ? 口先だけグチグチと偉そうに言って、結局何の行動にも移さないような奴って」

 

 いざ自分が動かないといけないっていう場面に直面して、まだ何もしてもいないのに都合の悪い予測ばかり立てて、適当な言い訳ばっかり並べて、結局は何もできずに終わる。そんな人間は、貴賤問わずに大勢いるのだ。

 むしろ人間だったらそういう一面があって当たり前かもしれない。私だって色々悩んで判断が遅れることがあるし。


「最初の一歩を踏み出すのって、当たり前に思えて勇気がいるんですよ。それが命を左右する事なら尚更、誰にでもできる事じゃない。……だから胸を張ってください、殿下。少なくとも貴女は、口では何とでも言いながら、いざって時には自分の為じゃなくて誰かの為に動けたじゃないですか」


 ここにきてようやく、言わないといけない事があったんだと思い出した私は、殿下の膝から上体を起こして居住まいを正し、深々と頭を下げた。


「言うのが遅くなりましたけど……助けてくれてありがとうございました、殿下。怖くて不安でも動き出した貴女の勇気を、私は絶対に忘れません」

「…………あ」

 

 気が抜けたような声がユースティア殿下は口から漏れたその時、殿下の瞳か涙が溢れ出てきた。それに気が付いた殿下は慌てて涙を拭おうとするけど、涙は後から後から出てきて、止まらなかった。


「ご、ごめんなさい……っ。見苦しいところを、見せてしまって……っ!」

「別に大丈夫でしょう。リックたちは気絶したままですし、実質この場には私しかいません。だから殿下……別に我慢する必要なんてありませんよ」


 そんな私の言葉が止めになったのか、殿下は声を上げてわんわん泣いた。

 まるで溜め込んでいたものが堰を切ったかのように、悲しみや不安が溶けたできたみたいな雫が、滂沱となって流れ続けていた。


――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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