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着るものがほとんどないのですが

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「ええ。よろしければ、食堂で朝食をご一緒させていただきます」

 聞いてくださってるってことは、そのほうがいいんだよね。
わざわざこちらまで運んでいただくのも、申し訳ないし、とメアリーさんにうなずく。

 こんなゴージャスなお屋敷でのごはんなんて、普通ならマナーとか考えて怖い。
でも、レイとふたりなら、だいじょうぶでしょ。

 お世話になりっぱなしの身でこんなこと言うのもなんだけど、レイってば、いいとこのお貴族様らしいのに、気さくだし、言葉遣いも荒いし。
気楽にしても、許されそう。
 それも、レイがわざとそうしてくれているのかもだけど。
ありがたいな。

 というか、いま気がついたんだけど、昨日の夜食がサンドウィッチとスープだったのも、マナーとか簡単だからっていうのもあったのかな。
お気遣いいただいていたような。

 たまたまかもだけど……。
でもなんか、胸がくすぐったい。

「そういえば、お洋服はこのままでいいでしょうか」

 はたと思い当たって、メアリーさんに聞いてみる。
ヴィクトリアンな時代物の少女マンガや小説を読んでいると、貴族は朝昼晩と着替えていた気がする。

 というかこのワンピース、ダイアモンド様が寝るときに着るものだし、パジャマみたいなものだよね?
ダイアモンド様にお借りしたものとはいえ、パジャマで朝ごはんの席につくのはあまりにも雑な気がする。
自宅だと日常茶飯事だけどね。
ここは他人の家だし。

「この他というと、このワンピースしか持っていないのですが」

 私は自分の持ってきたワンピースを取り出し、メアリーさんの前に広げる。
ワンピースは光沢のある黒い生地でできたシンプルな形のものだ。
膝丈までのAラインで、スカートの裾の上から同色のレースが縫い付けられている他には、飾りもない。
だけどカッティングが秀逸で、おまけにストレッチ素材でできているため、窮屈でなく体のラインを綺麗に出してくれて、お気に入り。
 ダイアモンド様みたいなすらりとした体型じゃないけど、自分にあった服を着れば、私の体形も嫌いじゃない。
それにシンプルな黒のワンピースは、センスのなさをごまかしてくれるし。
 このワンピースはストレッチ素材だからぎゅうぎゅうに折っても皺にならないし、パジャマ代わりにも使えるし、ちょっとしたレストランにも対応できる優れもの。

 とはいえ、こっちの世界の基準がわからないからなー。
メアリーさんの着ているメイド服は膝丈のワンピースだし、そうおかしい代物じゃないと思うんだけど…。

 メアリーさんは私のワンピースをそっと手にとり、丁寧に見て、うなずいた。

「不思議な素材でできていますね。ですがとても綺麗なワンピースですし、お食事の際にお召しになるのにふさわしいと思います。ただ朝ですので、お色が黒というのはあまりふさわしくないですが」

「ダメかなぁ?」

「いえ。レイモンド様から、美咲様のお召し物が少ないのは当方の手配が間に合わないからなので、どのようなお召し物をお召しでも構わないと伺っております。ですから今お召しのワンピースでも構わないのですが、そちらはダイアモンド様がお休みの際に身に着けられるものですし、こちらのほうがよろしいでしょう」
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