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怒っているわけはありませんが

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 めちゃくちゃ深刻な顔で、怒っているのかと聞かれたけど、なんでだ。
怒る要素とか、あったっけ?

 朝からプレゼント攻撃されたこと?
そりゃちょっと戸惑ったし、他人を部屋にいれるなら、私の許可をとってからにしてほしい、とは思ったけど。
でも部屋自体、レイの家のをお借りしているだけだし。
メイドさんが出入りするのはわかっていたから、自宅にいる時のような無防備に荷物を置いたりもしていない。

 さりげに、元の世界から持ってきたバッグは、今も持ってきたしね。
メイク道具なんかは部屋に置きっぱなしだけど、スマホやデジカメなんかの危険物は、ちゃんと持ち出している。

「怒ってはいませんが……」

 わけわからないなと思いつつ答えると、レイはじっと私の目を覗き込む。
う。
そのじっと見つめるの、弱いんで、やめてくれませんかね……。

 自動的に顔が赤くなりそう。
目をそらしたくなるけど、ぐっと我慢して、にこ、と笑う。
 すると、レイはほっと息をもらした。

「……よかった」

「なんで怒ってると思ったんです?」

「……言うと藪蛇になりそうだから、黙秘してもいいか?」

「うーん……」

 悲壮な顔で、レイが言う。
ふつうに気になるんだけど、そうとも言いにくい雰囲気。

 レイは、私に対して圧倒的に強い立場にあるんだけどな。
この家も、この食事も、服や、この世界の知識だって、ぜんぶレイが提供してくれているもの。
私は受け取るばっかりで、レイに見放されたら、1日ももたずに行き倒れるかもしれない。
 だから、ほんとうならレイは私の顔色をうかがう必要なんてないんだ。
それなのに、こうして私を気遣ってくれるのは、レイのもともとの性格のよさと、……たぶん昨夜レイが言ってくれたとおり、レイが私に好意を抱いているせいだと思う。

 あぁ、だったら。
怒ってるかも、というのは、昨日の言葉のことだろうか。
私に、ここで暮らす気はないか、と言ったこと……。

 ほんとうは、現実的には、それはありがたい申し出だ。
元の世界に帰れる保証なんてなく、ここで暮らすなら、ただただありがたいだけの申し出。
私は疲れているのと、まだまだこの世界に転移したってことを現実的にとらえられていなくて、感情的になったけど、怒る、なんて言えない。
すくなくても、一晩ゆっくり寝て、気持ちが落ち着いた今となっては。

 ただなぁ。
私が怒ってるとレイが考えてて、あのドレスとかもそのためのご機嫌とりとして用意されたのだとすると。
それは困るかなぁ。

 服とかは、少しはないと困るし、ありがたい。
でも、どう見てもお高そうなお洋服屋さんだったし、あれだけ用意していただいて、数枚だけお買い上げってわけにもいかないだろう。

「レイが黙秘したいというなら、うかがいませんけど。あのドレスも、私が怒っていると思ったから用意してくださったんですか?」


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