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本編 3
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「花葵に会いたい?」
全員そろっての昼食は、久しぶりだった。
席に着くとさっそく、初音は高雄に願い出た。
高雄は手に持った皿を置き、む、と腕を組む。
「急な話だな。なにかあったのか?」
「いいえ。ですが、ずっと気になっていたのです。花葵様を、このままにしておいてはいけないと」
初音は、隣に座る高雄の顔が見やすいように座りなおす。
そして、真剣に訴えた。
「そうだな。初音が時を戻してくれたおかげで、我々は花葵が愚かな真似をしたところは目撃していないが、宴の席で真っ向から初音に暴言を吐いたというなら、そのようなことが二度とできぬように対処すべきだと、俺も思っている」
「だーかーら。俺らは、初音様が大きな力を使われたことをわかっているし、おっしゃることが本当だと信じているけどよ。なんの証拠もない、どころか、この時間軸ではしなかったことを理由に花葵を罰することはできねぇんだよ」
苛立ちをこらえるように両手を握りしめる高雄の肩を、高雄の逆隣に座っていた火焔がはたいた。
「わかっている。だから監視だけさせて、手出しはしていないだろうが」
「監視させているのも、わりとギリギリの線だからな? 理由を取り繕って、崔亮の許可は得ているとはいえ、花葵が訴えてきたら、逆に俺らのほうが非難されるギリギリの線だからな?」
火焔は高雄の肩をつかんで、なだめるように言う。
「高雄様、お怒りですわね」
樹莉は頬に手をあてて、ほうとため息をついた。
「まぁ、高雄様は、初音様のこととなると我慢のきかない方じゃ。初音様を罵倒した花葵は許せぬじゃろ」
「高雄様も、今の状況で花葵を罰するわけにはいかないことはおわかりなんですよ。ですが、感情は抑えられないようで、花葵の話になるといつもこうなんです」
湖苑は、いつものことだとたんたんと言った。
「高雄様……」
花葵の「罪」のほとんどは、初音が時を戻したことで消えた。
それを覚えているのも、初音と、時を戻す術を助けてくれたあの白猫だけだ。
高雄や雪姫たちは、初音が語ったことを信じてくれただけで、時が戻される前に起こったことを覚えているわけではない。
大きな術を使った痕跡があったとはいえ、初音が語ったことは、信じがたいことだ。
それなのに、高雄たちが信じてくれたことが、初音には驚きで、でもとても嬉しかった。
と、同時に怖くもあった。
自分が信頼してもらえることは嬉しい。
だがそれは、あまりにも無防備で危険に思えたから。
だから高雄が、初音の言葉を信じつつも、花葵を罰しないことに安堵した。
同時に、やはり花葵のあの時の言動を覚えている自分が、花葵に会って説得すべきだと思った。
このままなにも動かなければ、花葵はいつかまた同じような行動をとるかもしれない。
その前に花葵に会って、話をして、わかってもらわなくてはいけない。
あの時のことを覚えている自分なら、それができるかもしれない、と。
あの時の花葵は、理性を吹き飛ばしたような状態だった。
でもだからこそ、あの時の言葉はきっと花葵の本当の気持ちだったと思うから。
「私が、花葵様にお会いするべきだと思うのです。公の場でないのなら、花葵様がなにをおっしゃられても、大きな問題にしなくてもいいでしょう? あの時、花葵様の本当のお気持ちをうかがった私なら、きっと花葵様のお気持ちを動かすことができると思うのです」
初音は、高雄の目を見つめて、切々と訴えた。
高雄はいつものように顔を赤らめることもなく、苦し気に尋ねる。
「だが花葵は、初音のことを目の敵にしている。そなたにとってもは、おらぬほうがよい存在だろう。なぜそこまで、手を差し伸べようとするんだ?」
初音のことを優しいと、高雄はいつも言う。
そのたびに初音は、自分はそんなに優しい人間ではないのにと寂しく思っていた。
高雄が見ているのは自分ではなく、理想化された別人なのではないかと、少しだけ疑う気持ちがあったのだ。
けれど、高雄は花葵に手を差し伸べようとする初音に、「なぜ」と問う。
初音は嬉しくなった。
優しい人間なら、誰もかれも救おうとするのが当たり前だろうに。
そう、初音は優しくなんてない。
自分を害する相手は嫌いだし、助けようなんて思わない。
高雄は、それを知っている。
だからここで「なぜ」と訊くのだろう。
そういえば、初音を虐げていた妹の華代を高雄が消そうとしていたのを止めた時も、高雄は同じように「なぜ」と言っていた、と初音は思い出した。
あの時は、すぐに妹を消そうとする高雄に困惑していたので、そのことはいつの間にか忘れていた。
あの頃から、高雄は初音をそのままに受け止めてくれていたのだろうか。
初音は嬉しくなって、高雄の手をとった。
そして手と手を合わせて、するりと指を絡める。
「ん、んん……?」
高雄が戸惑ったような声を漏らす。
けれど嬉しくなった初音は、そんな高雄の声にもそわそわして、絡めた指にぎゅっぎゅと力を込めた。
全員そろっての昼食は、久しぶりだった。
席に着くとさっそく、初音は高雄に願い出た。
高雄は手に持った皿を置き、む、と腕を組む。
「急な話だな。なにかあったのか?」
「いいえ。ですが、ずっと気になっていたのです。花葵様を、このままにしておいてはいけないと」
初音は、隣に座る高雄の顔が見やすいように座りなおす。
そして、真剣に訴えた。
「そうだな。初音が時を戻してくれたおかげで、我々は花葵が愚かな真似をしたところは目撃していないが、宴の席で真っ向から初音に暴言を吐いたというなら、そのようなことが二度とできぬように対処すべきだと、俺も思っている」
「だーかーら。俺らは、初音様が大きな力を使われたことをわかっているし、おっしゃることが本当だと信じているけどよ。なんの証拠もない、どころか、この時間軸ではしなかったことを理由に花葵を罰することはできねぇんだよ」
苛立ちをこらえるように両手を握りしめる高雄の肩を、高雄の逆隣に座っていた火焔がはたいた。
「わかっている。だから監視だけさせて、手出しはしていないだろうが」
「監視させているのも、わりとギリギリの線だからな? 理由を取り繕って、崔亮の許可は得ているとはいえ、花葵が訴えてきたら、逆に俺らのほうが非難されるギリギリの線だからな?」
火焔は高雄の肩をつかんで、なだめるように言う。
「高雄様、お怒りですわね」
樹莉は頬に手をあてて、ほうとため息をついた。
「まぁ、高雄様は、初音様のこととなると我慢のきかない方じゃ。初音様を罵倒した花葵は許せぬじゃろ」
「高雄様も、今の状況で花葵を罰するわけにはいかないことはおわかりなんですよ。ですが、感情は抑えられないようで、花葵の話になるといつもこうなんです」
湖苑は、いつものことだとたんたんと言った。
「高雄様……」
花葵の「罪」のほとんどは、初音が時を戻したことで消えた。
それを覚えているのも、初音と、時を戻す術を助けてくれたあの白猫だけだ。
高雄や雪姫たちは、初音が語ったことを信じてくれただけで、時が戻される前に起こったことを覚えているわけではない。
大きな術を使った痕跡があったとはいえ、初音が語ったことは、信じがたいことだ。
それなのに、高雄たちが信じてくれたことが、初音には驚きで、でもとても嬉しかった。
と、同時に怖くもあった。
自分が信頼してもらえることは嬉しい。
だがそれは、あまりにも無防備で危険に思えたから。
だから高雄が、初音の言葉を信じつつも、花葵を罰しないことに安堵した。
同時に、やはり花葵のあの時の言動を覚えている自分が、花葵に会って説得すべきだと思った。
このままなにも動かなければ、花葵はいつかまた同じような行動をとるかもしれない。
その前に花葵に会って、話をして、わかってもらわなくてはいけない。
あの時のことを覚えている自分なら、それができるかもしれない、と。
あの時の花葵は、理性を吹き飛ばしたような状態だった。
でもだからこそ、あの時の言葉はきっと花葵の本当の気持ちだったと思うから。
「私が、花葵様にお会いするべきだと思うのです。公の場でないのなら、花葵様がなにをおっしゃられても、大きな問題にしなくてもいいでしょう? あの時、花葵様の本当のお気持ちをうかがった私なら、きっと花葵様のお気持ちを動かすことができると思うのです」
初音は、高雄の目を見つめて、切々と訴えた。
高雄はいつものように顔を赤らめることもなく、苦し気に尋ねる。
「だが花葵は、初音のことを目の敵にしている。そなたにとってもは、おらぬほうがよい存在だろう。なぜそこまで、手を差し伸べようとするんだ?」
初音のことを優しいと、高雄はいつも言う。
そのたびに初音は、自分はそんなに優しい人間ではないのにと寂しく思っていた。
高雄が見ているのは自分ではなく、理想化された別人なのではないかと、少しだけ疑う気持ちがあったのだ。
けれど、高雄は花葵に手を差し伸べようとする初音に、「なぜ」と問う。
初音は嬉しくなった。
優しい人間なら、誰もかれも救おうとするのが当たり前だろうに。
そう、初音は優しくなんてない。
自分を害する相手は嫌いだし、助けようなんて思わない。
高雄は、それを知っている。
だからここで「なぜ」と訊くのだろう。
そういえば、初音を虐げていた妹の華代を高雄が消そうとしていたのを止めた時も、高雄は同じように「なぜ」と言っていた、と初音は思い出した。
あの時は、すぐに妹を消そうとする高雄に困惑していたので、そのことはいつの間にか忘れていた。
あの頃から、高雄は初音をそのままに受け止めてくれていたのだろうか。
初音は嬉しくなって、高雄の手をとった。
そして手と手を合わせて、するりと指を絡める。
「ん、んん……?」
高雄が戸惑ったような声を漏らす。
けれど嬉しくなった初音は、そんな高雄の声にもそわそわして、絡めた指にぎゅっぎゅと力を込めた。
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