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婚約破棄された令嬢は、復讐を祈って、その駅に身を捧げる

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 アイーダは、カスロールの腕にしなだれかかりながら、見下したようにフリーダを見た。

「お姉さまったら。レディが怒鳴るなんて、はしたないわ。それに、私も、正式な妻は私ひとりとはいえ、お姉さまとカスロール様を共有するなんて、嫌だから。だから、ね。さっきも言ったとおり、修道院に行ってちょうだい?それとも、どこかへ嫁ぐ?純潔じゃないレディをもらってくれる男性がいればの話だけど」

「あなたたちは、正気なの?本気で、そんなひどいことを言っているの?」

 フリーダは、まだ信じられなかった。
カスロールがひどい男だというのは、このところ毎日のように思い知らされてきた。

 けれど、アイーダが。

 血を分けた妹で、これまでごく普通の姉妹として育ったアイーダが、フリーダの身に起こったことを知っていて、そんなひどいことを言うのが信じられなかった。

 けれど、アイーダは、怒りと羞恥に震えるフリーダを冷たい目で見て言った。

「ずっとこの家はお姉さまが継ぐんだって、言われてきたわね。住み慣れた家、愛してくれる両親との暮らし、たくさんの地代はいつかお姉さまのものになるはずだった。私はどこか知らない家へ嫁ぎ、そこの両親に気を使って生きていかなくちゃいけないってことよね。持参金だってそんなにないし、知り合いだって少ないから、うちより裕福な家に嫁げる可能性もひくいのに。……そんなの理不尽だって、ずっと思ってたの。たった2年、お姉さまより生まれるのが遅かっただけで、私はなにも得られないなんて、不公平だって」

「アイーダ…、私は、あなたのことはちゃんと守っていくつもりだったのよ……!」

 フリーダは、叫んだ。
怒りなのか、悲しみなのかはわからない。
ただ胸がつぶれるように痛かった。

 アイーダが、自分をうらやんでいることは知っていた。
けれど、フリーダはフリーダで、長女として、この家を守るための重い責任と、多くの勉強を課せられてきた。
フリーダのほうこそ、誰の生活を負うでもなく、自由に好きな人との結婚を選ぶことができるアイーダをうらやんだことが何度あったかわからない。
 アイーダが女友達とおいしいケーキを食べながら、社交界で出会ったハンサムな男性についておしゃべりしているとき、フリーダは父と二人、書斎で難しい書類を前に議論をかわしていたのだ。
 アイーダだって、フリーダのそんな状況は知っていたはずなのに。

 そしてフリーダは、アイーダをうらやみはしても、彼女を邪魔扱いして、放り出そうとなんて考えもしなかった。
カスロールの暴虐に耐えてでも、アイーダだけは幸せな結婚をさせてみせると思っていたのに。

 アイーダは、そんなフリーダの魂の叫びにも心を痛めることはなかった。

「カスロール様との話を聞いて、チャンスだと思ったわ。今なら、お姉さまを後押しして守っていたお父様も動けない。お母様もいない。所詮女のお姉さまでは、決定権なんてない」

 アイーダは、フリーダを傲然とにらみつけて笑った。

「私の勝ちよ、お姉さま。この家も、財産も、旦那様も、私のもの。お父様が亡くなったらすぐこの家を出てもらうから、今から荷物をまとめておいてね」
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