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第二十三話 魔王様、頭を下げる
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風が吹き抜ける森の前の草原。気持ちの良い青空の下、サナトは深々と頭を下げた。
「済まぬ。二度と同じことはさせん」
「「「「「すいませんでしたーー!」」」」
頭を下げているサナトの前には、町長が複雑そうな顔をして立っていた。町長の後ろには町の人間たちが、手に手にクワやらスキやらを持って困惑顔だ。
サナトが一人で森に行ったことを聞きつけ、加勢、もしくはサナトを救出しようと集まった町人たちである。
サナトの後ろでは土まみれの魔物とそうでない魔物、ゴブリンたちが緑色の額を地面に擦り付けている。その数は百を超え、ずらりと綺麗に整列している。
ゴブリンたちはサナトの腰ぐらいの背丈しかなく、緑色の皮膚を持っていた。
ゴブリンという魔物は、個々の戦闘力は高くないが魔物たちの中では数が多く、わりと集団行動をしている。
五人のゴブリンをのした後、田んぼに頭から刺さった奴らを引っこ抜いて尋問すると、案の定仲間が近隣の森にいるという。
これから人間と和平を結ぼうかという時に、これ以上魔物たちの窃盗はまずい。
至急、灸をすえて盗みを働かないように釘を刺しておかなければと、仲間の居場所を聞くやいなや、サナトは単身森に乗り込んだ。
そうしてリベラが追いつく前に速攻で全員をぶん殴り、町の人間たちに頭を下げているというわけなのだ。
それにしても、リベラが本気で魔法を使えば、ゴブリンたちは森ごと殲滅されるところだった。
えげつない魔法を用意してサナトの後を追いかけてきたリベラの魔力の大きさといい、魔法具の扱いの慣れといい。王宮お抱えの魔法使いらしき父親に似たのだろうが、勇者パーティーの魔法使いにでもなれそうだ。
「やめてくれ。なんであんたまで謝るんだ? あんたにはこっちが礼を言うくらいだ」
「そうそう。ムギー泥棒のゴブリンを捕まえてくれたわけだし」
町の人間たちが不思議そうに顔を見合わせた。
「いやその、なんでと言われてもだな」
理由はサナト自身の管理不行き届きなのだが、正直に言えない。
魔王が勇者に殺されると、百年のインターバルを置いて復活する。その間は人間界の勢力が増し、魔界の領土はかなり狭まる。魔族や魔物の力も弱まり、元から弱い魔物は魔界で暮らしにくくなる。そのため弱い魔物は人間界に住み着くのだ。
ゴブリンたちは、そういった弱い魔物の部類だった。
これまでサナトは魔界の外で暮らす弱い魔物たちのことなど眼中になかった。そのつけが思わぬ形で回ってきたというわけだ。
「あー、気にしない気にしない。こいつそういうのほっとけない性質なんだよ。それにほら、冒険者の経験があってさぁ、あれくらいチョチョイのチョイってわけ。な、サナト」
口もごるサナトの背中を叩きながら、ベスが適当なことを言ってへらへらと笑う。
「ああ、それであんなに強かったわけか」
「いやー、あの数のゴブリンを全部ぶっ飛ばしちまうとはね」
冒険者というのは、町の周辺の魔物を討伐したり、時に魔界へやってきて魔物を狩ったり、草や実を持ち帰ったりする人間たちのことだ。
強さにばらつきはあるものの、ゴブリンくらいの魔物相手なら簡単に退治する。
「えっ、冒険者? サナトさんって貴族でしょう?」
「あー、ほら、サナトの家は代々騎士の家系でさ、一年は修行のために冒険者をやるって決まりがあんだよ」
「ああ! そうだったんですか」
よくもまあ、ペラペラと嘘が出てくるものだと、サナトは呆れた。
騎士の家系がどうのという理由であっさりリベラが納得してくれて助かったが、よくあることなのだろうか。サナトは内心で首を傾げた。
サナトはわざわざ冒険者の相手をしなかったが、魔界に冒険者が来ると、魔物たちは嬉々として戦いに行っていた。
冒険者たちは魔物を倒して持って帰ることもあれば、魔物にやられて魔界の土となることもある。そのため腕に覚えのある、命知らずな者が多いイメージだ。
貴族が一年の修行のためとはいえ、冒険者をするのだろうか。
サナトはベスのシャツを引っ張った。小声で確認する。
『おい、大丈夫なのか』
『へーき、へーき。ウン十年前、リベラの父ちゃんを引き抜いた騎士がさ、貴族だけど若いころ冒険者やってたらしいぜ』
『なるほど』
それで誰も疑問に思わないのかと、サナトも納得する。考えなしのいい加減な嘘かと思いきや、ちゃんと裏打ちがあったらしい。
『それに、こんな田舎町に貴族なんて滅多に来ねぇからな。少々適当なこと言ったってバレやしねぇよぉ』
『……なるほど』
流石はベス。やはりいい加減だった。
「しかし魔物たちのことだ。二度と同じことをしないなどと信用できない。このまま王都の騎士に連絡して処分してもらった方がいい」
他の人間よりも一歩前にいる町長が、ゴブリンたちを睨んだ。町長に聞いたところ、前々からゴブリンたちは町から作物を盗んでいたそうだ。
「責任は私が持つ。もしまた盗みを働くようなとがあれば、必ずもう一度捕まえる。その時は王都に引き渡してくれ」
「待ってくれ、魔……サナト様ぁ。森の食料だけじゃ足りやしません」
「飢えは勘弁ですぜ」
サナトの提案に、背後から抗議の声が上がった。
見れば、ゴブリンたちの手足は異様に細い。着ているものも動物の毛皮で適当に作られたものや、人間から盗んだのか、サイズの合わないシャツなどを被っていた。
そんな粗末な衣服に包まれた体は、ごつごつと骨が浮き出ていて、目がぎょろぎょろと飛び出している。
百年以上前の勇者に倒される前のサナトが記憶しているこの種族にしては、痩せていた。
人間を滅ぼし、世界を闇に塗り替えようとしてきた数百年。戦いに明け暮れ、人間界に攻め込んでは勇者が現れ、死闘を繰り広げる。
その間サナトは自身の配下である魔族や魔物たちのことを、一度も顧みることをしなかった。魔王城の中や近くに住む魔族は強いものばかりで、個々に好き勝手に生き、本能のままに戦うのみ。ゴブリンたちのように力のない魔物がどうやって暮らしているかなど、気にしたこともなかった。
「だからと言って大事なムギーを盗まれてたまるか」
「そうだ、そうだ」
町の人間たちが眉を吊り上げ、口々に文句を言う。
ちらりとサナトはリベラとベスに視線をやる。
人間たちのこともまた、興味がなかった。逃げる者や抵抗しないものは眼中になく、歯向かってくるもの、戦っていて楽しいものだけを見てきた。
「ふむ」
サナトは空を見上げた。眩しい日差しに焼かれ、目を閉じる。心地いい。
今までのサナトは魔界の事も人間界の事も、どちらもよく見ていなかった。
顔を戻して目を開けたサナトは、町長の目線を真っ向から受け止めた。ならば、これから見ればいい。
「これまでにゴブリンの盗難で発生した損害は、私が肩代わりしよう。その代わりといってはなんなのだが、ゴブリンたちを労働力として雇ってはくれまいか」
ゴブリンたちと町の人間たちとの確執は、魔界と人間界が抱える根本的な問題の一つだ。逆に言えばゴブリンたちと町の人間たちの問題を解決すれば、これから進めようとする和平の突破口になる。
この提案に面食らったらしい人間たちがざわついた。
「ゴブリンを?」
「大丈夫なのか」
「ちょっと怖いねぇ」
「私はリベラ殿の畑を借りていて、ほぼ毎朝来る。その時こちらにも顔を出すから、ゴブリンが問題を起こしたなら報告してくれ。その時こそこやつらの首を刎ねる。よいな、お前たち」
そう言ってサナトはぎろりと後ろのゴブリンたちをねめつけた。ゴブリンたちが小さな体をさらに縮ませて頷いた。
「分かった。ゴブリンを捕まえてくれたあんたがそこまで言うのなら従おう」
「そうだな、損害分も払ってくれるわけだし」
「それにしても、ここまでするなんて、あんた人がいいな」
色々と誤解されたが、ある意味都合がいいので否定しないでおいた。
そこで、ふっとまた視線を感じて、その方向を見る。
「あん? 俺がどうかしたかぁ」
頭の後ろに組んだベスが、じっとサナトを注視していた。怪訝そうに片目を眇め、反対の眉を上げる。
「いや、何でもない」
どうやら単にベスの視線だったらしい。サナトはゆっくりと首を振って、感じた視線を払った。
「済まぬ。二度と同じことはさせん」
「「「「「すいませんでしたーー!」」」」
頭を下げているサナトの前には、町長が複雑そうな顔をして立っていた。町長の後ろには町の人間たちが、手に手にクワやらスキやらを持って困惑顔だ。
サナトが一人で森に行ったことを聞きつけ、加勢、もしくはサナトを救出しようと集まった町人たちである。
サナトの後ろでは土まみれの魔物とそうでない魔物、ゴブリンたちが緑色の額を地面に擦り付けている。その数は百を超え、ずらりと綺麗に整列している。
ゴブリンたちはサナトの腰ぐらいの背丈しかなく、緑色の皮膚を持っていた。
ゴブリンという魔物は、個々の戦闘力は高くないが魔物たちの中では数が多く、わりと集団行動をしている。
五人のゴブリンをのした後、田んぼに頭から刺さった奴らを引っこ抜いて尋問すると、案の定仲間が近隣の森にいるという。
これから人間と和平を結ぼうかという時に、これ以上魔物たちの窃盗はまずい。
至急、灸をすえて盗みを働かないように釘を刺しておかなければと、仲間の居場所を聞くやいなや、サナトは単身森に乗り込んだ。
そうしてリベラが追いつく前に速攻で全員をぶん殴り、町の人間たちに頭を下げているというわけなのだ。
それにしても、リベラが本気で魔法を使えば、ゴブリンたちは森ごと殲滅されるところだった。
えげつない魔法を用意してサナトの後を追いかけてきたリベラの魔力の大きさといい、魔法具の扱いの慣れといい。王宮お抱えの魔法使いらしき父親に似たのだろうが、勇者パーティーの魔法使いにでもなれそうだ。
「やめてくれ。なんであんたまで謝るんだ? あんたにはこっちが礼を言うくらいだ」
「そうそう。ムギー泥棒のゴブリンを捕まえてくれたわけだし」
町の人間たちが不思議そうに顔を見合わせた。
「いやその、なんでと言われてもだな」
理由はサナト自身の管理不行き届きなのだが、正直に言えない。
魔王が勇者に殺されると、百年のインターバルを置いて復活する。その間は人間界の勢力が増し、魔界の領土はかなり狭まる。魔族や魔物の力も弱まり、元から弱い魔物は魔界で暮らしにくくなる。そのため弱い魔物は人間界に住み着くのだ。
ゴブリンたちは、そういった弱い魔物の部類だった。
これまでサナトは魔界の外で暮らす弱い魔物たちのことなど眼中になかった。そのつけが思わぬ形で回ってきたというわけだ。
「あー、気にしない気にしない。こいつそういうのほっとけない性質なんだよ。それにほら、冒険者の経験があってさぁ、あれくらいチョチョイのチョイってわけ。な、サナト」
口もごるサナトの背中を叩きながら、ベスが適当なことを言ってへらへらと笑う。
「ああ、それであんなに強かったわけか」
「いやー、あの数のゴブリンを全部ぶっ飛ばしちまうとはね」
冒険者というのは、町の周辺の魔物を討伐したり、時に魔界へやってきて魔物を狩ったり、草や実を持ち帰ったりする人間たちのことだ。
強さにばらつきはあるものの、ゴブリンくらいの魔物相手なら簡単に退治する。
「えっ、冒険者? サナトさんって貴族でしょう?」
「あー、ほら、サナトの家は代々騎士の家系でさ、一年は修行のために冒険者をやるって決まりがあんだよ」
「ああ! そうだったんですか」
よくもまあ、ペラペラと嘘が出てくるものだと、サナトは呆れた。
騎士の家系がどうのという理由であっさりリベラが納得してくれて助かったが、よくあることなのだろうか。サナトは内心で首を傾げた。
サナトはわざわざ冒険者の相手をしなかったが、魔界に冒険者が来ると、魔物たちは嬉々として戦いに行っていた。
冒険者たちは魔物を倒して持って帰ることもあれば、魔物にやられて魔界の土となることもある。そのため腕に覚えのある、命知らずな者が多いイメージだ。
貴族が一年の修行のためとはいえ、冒険者をするのだろうか。
サナトはベスのシャツを引っ張った。小声で確認する。
『おい、大丈夫なのか』
『へーき、へーき。ウン十年前、リベラの父ちゃんを引き抜いた騎士がさ、貴族だけど若いころ冒険者やってたらしいぜ』
『なるほど』
それで誰も疑問に思わないのかと、サナトも納得する。考えなしのいい加減な嘘かと思いきや、ちゃんと裏打ちがあったらしい。
『それに、こんな田舎町に貴族なんて滅多に来ねぇからな。少々適当なこと言ったってバレやしねぇよぉ』
『……なるほど』
流石はベス。やはりいい加減だった。
「しかし魔物たちのことだ。二度と同じことをしないなどと信用できない。このまま王都の騎士に連絡して処分してもらった方がいい」
他の人間よりも一歩前にいる町長が、ゴブリンたちを睨んだ。町長に聞いたところ、前々からゴブリンたちは町から作物を盗んでいたそうだ。
「責任は私が持つ。もしまた盗みを働くようなとがあれば、必ずもう一度捕まえる。その時は王都に引き渡してくれ」
「待ってくれ、魔……サナト様ぁ。森の食料だけじゃ足りやしません」
「飢えは勘弁ですぜ」
サナトの提案に、背後から抗議の声が上がった。
見れば、ゴブリンたちの手足は異様に細い。着ているものも動物の毛皮で適当に作られたものや、人間から盗んだのか、サイズの合わないシャツなどを被っていた。
そんな粗末な衣服に包まれた体は、ごつごつと骨が浮き出ていて、目がぎょろぎょろと飛び出している。
百年以上前の勇者に倒される前のサナトが記憶しているこの種族にしては、痩せていた。
人間を滅ぼし、世界を闇に塗り替えようとしてきた数百年。戦いに明け暮れ、人間界に攻め込んでは勇者が現れ、死闘を繰り広げる。
その間サナトは自身の配下である魔族や魔物たちのことを、一度も顧みることをしなかった。魔王城の中や近くに住む魔族は強いものばかりで、個々に好き勝手に生き、本能のままに戦うのみ。ゴブリンたちのように力のない魔物がどうやって暮らしているかなど、気にしたこともなかった。
「だからと言って大事なムギーを盗まれてたまるか」
「そうだ、そうだ」
町の人間たちが眉を吊り上げ、口々に文句を言う。
ちらりとサナトはリベラとベスに視線をやる。
人間たちのこともまた、興味がなかった。逃げる者や抵抗しないものは眼中になく、歯向かってくるもの、戦っていて楽しいものだけを見てきた。
「ふむ」
サナトは空を見上げた。眩しい日差しに焼かれ、目を閉じる。心地いい。
今までのサナトは魔界の事も人間界の事も、どちらもよく見ていなかった。
顔を戻して目を開けたサナトは、町長の目線を真っ向から受け止めた。ならば、これから見ればいい。
「これまでにゴブリンの盗難で発生した損害は、私が肩代わりしよう。その代わりといってはなんなのだが、ゴブリンたちを労働力として雇ってはくれまいか」
ゴブリンたちと町の人間たちとの確執は、魔界と人間界が抱える根本的な問題の一つだ。逆に言えばゴブリンたちと町の人間たちの問題を解決すれば、これから進めようとする和平の突破口になる。
この提案に面食らったらしい人間たちがざわついた。
「ゴブリンを?」
「大丈夫なのか」
「ちょっと怖いねぇ」
「私はリベラ殿の畑を借りていて、ほぼ毎朝来る。その時こちらにも顔を出すから、ゴブリンが問題を起こしたなら報告してくれ。その時こそこやつらの首を刎ねる。よいな、お前たち」
そう言ってサナトはぎろりと後ろのゴブリンたちをねめつけた。ゴブリンたちが小さな体をさらに縮ませて頷いた。
「分かった。ゴブリンを捕まえてくれたあんたがそこまで言うのなら従おう」
「そうだな、損害分も払ってくれるわけだし」
「それにしても、ここまでするなんて、あんた人がいいな」
色々と誤解されたが、ある意味都合がいいので否定しないでおいた。
そこで、ふっとまた視線を感じて、その方向を見る。
「あん? 俺がどうかしたかぁ」
頭の後ろに組んだベスが、じっとサナトを注視していた。怪訝そうに片目を眇め、反対の眉を上げる。
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