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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国
新米隊員の空回りな頑張り
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国の主要人物たちとの対面も終わり、同じ建物内の部屋を宛がわれるや否や、コハクはトラメに断りを入れてポルクスの部屋を訪れた。
「お久しぶりです! コハクさん! ハルさんも久しぶり! ……ホムラさんも」
緊張した面持ちでドアを開けた青年は、コハクたちの顔を見るなり嬉しそうに笑って迎えた。
「一ヶ月振りね。お邪魔しても?」
「勿論! 本音を言うと、こんなメンバーに入れられちゃって心細かったんです。コハクさんたちの顔を見てほっとしました」
そう言って眉尻を下げ、ポルクスは胸を撫で下ろす仕草をする。それから体を脇にどけて、コハクたちをどうぞと招き入れた。
新米隊員に宛がわれた部屋はコハクたちと同じく十二分に広く高級なもので、幾らでも場所はあるのに手荷物が隅にこぢんまりと置かれていた。
コハクとハルは青年を近くで見てから視線で確認しあう。一月前は丁度よかったポルクスの制服が、今は余っている。頬も少し痩けていて、顔色も悪かった。
「それで何があったの?」
「へ?」
ポルクスは青い垂れ目を見開き、きょとんとする。
「何がって?」
「とぼけんな。やっぱ痩せてんじゃん。しかも厄介なもんに巻き込まれた癖ににこにこと! 自覚しろよ!」
会えるのを楽しみにしていたのに、心配に水をかけられた気分になって、ハルはポルクスの以前より膨らみのなくなった頬を引っ張った。
「痛い、いひゃい。ハルひゃん、なにするんですか」
涙目になってポルクスは、ハルに引っ張られた頬を擦る。
『連日連夜、下級妖魔たちの相手をしているからですわ』
テーブルの上にちょこんと座った子猫が、毛繕いをしながら緑の瞳をポルクスへちろりと向ける。不機嫌な声を出した黒猫のミソラは、さも怒っているという風につんと鼻を上にあげ、ぱたぱたと尻尾でテーブルを叩いた。
『昼間、第四部隊の仕事が終わったら少し仮眠するだけで、夜な夜な裏路地へ出掛けては、妖魔の話し相手になってるんですの』
初日こそ一体か二体ほどを相手にして帰っていたのだ。それが三体、四体と少しずつ増えていった。
ミソラが早く帰ろうと促しても、変なところで頑固なこの青年はひとつも帰ろうとしない。無理矢理引っ張って帰りたいところだが、悲しいかなミソラの体は子猫でしかなく、ひょいと抱き上げられ懐に入れられてしまうのが関の山だった。ミソラの忠告は右に左に聞き流され、大抵は空が白むまで続けてしまう。
『仕方がないから、あのハヤミとかいう胡散臭い男に頼むしかなかったんですわ』
ミソラの言葉は契約しているポルクスや、コハクやハヤミのような、妖魔の言葉が分かる者以外の人間にはただの鳴き声にしか聞こえない。不本意ながらミソラがナナガ国で頼れるのはハヤミしかいなかった。元々あの男はポルクスを監視していたから、話をつけるのも簡単だった。
ハヤミとてずっとポルクスに張り付いて監視しているわけではないが、監視中は頃合いを見て青年の首根っこを捕まえ連れ帰る。時に巡回中の第二部隊に見付かり説教を食らった。第四部隊隊長バートンなど、口を酸っぱくするほど休めと言ったが、これにも聞く耳を持たずに無理矢理休暇を取らせる始末。
『それでどうにかこうにか休ませているのですけど、この通り。このままでは体を壊しますからお止めなさいと何度も言っていますのに!』
ミソラはそう言って髭をそよがせ、漆黒の毛を逆立てた。
これにはコハクとハルは呆れた。
「お前、何やってんの」
「皆が貴方を心配しているのは分かってるでしょう?」
「う、それは分かってるんですけど」
青い垂れ目を泳がせて、ばつの悪そうな顔をした。
「コハクさんに会って、妖魔は人間を食べたり殺したりするだけの存在じゃないって分かって、もっと知りたくなったんです」
ポルクスは子猫を宥めようと手を出しかけ、つんとそっぽを向かれて苦笑しつつ引っ込める。
「どうして妖魔が生まれるのか、生まれた妖魔たちがどんな気持ちなのか、どうして欲しいのか、僕に……」
引っ込めた手を軽く握り、彼は胸の前に持っていった。その手を握ったり閉じたりする。
「僕に出来ることはあるのか。力になれることはあるのか。どうしてあげられるのか」
コハクはじっと青年を見つめた。これまで妖魔を恐れる者、憎む者は腐るほど見てきたが力になりたい等と言う者は初めてだ。
「何故?」
それ故に不可解だった。ポルクスはコハクのように妖魔と家族として育った者とは違う。疑問は言葉となって自然とコハクの口から滑り出た。
「人間にとって妖魔は恐怖の対象で、忌むべき存在でしょう? なのに何故そんな風に考えられるの?」
前回の依頼で実際にこの新米隊員は、殺された中年男の後悔から生まれた妖魔へ、恐怖から小銃を向けた。しかしコハクが罪を暴き、ハルから妖魔という存在がどういうものか聞くと素直に謝った。
その後もハルの真実の姿を見ても態度を変えなかったり、怖がりのように見えて怖れずにミソラとぶつかったりと、コハクにとって不可解な事ばかりする。
「前にも言ったじゃないですか。恐怖の対象なら人間だって妖魔だって同じです。忌むべき存在なのは人間もでしょう? 妖魔は人間の罪から生まれるんですよ」
「それはそうなのだけれど」
確かに青年の言う通りだ。その通りなのだが、そう正しく考えられないのが人間だ。少なくとも今までコハクが出会った人間はそうだった。喰うものと喰われるもの。この両者は相容れない。釈然としない想いが言葉にならず、コハクは黙り込んだ。
ポルクスの方もコハクの様子に居心地が悪そうだった。眉尻を下げ、無意味に右手で左腕を擦った。
「お久しぶりです! コハクさん! ハルさんも久しぶり! ……ホムラさんも」
緊張した面持ちでドアを開けた青年は、コハクたちの顔を見るなり嬉しそうに笑って迎えた。
「一ヶ月振りね。お邪魔しても?」
「勿論! 本音を言うと、こんなメンバーに入れられちゃって心細かったんです。コハクさんたちの顔を見てほっとしました」
そう言って眉尻を下げ、ポルクスは胸を撫で下ろす仕草をする。それから体を脇にどけて、コハクたちをどうぞと招き入れた。
新米隊員に宛がわれた部屋はコハクたちと同じく十二分に広く高級なもので、幾らでも場所はあるのに手荷物が隅にこぢんまりと置かれていた。
コハクとハルは青年を近くで見てから視線で確認しあう。一月前は丁度よかったポルクスの制服が、今は余っている。頬も少し痩けていて、顔色も悪かった。
「それで何があったの?」
「へ?」
ポルクスは青い垂れ目を見開き、きょとんとする。
「何がって?」
「とぼけんな。やっぱ痩せてんじゃん。しかも厄介なもんに巻き込まれた癖ににこにこと! 自覚しろよ!」
会えるのを楽しみにしていたのに、心配に水をかけられた気分になって、ハルはポルクスの以前より膨らみのなくなった頬を引っ張った。
「痛い、いひゃい。ハルひゃん、なにするんですか」
涙目になってポルクスは、ハルに引っ張られた頬を擦る。
『連日連夜、下級妖魔たちの相手をしているからですわ』
テーブルの上にちょこんと座った子猫が、毛繕いをしながら緑の瞳をポルクスへちろりと向ける。不機嫌な声を出した黒猫のミソラは、さも怒っているという風につんと鼻を上にあげ、ぱたぱたと尻尾でテーブルを叩いた。
『昼間、第四部隊の仕事が終わったら少し仮眠するだけで、夜な夜な裏路地へ出掛けては、妖魔の話し相手になってるんですの』
初日こそ一体か二体ほどを相手にして帰っていたのだ。それが三体、四体と少しずつ増えていった。
ミソラが早く帰ろうと促しても、変なところで頑固なこの青年はひとつも帰ろうとしない。無理矢理引っ張って帰りたいところだが、悲しいかなミソラの体は子猫でしかなく、ひょいと抱き上げられ懐に入れられてしまうのが関の山だった。ミソラの忠告は右に左に聞き流され、大抵は空が白むまで続けてしまう。
『仕方がないから、あのハヤミとかいう胡散臭い男に頼むしかなかったんですわ』
ミソラの言葉は契約しているポルクスや、コハクやハヤミのような、妖魔の言葉が分かる者以外の人間にはただの鳴き声にしか聞こえない。不本意ながらミソラがナナガ国で頼れるのはハヤミしかいなかった。元々あの男はポルクスを監視していたから、話をつけるのも簡単だった。
ハヤミとてずっとポルクスに張り付いて監視しているわけではないが、監視中は頃合いを見て青年の首根っこを捕まえ連れ帰る。時に巡回中の第二部隊に見付かり説教を食らった。第四部隊隊長バートンなど、口を酸っぱくするほど休めと言ったが、これにも聞く耳を持たずに無理矢理休暇を取らせる始末。
『それでどうにかこうにか休ませているのですけど、この通り。このままでは体を壊しますからお止めなさいと何度も言っていますのに!』
ミソラはそう言って髭をそよがせ、漆黒の毛を逆立てた。
これにはコハクとハルは呆れた。
「お前、何やってんの」
「皆が貴方を心配しているのは分かってるでしょう?」
「う、それは分かってるんですけど」
青い垂れ目を泳がせて、ばつの悪そうな顔をした。
「コハクさんに会って、妖魔は人間を食べたり殺したりするだけの存在じゃないって分かって、もっと知りたくなったんです」
ポルクスは子猫を宥めようと手を出しかけ、つんとそっぽを向かれて苦笑しつつ引っ込める。
「どうして妖魔が生まれるのか、生まれた妖魔たちがどんな気持ちなのか、どうして欲しいのか、僕に……」
引っ込めた手を軽く握り、彼は胸の前に持っていった。その手を握ったり閉じたりする。
「僕に出来ることはあるのか。力になれることはあるのか。どうしてあげられるのか」
コハクはじっと青年を見つめた。これまで妖魔を恐れる者、憎む者は腐るほど見てきたが力になりたい等と言う者は初めてだ。
「何故?」
それ故に不可解だった。ポルクスはコハクのように妖魔と家族として育った者とは違う。疑問は言葉となって自然とコハクの口から滑り出た。
「人間にとって妖魔は恐怖の対象で、忌むべき存在でしょう? なのに何故そんな風に考えられるの?」
前回の依頼で実際にこの新米隊員は、殺された中年男の後悔から生まれた妖魔へ、恐怖から小銃を向けた。しかしコハクが罪を暴き、ハルから妖魔という存在がどういうものか聞くと素直に謝った。
その後もハルの真実の姿を見ても態度を変えなかったり、怖がりのように見えて怖れずにミソラとぶつかったりと、コハクにとって不可解な事ばかりする。
「前にも言ったじゃないですか。恐怖の対象なら人間だって妖魔だって同じです。忌むべき存在なのは人間もでしょう? 妖魔は人間の罪から生まれるんですよ」
「それはそうなのだけれど」
確かに青年の言う通りだ。その通りなのだが、そう正しく考えられないのが人間だ。少なくとも今までコハクが出会った人間はそうだった。喰うものと喰われるもの。この両者は相容れない。釈然としない想いが言葉にならず、コハクは黙り込んだ。
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