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第一章:リスタート
誓いと誓い
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荷馬車の中で、イザベラは心地よい振動をぼうっと感じていた。
イザベラたちは行きと同じく、荷馬車に揺られている。といっても状況は全く違う。御者台に座るのは護衛騎士で、イザベラたちに細心の注意を払い、ゆっくりと進めてくれているおかげで揺れが少ない。
イザベラの両隣では、アメリアとエミリーが寝息を立てている。イザベラもぬくぬくと毛布に包まって寝転がっているのだが、目が冴えてしまっていた。
心も体も、とても疲れている。だけど眠れない。
イザベラは毛布の中でもぞもぞと動き、仰向けから横に方向を変えた。するとエミリーの幸せそうな寝顔が正面に来る。
「本当に良かった……」
ほんの少し顔色は蒼白いけれど傷は綺麗さっぱり治っていて、貧血などの症状もない。死にかけたのが嘘みたいだが、ワンピースは無残に裂けて赤黒く染まったままだ。
利用するために優しくした。馬鹿でチョロくて扱いやすい女だと思っていた。
それだけだったはずなのに。
すぐ抱きついてきて、ドジで危なっかしくて騒がしい。
お日様みたいな匂いがして、温かい。
そんなエミリーが自分をかばって死んでしまうかもしれないと思った時、セスを失くす時と同じくらい悲しくて、怒りが湧いた。死なせたくないと心から祈った。
イザベラの願いは、セスと一緒に幸せになること。だけどその時、エミリーが不幸せな顔をしていたら、嫌だ。
心に穴が開いて、きっと幸せになれない。
イザベラは、そばかすの浮いた頬を指で軽く突ついた。
「むにゃむにゃ……にゃにするんでふかぁ……」
眠っているエミリーがふにゃりと笑った。我知らず、イザベラの頬も緩む。
幸せにしたい人が増えちゃったわね。
エミリーの頬をつついた手を毛布に戻そうとして、ふと止める。そのまま自分の手の甲をじっと見つめた。
ここにセスの唇が……。
思い出して、かああっと頬が熱くなる。
ガーゴイルをあっという間に倒したセス。
オークの腕をあっさりと斬り飛ばしたセス。
イザベラの前でひざまずいたセス。
誇らしくて恰好よかった。嬉しくて愛しくて、エミリーと一緒に抱き締めたら、ほっとして、涙が止まらなくなって。そこまではいいけれど、鼻水まで出てきて。
とてもじゃないけどこんな顔見せられない。
そう思ったら、口から出てきたのは「馬鹿馬鹿」という非難。
なんて可愛げがないのだろう。本当はありがとうとか、すごいとか、格好よかったとか言いたかったのに。
せめて、と「信じていた」ことだけは伝えたら、セスの雰囲気が変わったのだ。空気がピンと張りつめて、青く光る瞳に射抜かれ、離せなくなった。
有無を言わせない声音の「手を出してください」に従うと、セスは。
「この身、この命、持てる力全てを賭けて、俺はこれから必ず貴女を幸せにすると誓います」
青い目をイザベラからひたと離さずに宣言して、口づけたのだ。
時が止まったかと思った。
手の甲に押し付けられた柔らかい感覚と微かな熱。プロポーズのような誓いの言葉。
胸がいっぱいになって、何も言えなくなって、言葉の代わりにぽろりと涙を流してしまった。セスは唇を離すと困ったように眉尻を下げて、優しく拭ってくれた。
どうしよう。思い出しただけで幸せだ。
勘違いかもしれない。都合のいい解釈かもしれない。それでも嬉しい。
あの瞬間だけは、セスの気持ちが自分のものだったから。好きって言ってくれたような気がしたから。
「セス」
小さく名を呼んで、そっと自分の手の甲に口づけた。セスの唇が触れた場所に。
「ありがとう。大好き」
いつかちゃんと好きって言う。セスにも言ってもらえるように努力するんだから。覚悟しなさいよね。
イザベラは再び誓う。
たとえセスが、イザベラを主人としか見てくれなくても。
――絶対に幸せにしてみせる、と。
イザベラたちは行きと同じく、荷馬車に揺られている。といっても状況は全く違う。御者台に座るのは護衛騎士で、イザベラたちに細心の注意を払い、ゆっくりと進めてくれているおかげで揺れが少ない。
イザベラの両隣では、アメリアとエミリーが寝息を立てている。イザベラもぬくぬくと毛布に包まって寝転がっているのだが、目が冴えてしまっていた。
心も体も、とても疲れている。だけど眠れない。
イザベラは毛布の中でもぞもぞと動き、仰向けから横に方向を変えた。するとエミリーの幸せそうな寝顔が正面に来る。
「本当に良かった……」
ほんの少し顔色は蒼白いけれど傷は綺麗さっぱり治っていて、貧血などの症状もない。死にかけたのが嘘みたいだが、ワンピースは無残に裂けて赤黒く染まったままだ。
利用するために優しくした。馬鹿でチョロくて扱いやすい女だと思っていた。
それだけだったはずなのに。
すぐ抱きついてきて、ドジで危なっかしくて騒がしい。
お日様みたいな匂いがして、温かい。
そんなエミリーが自分をかばって死んでしまうかもしれないと思った時、セスを失くす時と同じくらい悲しくて、怒りが湧いた。死なせたくないと心から祈った。
イザベラの願いは、セスと一緒に幸せになること。だけどその時、エミリーが不幸せな顔をしていたら、嫌だ。
心に穴が開いて、きっと幸せになれない。
イザベラは、そばかすの浮いた頬を指で軽く突ついた。
「むにゃむにゃ……にゃにするんでふかぁ……」
眠っているエミリーがふにゃりと笑った。我知らず、イザベラの頬も緩む。
幸せにしたい人が増えちゃったわね。
エミリーの頬をつついた手を毛布に戻そうとして、ふと止める。そのまま自分の手の甲をじっと見つめた。
ここにセスの唇が……。
思い出して、かああっと頬が熱くなる。
ガーゴイルをあっという間に倒したセス。
オークの腕をあっさりと斬り飛ばしたセス。
イザベラの前でひざまずいたセス。
誇らしくて恰好よかった。嬉しくて愛しくて、エミリーと一緒に抱き締めたら、ほっとして、涙が止まらなくなって。そこまではいいけれど、鼻水まで出てきて。
とてもじゃないけどこんな顔見せられない。
そう思ったら、口から出てきたのは「馬鹿馬鹿」という非難。
なんて可愛げがないのだろう。本当はありがとうとか、すごいとか、格好よかったとか言いたかったのに。
せめて、と「信じていた」ことだけは伝えたら、セスの雰囲気が変わったのだ。空気がピンと張りつめて、青く光る瞳に射抜かれ、離せなくなった。
有無を言わせない声音の「手を出してください」に従うと、セスは。
「この身、この命、持てる力全てを賭けて、俺はこれから必ず貴女を幸せにすると誓います」
青い目をイザベラからひたと離さずに宣言して、口づけたのだ。
時が止まったかと思った。
手の甲に押し付けられた柔らかい感覚と微かな熱。プロポーズのような誓いの言葉。
胸がいっぱいになって、何も言えなくなって、言葉の代わりにぽろりと涙を流してしまった。セスは唇を離すと困ったように眉尻を下げて、優しく拭ってくれた。
どうしよう。思い出しただけで幸せだ。
勘違いかもしれない。都合のいい解釈かもしれない。それでも嬉しい。
あの瞬間だけは、セスの気持ちが自分のものだったから。好きって言ってくれたような気がしたから。
「セス」
小さく名を呼んで、そっと自分の手の甲に口づけた。セスの唇が触れた場所に。
「ありがとう。大好き」
いつかちゃんと好きって言う。セスにも言ってもらえるように努力するんだから。覚悟しなさいよね。
イザベラは再び誓う。
たとえセスが、イザベラを主人としか見てくれなくても。
――絶対に幸せにしてみせる、と。
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