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第一部
第6話 侯爵護衛依頼2(6)
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遡るともう13年程前になるのだろうか。
魔術師の名家マラブル侯爵家の次女であるサラ=マラブル。
あの頃の彼女はいつも、不安そうな表情を浮かべながらもどこかで必ず努力していた。
今回、八年振りに再会したサラ殿。
侯爵家に住んでいたあの頃からは想像もつかない程に彼女は強く、そして美しく成長していた。
「貴様……成程、ギニャール公爵か。まさか同じ相手に二度も槍で刺されるとはな」
先程と同様に貫くつもりで目前の男に槍を放った筈なのだが、尋常じゃない程に肉体が硬いのだろう。
何かの加護を得ているのか、信じられない話だが悪魔……それも魔王級の肉体を持つかどちらかである。
ホールに着いた瞬間、力尽きたサラ殿にオグル=フレアンが止めを刺そうと手を構えた途端、奴は急に吐血して膝を突いた。
彼女の懸命な応戦による結果だろう。
*******
私がまだ幼い頃、よくクレプスクルムの侯爵家に連れられて彼女とはその都度顔を合わせた。
当時から既に魔術師としての才能に欠陥があると周囲から嘆かれており、対して私は神童だの天才だの息を吸うだけで持て囃される滑稽な立場。
同じ貴族として評価が正反対の彼女がどう生きているのか気になっていた。
貴族社会では血縁が重要であるものの、必要なのは当人の能力である。
無能だと呼ばれながらも努力を重ね、彼女の冒険者としての活躍が耳に届いた時はまるで自分の様に誇らしかった。
だが、欠陥があるのは私も同様で、気持ちを相手に伝える事が下手であり先日も彼女に対して大失態を犯した所だ。
その汚名を会議が終わった後にすぐ返上するつもりだった。
******
「知っているぞ。ヴィルフリートに代わり王国最高の騎士となる日も近いと噂されている若き公爵御三家の一角だと。事故死した先代の跡を継いだばかりだったな」
「貴様が私について何ひとつ知る必要は無い」
腰の鞘からミスリル製の剣を抜く。父の形見でもある剣。
一秒でも早くこの男を倒し、彼女を治療する為に無駄話なんてするつもりは無い。
『あの力』を十分に発揮させる為、エトワール嬢程ではないが私も剣速に自信があった。
私は自ら間合いを詰め、下段からの一閃を放つ。
黒衣の男は息を切らせながらも体を逸らし攻撃をかわした。
凄まじい身体能力である。
が、そう動く事は分かっていた。
分かっていたが故に私は、下段の一撃から相手が動く予定の方向へ、そのまま上段から袈裟状に斬り下げた。
「ぐっ……!」
袈裟斬りがまともに入った筈だが、まるで肉を斬った感触が無い。
弾力があり、鉄の様に硬度がある。
相手は斬られたものの、そのまま後方に回転飛びし距離をとった。
「上の階で槍を投げられた時もだが、貴様……何らかの方法で私の動きを予測しているな?」
「答える必要は無い」
未来視。
ギニャール家の直系が授かる秘術であり産まれた時に所持している者が次世代の後継者に決まる。
その事実は口伝でのみ、妻と後継者となる子供に伝承される秘密である。
発動すれば10秒先の未来を見る事が出来、自分がその通りに行動をすれば覗いた未来の通り、別の行動をとれば未来は変わる、運命眼とも嘗て呼ばれていた様だ。
二階ではエトワール嬢に「囮にしたと」言われたがぐうの音も出なかった。
力や魔力が高まるような類のものではない為に、使いこなすには自力や知識、判断力を高める必要である。
……この秘密を可能ならば、サラ殿と共有したいと思っている。
「貴様もそこに転がる娘同様に良い素材となりそうだな」
黒衣の男が笑った。
傷も深く、私の未来視も余程の力量差が無ければ攻略される事もない筈なのに。
やはりこの男は何かを隠している。
私の力と同様で自分だけが知る事があれば、それだけ有利なのだから。
「まあ、もう少し楽しめ」
男が床に落ちている壁の瓦礫を持ち、握りつぶす。
嫌な予感がしてすかさず未来視を発動し10秒後を覗く。
(…………!)
一発一発に殺傷力がある黒衣の男が投げ石の礫を避けて反撃をしようとした際に、腹部を貫かれる未来が見えた。
あの礫は囮である。
「ちっ……! ぐ、ぐぐ……!」
飛び出せば致命打を貰ってしまう。
私は未来視で見えた運命を変える為に黒衣の男が放つ無数の礫をなるべく剣で防御し、ダメージを負いながらも何とか耐えた。
「成程。貴様、理由は分からぬが先が視えているな」
此方が未来を読んだ末に動けなかった事をすぐに悟られる。
もう一度黒衣の男は残骸を拾った。
このままでは何れ、力尽きる……。
相手が2発目を構える。
回避すれば死ぬ。
耐え続けても死ぬ。
よもやここまで力量差があると思わなかった事が敗因であり、私の死因になるだろう。
(サラ殿……この命がどうなろうと構わないが、彼女だけは!)
槍は通じなかったが、このミスリルの剣なら――。
私は石礫を防御する手段を捨てて、相手が礫を飛ばすと同時に剣を投げる事にした。
父の形見の、この剣なら。
上手く行けば相打ちになる可能性だってある。
彼女だけでも、生き残れば……。
そう思った瞬間、微かな声が聞こえた。
思わず黒衣の男も手を止める。
振り向くとサラ殿が立ち上がり、青白い何かが身を纏っていた。
意外にも奴がそれを見て叫んだ。
「何故、今は使えない筈の魔法が使える!」
確かに彼女が纏っている靄(もや)は……魔術的なものを感じる。
でもあの水晶玉が割れてから魔法はずっと使えなかったのではないのか。
落ち着いた声でサラ殿は、美しい声で語る。
「厳密には、魔法ではありませんから」
*******
ギニャール公爵と黒衣の男が戦っている間、少なくても敵に悟られない様に私は内気功で体力の回復に努めた。
幸い魔法が封じられている為に感知される事はない筈である。
最後の手段を使う為に。
私を助けに来てくれた彼に報いる為。
ハートシリーズを使う為に、気功術をずっと高めてきた。
ラフィーナお姉様から本格的に学び始めた時に既に、総て使える様になったけれど更に私は高めた。
この様な時の様に、誰かを護る力が欲しいから。
唯一であり最大の欠点はあるものの、今回は目を瞑ろう。
幸い、黒衣の男はこの異質さを目の当たりにして動けずにいる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。上着のボタンを外し、正直とても恥ずかしいが心臓部……左胸の上部を露にする。
ギニャール公爵が必要以上に驚いている。
この工程が必要であるために、特に異性を前に使う場合は必ず仕留める時のみと決めていた。
露になった左胸に、右手を当てる。
青い魔力紋が浮き出てきた。
流石に捨て置けないと思ったのか、黒衣の男が私に向かい襲い掛かってくる。
「させぬっ!」
まるで先を読む様にギニャール公爵が割って入り、再び二人の激闘が始まった。
(例えこの命が消えようと、10秒後に彼女が生き残る未来を迷わず選ぶ!)
「貴様っ……!」
魔力紋から青白い奔流が溢れる。
確かに、誰が見ても魔法そのものだろう。
でもこれは私に流れるマラブル家の血を媒介にしている祝福の力。
本来なら魔力で調整するが私の場合、この血同様に自身の力の為に気功で代用してより自在に扱う事が出来る。
二人が死闘を繰り広げている先で私は、胸から発する渦の中に手を当てる。
総ての準備が整った時、僅か3文字の詠唱を行った。
「クレエ!」
渦が手に集まる。
魔力紋……まるで心臓の中から取り出す様に、私はゆっくりと一本の青い剣を引き抜いた。
「くっ……マラブル家の心の剣か!」
手にした瞬間、溢れる力と高揚感。
過ぎた力の手綱を握る為、私はずっと訓練を行ってた。
黒衣の男がギニャール公爵を突き飛ばし、そのまま私の方向へ向かってくる。
また私が見せた破壊掌を仕掛けるに違いない。
とても人とは思えない速度で黒衣の男は私との間合い詰めて、その勢いでやはり破壊掌を放ってきた。
しかし、今の私には……。
「正面から受け止めただとぉ!?」
掌底を放った手を左手でしっかり掴む。
この状態になった私なら十分その動きも見えたし対処も容易になる。
反動で2日程寝込むコトになるが命を救えると思えば安い代償だ。
「これで……終わりです!」
黒衣の男の左胸を貫く。
彼はそのまま床に崩れ落ちた。
魔術師の名家マラブル侯爵家の次女であるサラ=マラブル。
あの頃の彼女はいつも、不安そうな表情を浮かべながらもどこかで必ず努力していた。
今回、八年振りに再会したサラ殿。
侯爵家に住んでいたあの頃からは想像もつかない程に彼女は強く、そして美しく成長していた。
「貴様……成程、ギニャール公爵か。まさか同じ相手に二度も槍で刺されるとはな」
先程と同様に貫くつもりで目前の男に槍を放った筈なのだが、尋常じゃない程に肉体が硬いのだろう。
何かの加護を得ているのか、信じられない話だが悪魔……それも魔王級の肉体を持つかどちらかである。
ホールに着いた瞬間、力尽きたサラ殿にオグル=フレアンが止めを刺そうと手を構えた途端、奴は急に吐血して膝を突いた。
彼女の懸命な応戦による結果だろう。
*******
私がまだ幼い頃、よくクレプスクルムの侯爵家に連れられて彼女とはその都度顔を合わせた。
当時から既に魔術師としての才能に欠陥があると周囲から嘆かれており、対して私は神童だの天才だの息を吸うだけで持て囃される滑稽な立場。
同じ貴族として評価が正反対の彼女がどう生きているのか気になっていた。
貴族社会では血縁が重要であるものの、必要なのは当人の能力である。
無能だと呼ばれながらも努力を重ね、彼女の冒険者としての活躍が耳に届いた時はまるで自分の様に誇らしかった。
だが、欠陥があるのは私も同様で、気持ちを相手に伝える事が下手であり先日も彼女に対して大失態を犯した所だ。
その汚名を会議が終わった後にすぐ返上するつもりだった。
******
「知っているぞ。ヴィルフリートに代わり王国最高の騎士となる日も近いと噂されている若き公爵御三家の一角だと。事故死した先代の跡を継いだばかりだったな」
「貴様が私について何ひとつ知る必要は無い」
腰の鞘からミスリル製の剣を抜く。父の形見でもある剣。
一秒でも早くこの男を倒し、彼女を治療する為に無駄話なんてするつもりは無い。
『あの力』を十分に発揮させる為、エトワール嬢程ではないが私も剣速に自信があった。
私は自ら間合いを詰め、下段からの一閃を放つ。
黒衣の男は息を切らせながらも体を逸らし攻撃をかわした。
凄まじい身体能力である。
が、そう動く事は分かっていた。
分かっていたが故に私は、下段の一撃から相手が動く予定の方向へ、そのまま上段から袈裟状に斬り下げた。
「ぐっ……!」
袈裟斬りがまともに入った筈だが、まるで肉を斬った感触が無い。
弾力があり、鉄の様に硬度がある。
相手は斬られたものの、そのまま後方に回転飛びし距離をとった。
「上の階で槍を投げられた時もだが、貴様……何らかの方法で私の動きを予測しているな?」
「答える必要は無い」
未来視。
ギニャール家の直系が授かる秘術であり産まれた時に所持している者が次世代の後継者に決まる。
その事実は口伝でのみ、妻と後継者となる子供に伝承される秘密である。
発動すれば10秒先の未来を見る事が出来、自分がその通りに行動をすれば覗いた未来の通り、別の行動をとれば未来は変わる、運命眼とも嘗て呼ばれていた様だ。
二階ではエトワール嬢に「囮にしたと」言われたがぐうの音も出なかった。
力や魔力が高まるような類のものではない為に、使いこなすには自力や知識、判断力を高める必要である。
……この秘密を可能ならば、サラ殿と共有したいと思っている。
「貴様もそこに転がる娘同様に良い素材となりそうだな」
黒衣の男が笑った。
傷も深く、私の未来視も余程の力量差が無ければ攻略される事もない筈なのに。
やはりこの男は何かを隠している。
私の力と同様で自分だけが知る事があれば、それだけ有利なのだから。
「まあ、もう少し楽しめ」
男が床に落ちている壁の瓦礫を持ち、握りつぶす。
嫌な予感がしてすかさず未来視を発動し10秒後を覗く。
(…………!)
一発一発に殺傷力がある黒衣の男が投げ石の礫を避けて反撃をしようとした際に、腹部を貫かれる未来が見えた。
あの礫は囮である。
「ちっ……! ぐ、ぐぐ……!」
飛び出せば致命打を貰ってしまう。
私は未来視で見えた運命を変える為に黒衣の男が放つ無数の礫をなるべく剣で防御し、ダメージを負いながらも何とか耐えた。
「成程。貴様、理由は分からぬが先が視えているな」
此方が未来を読んだ末に動けなかった事をすぐに悟られる。
もう一度黒衣の男は残骸を拾った。
このままでは何れ、力尽きる……。
相手が2発目を構える。
回避すれば死ぬ。
耐え続けても死ぬ。
よもやここまで力量差があると思わなかった事が敗因であり、私の死因になるだろう。
(サラ殿……この命がどうなろうと構わないが、彼女だけは!)
槍は通じなかったが、このミスリルの剣なら――。
私は石礫を防御する手段を捨てて、相手が礫を飛ばすと同時に剣を投げる事にした。
父の形見の、この剣なら。
上手く行けば相打ちになる可能性だってある。
彼女だけでも、生き残れば……。
そう思った瞬間、微かな声が聞こえた。
思わず黒衣の男も手を止める。
振り向くとサラ殿が立ち上がり、青白い何かが身を纏っていた。
意外にも奴がそれを見て叫んだ。
「何故、今は使えない筈の魔法が使える!」
確かに彼女が纏っている靄(もや)は……魔術的なものを感じる。
でもあの水晶玉が割れてから魔法はずっと使えなかったのではないのか。
落ち着いた声でサラ殿は、美しい声で語る。
「厳密には、魔法ではありませんから」
*******
ギニャール公爵と黒衣の男が戦っている間、少なくても敵に悟られない様に私は内気功で体力の回復に努めた。
幸い魔法が封じられている為に感知される事はない筈である。
最後の手段を使う為に。
私を助けに来てくれた彼に報いる為。
ハートシリーズを使う為に、気功術をずっと高めてきた。
ラフィーナお姉様から本格的に学び始めた時に既に、総て使える様になったけれど更に私は高めた。
この様な時の様に、誰かを護る力が欲しいから。
唯一であり最大の欠点はあるものの、今回は目を瞑ろう。
幸い、黒衣の男はこの異質さを目の当たりにして動けずにいる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。上着のボタンを外し、正直とても恥ずかしいが心臓部……左胸の上部を露にする。
ギニャール公爵が必要以上に驚いている。
この工程が必要であるために、特に異性を前に使う場合は必ず仕留める時のみと決めていた。
露になった左胸に、右手を当てる。
青い魔力紋が浮き出てきた。
流石に捨て置けないと思ったのか、黒衣の男が私に向かい襲い掛かってくる。
「させぬっ!」
まるで先を読む様にギニャール公爵が割って入り、再び二人の激闘が始まった。
(例えこの命が消えようと、10秒後に彼女が生き残る未来を迷わず選ぶ!)
「貴様っ……!」
魔力紋から青白い奔流が溢れる。
確かに、誰が見ても魔法そのものだろう。
でもこれは私に流れるマラブル家の血を媒介にしている祝福の力。
本来なら魔力で調整するが私の場合、この血同様に自身の力の為に気功で代用してより自在に扱う事が出来る。
二人が死闘を繰り広げている先で私は、胸から発する渦の中に手を当てる。
総ての準備が整った時、僅か3文字の詠唱を行った。
「クレエ!」
渦が手に集まる。
魔力紋……まるで心臓の中から取り出す様に、私はゆっくりと一本の青い剣を引き抜いた。
「くっ……マラブル家の心の剣か!」
手にした瞬間、溢れる力と高揚感。
過ぎた力の手綱を握る為、私はずっと訓練を行ってた。
黒衣の男がギニャール公爵を突き飛ばし、そのまま私の方向へ向かってくる。
また私が見せた破壊掌を仕掛けるに違いない。
とても人とは思えない速度で黒衣の男は私との間合い詰めて、その勢いでやはり破壊掌を放ってきた。
しかし、今の私には……。
「正面から受け止めただとぉ!?」
掌底を放った手を左手でしっかり掴む。
この状態になった私なら十分その動きも見えたし対処も容易になる。
反動で2日程寝込むコトになるが命を救えると思えば安い代償だ。
「これで……終わりです!」
黒衣の男の左胸を貫く。
彼はそのまま床に崩れ落ちた。
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