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07 最後の戦い
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息巻く三村元親をしり目に、周囲の将兵は相次ぐ敗戦に動揺し、中には逃げ出す者も出始めていた。
「勝ち馬に乗るのならともかく、負け犬になれるか」
このあたり、戦国大名といえども、所詮は国人や土豪の寄せ集めであるという負の側面が浮き彫りになったといえよう。
三々五々と散り始める将兵に切歯扼腕しつつも、元親は戦いを求めた。
「父の仇! 父の仇!」
何かが憑りついたような狂気を醸し出し、元親は進軍を命じた。
進軍先は、小丸山。
元親が物見を放ち、石川久智との対決を終えた、宇喜多直家の休息地を突き止めた結果であった。
「三村が?」
兜を脱いで、そこに水を注いで呑んでいた直家だが、次の瞬間、「ふうん」と感心したように頷いた。
「父の仇か……殊勝なことだ……が、そればかりでは立ち行かぬぞ」
これからの世の中は、と直家は心の中で呟いた。自身が「親の仇」として島村盛貫を討ったことを思い出したからである。主命によるものだったが、あとの仕返しを警戒して、直家は「復仇」と公言していた。
「まあ、良い。来るなら来るで。今度こそ、完膚なきまでに……退治てくれようぞ」
直家は兜を呷って水を飲み干し、そしてそのまま兜をかぶった。
「これより最後のいくさに入る! 兵を三つに分けよ! 先ほどの、三村の中軍とやり合った時のように!」
得たりかしこしと、宇喜多忠家ら部将たちは、即座に三つの群れを作り上げた。
「かかれ!」
直家が小丸山を駆け下りる。
部将の明石景親、岡家利が「御免」と先を越していく。
「三村が尋常ならざれば、退け」
追い越される瞬間、直家は指示を下す。
三村元親は、親の仇であることと、また自らの戦で連敗を重ねていることの恥を雪がんと必死だ。その勢い、天を衝かんばかりである。
直家はそれを警戒し、そして明石と岡が武士としての面目を重んじて死に花を咲かせぬよう、敢えて主命を下したのだ。
案の定、三村元親は猛牛の如く、突きかかって来た。
明石と岡は、命令通り、後へ退く。
「善し」
直家は笑う。
悪魔のような、凄絶な笑みを。
「今ぞ」
明石と岡の後続の直家に忠家、そして分けていた左右の両隊が一斉に元親に襲いかかった。
「二手、いや、三手だと」
元親が狼狽え、それが三村家全軍に伝播する。
「おのれ、おのれ」
歯噛みする元親。
三つに分けるという作戦をなぞられた上で、この体たらく。
父の仇に加え、恥を雪がんと、元親は死を覚悟する。
「死ねや、者共」
刺し違えてでも、と、元親は槍を構えて突き進もうとした。
「待て、元親」
だがその元親を後ろから抱きかかえて、止める者がいた。
「叔父上」
三村親成である。家親暗殺の際、見事に混乱を抑えた彼が、またしてもこの混乱を収めんと、元親を止めた。
「今、さようなことをしてどうする」
「しかし、このままでは」
「いいか、元親」
親成は元親を後方に引きずりながら話す。今、ここで死ぬよりも、生き延びる方が、よほど宇喜多にとって邪魔だと。
「ここでお前が死せば、それこそ、宇喜多の思う壺ぞ」
その時こそ、備中は混迷の極みを迎え、それこそ直家お得意の謀略に乗ぜられるであろう。
元親の脳裏に、哄笑する直家の立ち姿が浮かんだ。
「……う、く」
「無念は分かる。が、退け。今は退け」
冷徹な親成の言葉に、元親は泣いた。泣きながらも、頭は冷えた。
「退こう。叔父上、殿を頼めるか」
「応。だが必要あるまい」
不得要領な元親に、親成は、意味ありげに笑った。
「三村は退いたか」
直家は、事前に三村家に「埋伏」していた金光宗高から、三村家撤退の際のやり取りを聞いた。
「追うか、兄者」
ここで忠家が聞く。だが忠家も分かっていて聞いている。将兵らにそれを納得させるために聞いている。
直家も心得たもので、敢えてざっくばらんに応えた。
「よそう」
直家と忠家のその会話に、宇喜多勢の者たちは、合戦の終わりを悟った。
勝ったとはいえ、寡兵。
追えば、返り討ちに遭い、勝ちが消えるやもしれぬ。
忠家はそれを知り、そして三村親成もそれを読んでいたのだ。
こうして――三村家は退き、宇喜多家は追わなかった。
だが、その勝敗は誰の目にも明らかであり、当時まだ無名であった宇喜多直家の名は、燦然と輝くことになった。
「兵らを休めたら、福岡を取るぞ」
直家は次なる段階へと歩みを進める。
備前福岡。
かつて、父・興家が落ち延び、そして侮られた地。
だが直家には感傷などない。
あるのは、将来への想いである。
鉄砲鍛冶の集うその地、備前福岡を取ることにより、そして鉄砲の効果的な運用を駆使することにより――
宇喜多直家は、釣瓶落としの後始末どころではなく――さらなる飛躍を遂げるのだった。
【了】
「勝ち馬に乗るのならともかく、負け犬になれるか」
このあたり、戦国大名といえども、所詮は国人や土豪の寄せ集めであるという負の側面が浮き彫りになったといえよう。
三々五々と散り始める将兵に切歯扼腕しつつも、元親は戦いを求めた。
「父の仇! 父の仇!」
何かが憑りついたような狂気を醸し出し、元親は進軍を命じた。
進軍先は、小丸山。
元親が物見を放ち、石川久智との対決を終えた、宇喜多直家の休息地を突き止めた結果であった。
「三村が?」
兜を脱いで、そこに水を注いで呑んでいた直家だが、次の瞬間、「ふうん」と感心したように頷いた。
「父の仇か……殊勝なことだ……が、そればかりでは立ち行かぬぞ」
これからの世の中は、と直家は心の中で呟いた。自身が「親の仇」として島村盛貫を討ったことを思い出したからである。主命によるものだったが、あとの仕返しを警戒して、直家は「復仇」と公言していた。
「まあ、良い。来るなら来るで。今度こそ、完膚なきまでに……退治てくれようぞ」
直家は兜を呷って水を飲み干し、そしてそのまま兜をかぶった。
「これより最後のいくさに入る! 兵を三つに分けよ! 先ほどの、三村の中軍とやり合った時のように!」
得たりかしこしと、宇喜多忠家ら部将たちは、即座に三つの群れを作り上げた。
「かかれ!」
直家が小丸山を駆け下りる。
部将の明石景親、岡家利が「御免」と先を越していく。
「三村が尋常ならざれば、退け」
追い越される瞬間、直家は指示を下す。
三村元親は、親の仇であることと、また自らの戦で連敗を重ねていることの恥を雪がんと必死だ。その勢い、天を衝かんばかりである。
直家はそれを警戒し、そして明石と岡が武士としての面目を重んじて死に花を咲かせぬよう、敢えて主命を下したのだ。
案の定、三村元親は猛牛の如く、突きかかって来た。
明石と岡は、命令通り、後へ退く。
「善し」
直家は笑う。
悪魔のような、凄絶な笑みを。
「今ぞ」
明石と岡の後続の直家に忠家、そして分けていた左右の両隊が一斉に元親に襲いかかった。
「二手、いや、三手だと」
元親が狼狽え、それが三村家全軍に伝播する。
「おのれ、おのれ」
歯噛みする元親。
三つに分けるという作戦をなぞられた上で、この体たらく。
父の仇に加え、恥を雪がんと、元親は死を覚悟する。
「死ねや、者共」
刺し違えてでも、と、元親は槍を構えて突き進もうとした。
「待て、元親」
だがその元親を後ろから抱きかかえて、止める者がいた。
「叔父上」
三村親成である。家親暗殺の際、見事に混乱を抑えた彼が、またしてもこの混乱を収めんと、元親を止めた。
「今、さようなことをしてどうする」
「しかし、このままでは」
「いいか、元親」
親成は元親を後方に引きずりながら話す。今、ここで死ぬよりも、生き延びる方が、よほど宇喜多にとって邪魔だと。
「ここでお前が死せば、それこそ、宇喜多の思う壺ぞ」
その時こそ、備中は混迷の極みを迎え、それこそ直家お得意の謀略に乗ぜられるであろう。
元親の脳裏に、哄笑する直家の立ち姿が浮かんだ。
「……う、く」
「無念は分かる。が、退け。今は退け」
冷徹な親成の言葉に、元親は泣いた。泣きながらも、頭は冷えた。
「退こう。叔父上、殿を頼めるか」
「応。だが必要あるまい」
不得要領な元親に、親成は、意味ありげに笑った。
「三村は退いたか」
直家は、事前に三村家に「埋伏」していた金光宗高から、三村家撤退の際のやり取りを聞いた。
「追うか、兄者」
ここで忠家が聞く。だが忠家も分かっていて聞いている。将兵らにそれを納得させるために聞いている。
直家も心得たもので、敢えてざっくばらんに応えた。
「よそう」
直家と忠家のその会話に、宇喜多勢の者たちは、合戦の終わりを悟った。
勝ったとはいえ、寡兵。
追えば、返り討ちに遭い、勝ちが消えるやもしれぬ。
忠家はそれを知り、そして三村親成もそれを読んでいたのだ。
こうして――三村家は退き、宇喜多家は追わなかった。
だが、その勝敗は誰の目にも明らかであり、当時まだ無名であった宇喜多直家の名は、燦然と輝くことになった。
「兵らを休めたら、福岡を取るぞ」
直家は次なる段階へと歩みを進める。
備前福岡。
かつて、父・興家が落ち延び、そして侮られた地。
だが直家には感傷などない。
あるのは、将来への想いである。
鉄砲鍛冶の集うその地、備前福岡を取ることにより、そして鉄砲の効果的な運用を駆使することにより――
宇喜多直家は、釣瓶落としの後始末どころではなく――さらなる飛躍を遂げるのだった。
【了】
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