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第二部 頼朝、挙兵
14 山木襲撃とその後
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山木兼隆は、北条政子と大姫を迎えに、夜道を歩いていた。
雨まで降って来て、舌打ちしながら歩いていると、前方に子連れの女人の影を認めた。
「やあやあ」
わざとらしく、大仰な仕草で近寄ろうとした。
その喉笛に。
「……がっ」
矢が突き立ち、兼隆の息は途絶えた。
山木兼隆。
流人として伊豆に流れ、以仁王の挙兵という椿事により目代となり、頼朝と北条を押さえる奇手に出たが、いかんせん時間が足りなかった。
事前に伊豆の目代が変わると読んでいた頼朝により、機先を制されてしまった。
*
「山木を討った! お味方、勝利!」
実際は闇討ちであり、奇襲である。
勝利とはおおげさだが、目的を達したことは事実である。
頼朝は将兵を慰労し、それから蛭ヶ小島を出て、北条館に移った。
ことここに至った以上、もはや京の――平家の桎梏にしたがう理由はない。
また、防衛という面においても、蛭ヶ小島では不安だ。
ここは伊豆随一の豪族である北条の館に居をかまえるべき。
……今は。
「こちらには『最勝親王』(以仁王)の令旨がある。それにしたがってことを起こした、ということにしよう」
頼朝は狡猾だった。
山木兼隆は平家の一支流である。
ゆえに、平家追討を訴える令旨にしたがったのだと宣言した。
また、令旨には、平家が帝位を恣にしている、それゆえに『最勝親王』が帝位を奪還し、帝になると謳っている。
「『最勝親王』のご命令である」
頼朝は、兼隆の縁者である中原知親の、蒲屋御厨での非法をやめさせている。
これにより頼朝は、みずからが令旨を根拠に司法・行政をおこなう者であることを示した。
「単なる叛乱や押領ではない。令旨によるものだ」
周囲の豪族からすると、何を言うかというところだが、現実に最勝親王すなわち以仁王は挙兵している。その令旨といわれれば、一定の説得力はある。
以仁王のねらいとは、まったく逆になっているが、頼朝としては使えるものは使うしかない。
というのも、頼朝の兵力自体は依然として少ない。
北条と幾ばくかの豪族は味方になったものの、たとえば伊東祐親のような者は敵対状態のままだ。
「さらにいえば、伊豆の中だけではなくなってきている」
頼朝の挙兵を知った平家――特に清盛は憤り、「即座に潰せ」と伊豆と周辺の国々に討伐を命じたという。
これを知った時政ら北条家の面々は泡を食った。
彼らは、平家の反撃は、京から誰か、平家の公達を大将軍に戴いて、万単位の軍を興してやって来ると勝手に思っていた。
それまでに頼朝の勢力圏を拡大すれば、善戦することができる――とも。
「甘いな」
今や、北条館の大広間の上座に座した、白皙の頼朝はそのような感想を洩らした。
洩らしたその場には、義時と政子、そして大姫しかおらず、閑散としていたため、よく響いた。
「甘い、とは」
義時が聞く。
政子はもうそれだけでわかったようで、大姫をあやしている。
この二人は時政と宗時とちがい、あまり動揺していなかった。
二人とも、頼朝が取り澄ましているのを見て、何かあると思っていたのだろう。
「そうやってこの頼朝のなわばりを大きくされるのを嫌ったからこそ、清盛入道は即座に相模や伊豆の豪族にやれと言ったのだ」
「……そうですか」
何が何だかわからない。
そういう表情の義時を見て、政子は助け舟を出した。
「前に頼朝どのが言っていたではないですか。清盛入道は、頼朝どのの官位官職を戻し、かつての義朝どののなわばり――豪族らの押さえ役にするつもりだ、と」
河内源氏の嫡流という価値を、すなわち豪族たちの御輿になれる価値を、おのれの支配の一助に使うつもりだった清盛。
その清盛が、頼朝叛すと聞いて、豪族らの御輿になるその前にたたき潰しに来たのだ。
「しかもそのたたき潰すために使う豪族が、気が利いている……相模の大庭景親か」
*
大庭景親。
大庭御厨という広大な荘園を取り仕切る、大庭の家に生まれた。
景義という兄がいて、頼朝の一党に加わっているが、彼、景親は源氏を敵視していた。
なぜなら。
「源義朝め、なんのゆえをもって、大庭御厨を攻めるか!」
河内源氏・源義朝がある日突然、大庭御厨内の鵠沼を「おれのものだ」と言い張って侵攻して来たのである。
これは大庭御厨の主である伊勢神宮を通じて抗議されたところであるが、何と朝廷はこのことを不問に付した。
それどころか、相模を席巻する河内源氏に従わざるを得なくなり、保元の乱では義朝について戦う羽目になった。
「おのれ、義朝め。河内源氏め」
元は鎌倉権五郎景正という、源義家麾下の勇将の家系の大庭氏。
その鞘に納まったのだと兄の景義はいうが、景親は納得がいかなかった。
そして時代は転換する。
「義朝どのが負けた……」
平治の乱が起こり、義朝は負けた。
しかも最後は家臣に裏切られて殺されてしまう。
景義は歎いたが、景親は快哉を叫んだ。
「これが報いだ。思い知ったか」
肩で風を切る景親。
以前から源氏に対して不信感を抱いていた景親は、実は平家に近づいていて、その歓心を得ることに成功していた。
これは平家――清盛としても、義朝亡きあとの南坂東を安定させるために、義朝に反感を抱いていた豪族を手なずけたかったことによる。
雨まで降って来て、舌打ちしながら歩いていると、前方に子連れの女人の影を認めた。
「やあやあ」
わざとらしく、大仰な仕草で近寄ろうとした。
その喉笛に。
「……がっ」
矢が突き立ち、兼隆の息は途絶えた。
山木兼隆。
流人として伊豆に流れ、以仁王の挙兵という椿事により目代となり、頼朝と北条を押さえる奇手に出たが、いかんせん時間が足りなかった。
事前に伊豆の目代が変わると読んでいた頼朝により、機先を制されてしまった。
*
「山木を討った! お味方、勝利!」
実際は闇討ちであり、奇襲である。
勝利とはおおげさだが、目的を達したことは事実である。
頼朝は将兵を慰労し、それから蛭ヶ小島を出て、北条館に移った。
ことここに至った以上、もはや京の――平家の桎梏にしたがう理由はない。
また、防衛という面においても、蛭ヶ小島では不安だ。
ここは伊豆随一の豪族である北条の館に居をかまえるべき。
……今は。
「こちらには『最勝親王』(以仁王)の令旨がある。それにしたがってことを起こした、ということにしよう」
頼朝は狡猾だった。
山木兼隆は平家の一支流である。
ゆえに、平家追討を訴える令旨にしたがったのだと宣言した。
また、令旨には、平家が帝位を恣にしている、それゆえに『最勝親王』が帝位を奪還し、帝になると謳っている。
「『最勝親王』のご命令である」
頼朝は、兼隆の縁者である中原知親の、蒲屋御厨での非法をやめさせている。
これにより頼朝は、みずからが令旨を根拠に司法・行政をおこなう者であることを示した。
「単なる叛乱や押領ではない。令旨によるものだ」
周囲の豪族からすると、何を言うかというところだが、現実に最勝親王すなわち以仁王は挙兵している。その令旨といわれれば、一定の説得力はある。
以仁王のねらいとは、まったく逆になっているが、頼朝としては使えるものは使うしかない。
というのも、頼朝の兵力自体は依然として少ない。
北条と幾ばくかの豪族は味方になったものの、たとえば伊東祐親のような者は敵対状態のままだ。
「さらにいえば、伊豆の中だけではなくなってきている」
頼朝の挙兵を知った平家――特に清盛は憤り、「即座に潰せ」と伊豆と周辺の国々に討伐を命じたという。
これを知った時政ら北条家の面々は泡を食った。
彼らは、平家の反撃は、京から誰か、平家の公達を大将軍に戴いて、万単位の軍を興してやって来ると勝手に思っていた。
それまでに頼朝の勢力圏を拡大すれば、善戦することができる――とも。
「甘いな」
今や、北条館の大広間の上座に座した、白皙の頼朝はそのような感想を洩らした。
洩らしたその場には、義時と政子、そして大姫しかおらず、閑散としていたため、よく響いた。
「甘い、とは」
義時が聞く。
政子はもうそれだけでわかったようで、大姫をあやしている。
この二人は時政と宗時とちがい、あまり動揺していなかった。
二人とも、頼朝が取り澄ましているのを見て、何かあると思っていたのだろう。
「そうやってこの頼朝のなわばりを大きくされるのを嫌ったからこそ、清盛入道は即座に相模や伊豆の豪族にやれと言ったのだ」
「……そうですか」
何が何だかわからない。
そういう表情の義時を見て、政子は助け舟を出した。
「前に頼朝どのが言っていたではないですか。清盛入道は、頼朝どのの官位官職を戻し、かつての義朝どののなわばり――豪族らの押さえ役にするつもりだ、と」
河内源氏の嫡流という価値を、すなわち豪族たちの御輿になれる価値を、おのれの支配の一助に使うつもりだった清盛。
その清盛が、頼朝叛すと聞いて、豪族らの御輿になるその前にたたき潰しに来たのだ。
「しかもそのたたき潰すために使う豪族が、気が利いている……相模の大庭景親か」
*
大庭景親。
大庭御厨という広大な荘園を取り仕切る、大庭の家に生まれた。
景義という兄がいて、頼朝の一党に加わっているが、彼、景親は源氏を敵視していた。
なぜなら。
「源義朝め、なんのゆえをもって、大庭御厨を攻めるか!」
河内源氏・源義朝がある日突然、大庭御厨内の鵠沼を「おれのものだ」と言い張って侵攻して来たのである。
これは大庭御厨の主である伊勢神宮を通じて抗議されたところであるが、何と朝廷はこのことを不問に付した。
それどころか、相模を席巻する河内源氏に従わざるを得なくなり、保元の乱では義朝について戦う羽目になった。
「おのれ、義朝め。河内源氏め」
元は鎌倉権五郎景正という、源義家麾下の勇将の家系の大庭氏。
その鞘に納まったのだと兄の景義はいうが、景親は納得がいかなかった。
そして時代は転換する。
「義朝どのが負けた……」
平治の乱が起こり、義朝は負けた。
しかも最後は家臣に裏切られて殺されてしまう。
景義は歎いたが、景親は快哉を叫んだ。
「これが報いだ。思い知ったか」
肩で風を切る景親。
以前から源氏に対して不信感を抱いていた景親は、実は平家に近づいていて、その歓心を得ることに成功していた。
これは平家――清盛としても、義朝亡きあとの南坂東を安定させるために、義朝に反感を抱いていた豪族を手なずけたかったことによる。
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