待庵(たいあん)

四谷軒

文字の大きさ
1 / 6

01 待ち人は誰(た)ぞ

しおりを挟む
 山崎。
 この地に秀吉は城を築いた。
 その山崎城は、彼が大坂城を築くまでの居城となる。
 そして、山崎城の縄張りにその茶室はあった。

待庵たいあん

 後世、そう呼ばれるその茶室は、わずか二畳。
 その狭小な空間に。
 茶室の作り主――千宗易せんのそうえきは、静かに茶をてていた。
 こぽこぽと音を立てる茶釜。
 その音の中、しゃっしゃっと茶筅ちゃせんが回る。

「…………」

 茶が出来上がった。
 あとは、を待つだけ。

「せやけど、どなたはんが来るんやろか」

 宗易は茶を点てるように言われただけだ。
 誰が来るかは、知らされていない。

「秀吉はんか……」

 しかし、秀吉は山崎の戦いのあと、光秀を討ち、清須会議を牛耳り、織田家を、天下を取るため、柴田勝家らと合戦するせわしない日々を送っていた。

「秀吉はんは、無い。ほしたら、誰が」

 その時、待庵のにじり口がすっと開いた。

「ありえへん」

 宗易は目を見開いた。
 躙り口から、這入はいって来たのは。

「あ、安土あづちどの」



「二畳の茶室を作れ」

 それが、山崎の戦いに駆けつけた宗易が聞かされた言葉だった。
 秀吉はその頃、本能寺の変で信長とその正室、帰蝶がたおれたと聞き、わずか十日で備中高松からこの山崎にまで至っている。
 後世、中国大返しと称されるその驚異の行軍を終えながらも秀吉は冷静で、彼は光秀との戦い、さらにその後の天下の差配まで考えているようだった。
 そしてその脳内から吐き出されたひとつの考えが、二畳の茶室――待庵であった。

「これは異な仰せ」

 宗易は茶人だ。
 茶室を作れと言われるのは分かる。
 かのわび茶の祖・珠光しゅこうも、茶室を作ったという。
 だが。

「二畳、でっか」

 この時代、茶室とは、四畳や三畳半が多い。
 二畳というのは、聞いたことが無い。

「二畳じゃ」

 秀吉は否定しなかった。
 そして話は終わりだとばかりに立ち上がる。

「任せた」

 秀吉は容赦ない。
 その容赦のなさは、まるで織田信長だ。
 信長もまた、無理難題を秀吉に押し付け、秀吉はそれを……。

「まさか」

 宗易の自得を、秀吉は知ってか知らずか、さっさとその場を立ち去ってしまった。
 遠くから、惟任これとうじゃ日向ひゅうがじゃという声が聞こえる。
 どうやら敵襲らしい。

「どれ」

 宗易は腰を上げた。敵が来ている以上、宗易も戦わないわけにはいかない。たとえそれが金子きんすであったとしても、守るべき戦いはある。

「しかし」

 たった二畳の茶室。
 そんなもの、誰が作ると言うのか。
 いや、自分だというのは分かっているが。
 宗易は頭を抱えた。
 これは、下手をすると、目の前のより、骨が折れることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

処理中です...