待庵(たいあん)

四谷軒

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01 待ち人は誰(た)ぞ

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 山崎。
 この地に秀吉は城を築いた。
 その山崎城は、彼が大坂城を築くまでの居城となる。
 そして、山崎城の縄張りにその茶室はあった。

待庵たいあん

 後世、そう呼ばれるその茶室は、わずか二畳。
 その狭小な空間に。
 茶室の作り主――千宗易せんのそうえきは、静かに茶をてていた。
 こぽこぽと音を立てる茶釜。
 その音の中、しゃっしゃっと茶筅ちゃせんが回る。

「…………」

 茶が出来上がった。
 あとは、を待つだけ。

「せやけど、どなたはんが来るんやろか」

 宗易は茶を点てるように言われただけだ。
 誰が来るかは、知らされていない。

「秀吉はんか……」

 しかし、秀吉は山崎の戦いのあと、光秀を討ち、清須会議を牛耳り、織田家を、天下を取るため、柴田勝家らと合戦するせわしない日々を送っていた。

「秀吉はんは、無い。ほしたら、誰が」

 その時、待庵のにじり口がすっと開いた。

「ありえへん」

 宗易は目を見開いた。
 躙り口から、這入はいって来たのは。

「あ、安土あづちどの」



「二畳の茶室を作れ」

 それが、山崎の戦いに駆けつけた宗易が聞かされた言葉だった。
 秀吉はその頃、本能寺の変で信長とその正室、帰蝶がたおれたと聞き、わずか十日で備中高松からこの山崎にまで至っている。
 後世、中国大返しと称されるその驚異の行軍を終えながらも秀吉は冷静で、彼は光秀との戦い、さらにその後の天下の差配まで考えているようだった。
 そしてその脳内から吐き出されたひとつの考えが、二畳の茶室――待庵であった。

「これは異な仰せ」

 宗易は茶人だ。
 茶室を作れと言われるのは分かる。
 かのわび茶の祖・珠光しゅこうも、茶室を作ったという。
 だが。

「二畳、でっか」

 この時代、茶室とは、四畳や三畳半が多い。
 二畳というのは、聞いたことが無い。

「二畳じゃ」

 秀吉は否定しなかった。
 そして話は終わりだとばかりに立ち上がる。

「任せた」

 秀吉は容赦ない。
 その容赦のなさは、まるで織田信長だ。
 信長もまた、無理難題を秀吉に押し付け、秀吉はそれを……。

「まさか」

 宗易の自得を、秀吉は知ってか知らずか、さっさとその場を立ち去ってしまった。
 遠くから、惟任これとうじゃ日向ひゅうがじゃという声が聞こえる。
 どうやら敵襲らしい。

「どれ」

 宗易は腰を上げた。敵が来ている以上、宗易も戦わないわけにはいかない。たとえそれが金子きんすであったとしても、守るべき戦いはある。

「しかし」

 たった二畳の茶室。
 そんなもの、誰が作ると言うのか。
 いや、自分だというのは分かっているが。
 宗易は頭を抱えた。
 これは、下手をすると、目の前のより、骨が折れることになる。
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