3 / 6
03 珠光と宗易、宗易とねね
しおりを挟む
「二畳なんていうんは、狭すぎや」
ぼやく宗易。
その時宗易は、織田信長の葬儀のため、大徳寺に来ていた。
といっても宗易は裏方であり、手を合わせるのは最後の方だった。
葬儀はつつがなく終わり、その主催者である羽柴秀吉は大いに面目を施して、鼻高々だった。
それを見つつ、宗易は待機所である塔頭・真珠庵に退いていった。
真珠庵。
かつて、一休宗純という破天荒な禅僧がおり、その一休の開山である庵。
随所に一休あるいは一休の弟子による作品があり、中でも白眉は、今、宗易が憩っている方丈の庭、「七五三の庭」である。
「七五三の庭」とは、石七つのかたまり、石五つのかたまり、石三つのかたまりを庭に配置しているため、そう呼ばれる。
この庭を作庭した者こそ。
「珠光はん、何か善い考え、ありまへんか」
珠光。
一休の弟子にして、わび茶の創始者として知られる茶人である。
宗易は珠光を私淑しており、宗易が最初に使った茶器は、珠光茶碗であるといわれる。
「はあ……」
今、この方丈には宗易一人だ。
つまり、宗易と珠光の、一対一だ。
宗易は勝手に、そう思った。
「心の師とはなれ、心を師とせされ……か」
それは、珠光がその一番弟子である古市澄胤に与えた「心の師の文」の一節である。
元は、恵心僧都による往生要集の言葉で、「自分で自分の心を導いていくように。逆に、(執着にとらわれるような)自分の心を、その自分が引きずられることがないように」という意である。
そして、こう言ったとも伝えられる。
「月も雲間のなきは嫌にて候」
雲間のない、完璧な満月は嫌だ、という言葉である。
その意味するところは。
「雲間の中、欠けた月の方が善いいうこと」
何故なら。
「欠けた月の方が、全き月を想うことができる、その方が」
あっ。
宗易は、声にならない叫びを上げて、飛び上がった。
「これや」
この発想。
このためにこそ、自分は今、大徳寺真珠庵に来たのではないか。
「天の配剤や」
「宗易どの」
いつの間にか、ひとりだけだと思った真珠庵の方丈に、ひとりの女人がいた。
「ねねさま」
秀吉の正室、ねね。
のちの北政所である。
*
ねねが言うには、秀吉の指示があまりにも茫洋としているため、助け舟を出しに来た、とのことである。
「ですが何か思いついた様子。余計な差し出口にならなければ」
「そんなこと、あらしまへん」
雲をつかむような話――二畳の狭小な茶室。
その雲が、ようやくつかめそうなくらいだ。
「そやけど、その雲に何が隠れているか、それを知りたい」
「…………」
ねねは曖昧な笑みを浮かべた。
それだけ、宗易の問いが、核心に迫っている、ということらしい。
ねねはからっとした気性で、表裏が無い、器が大きいとして知られる。
そのねねがこのような態度をとるということは、よほどのことがその雲の向こうにいるらしい。
「わかりました」
ねねは、宗易のその思考を中断させるかのように、言い切った。
「秀吉が何をしたいかは、実は妾も知りません。妾も聞いていないのです」
ねねと秀吉の間には、秘密は無いようにしていた。
だがあの本能寺の変を経て、秀吉はねねに秘密を持つようになった、という。
「仕方がないことだと思うのです。本能寺のあの時、信長さまと帰蝶さまが亡くなったあの時、妾と秀吉は、近江長浜と備中高松に、分断されていました。だから、伝えられないことがあっても仕方ない、と」
帰蝶というのは濃姫のことである。
そして秀吉は、本能寺の変を乗り越え、山崎の戦いに勝った。
織田家の、天下の覇権争いに乗り出した。
「それと、今や自分が天下のあるじ、いえ、少なくとも、それを目指す立場。秘密があっても仕方ない、それも、妾を守るためだ、と言われたら、なおさら」
京を抑えた秀吉。
その京を守るかのように、山崎城。
その守るべきものは、何なのか。
己の覇権か。
家族か。
それとも。
「その何かを象るもの、それが宗易どのの頼まれた茶室でしょう」
あまりに話が大きい。
それに謎めいている。
だが、宗易は。
「宗易さま。笑っておられるのですか」
「これは」
宗易は手で顔を覆った。
禅の教えに、不立文字という教えがある。
その意は、悟りは言葉にできないという意味だ。
それと同じく、茶も、言葉にできない何かを相手にする。
そう、宗易は信じている。
「それを、この茶室で表すことができるんやないか」
それが、宗易の笑みだ。
この先、雲の向こうに何があるのか、何を待つのか。
それは、宗易にはわからない。
わからないからこそ。
「作ったる。この茶室、この宗易が心血を注いで、作ったる」
「宗易さま……」
ねねは、まるで奇なるものを見るような目で、宗易を見ていた。
ぼやく宗易。
その時宗易は、織田信長の葬儀のため、大徳寺に来ていた。
といっても宗易は裏方であり、手を合わせるのは最後の方だった。
葬儀はつつがなく終わり、その主催者である羽柴秀吉は大いに面目を施して、鼻高々だった。
それを見つつ、宗易は待機所である塔頭・真珠庵に退いていった。
真珠庵。
かつて、一休宗純という破天荒な禅僧がおり、その一休の開山である庵。
随所に一休あるいは一休の弟子による作品があり、中でも白眉は、今、宗易が憩っている方丈の庭、「七五三の庭」である。
「七五三の庭」とは、石七つのかたまり、石五つのかたまり、石三つのかたまりを庭に配置しているため、そう呼ばれる。
この庭を作庭した者こそ。
「珠光はん、何か善い考え、ありまへんか」
珠光。
一休の弟子にして、わび茶の創始者として知られる茶人である。
宗易は珠光を私淑しており、宗易が最初に使った茶器は、珠光茶碗であるといわれる。
「はあ……」
今、この方丈には宗易一人だ。
つまり、宗易と珠光の、一対一だ。
宗易は勝手に、そう思った。
「心の師とはなれ、心を師とせされ……か」
それは、珠光がその一番弟子である古市澄胤に与えた「心の師の文」の一節である。
元は、恵心僧都による往生要集の言葉で、「自分で自分の心を導いていくように。逆に、(執着にとらわれるような)自分の心を、その自分が引きずられることがないように」という意である。
そして、こう言ったとも伝えられる。
「月も雲間のなきは嫌にて候」
雲間のない、完璧な満月は嫌だ、という言葉である。
その意味するところは。
「雲間の中、欠けた月の方が善いいうこと」
何故なら。
「欠けた月の方が、全き月を想うことができる、その方が」
あっ。
宗易は、声にならない叫びを上げて、飛び上がった。
「これや」
この発想。
このためにこそ、自分は今、大徳寺真珠庵に来たのではないか。
「天の配剤や」
「宗易どの」
いつの間にか、ひとりだけだと思った真珠庵の方丈に、ひとりの女人がいた。
「ねねさま」
秀吉の正室、ねね。
のちの北政所である。
*
ねねが言うには、秀吉の指示があまりにも茫洋としているため、助け舟を出しに来た、とのことである。
「ですが何か思いついた様子。余計な差し出口にならなければ」
「そんなこと、あらしまへん」
雲をつかむような話――二畳の狭小な茶室。
その雲が、ようやくつかめそうなくらいだ。
「そやけど、その雲に何が隠れているか、それを知りたい」
「…………」
ねねは曖昧な笑みを浮かべた。
それだけ、宗易の問いが、核心に迫っている、ということらしい。
ねねはからっとした気性で、表裏が無い、器が大きいとして知られる。
そのねねがこのような態度をとるということは、よほどのことがその雲の向こうにいるらしい。
「わかりました」
ねねは、宗易のその思考を中断させるかのように、言い切った。
「秀吉が何をしたいかは、実は妾も知りません。妾も聞いていないのです」
ねねと秀吉の間には、秘密は無いようにしていた。
だがあの本能寺の変を経て、秀吉はねねに秘密を持つようになった、という。
「仕方がないことだと思うのです。本能寺のあの時、信長さまと帰蝶さまが亡くなったあの時、妾と秀吉は、近江長浜と備中高松に、分断されていました。だから、伝えられないことがあっても仕方ない、と」
帰蝶というのは濃姫のことである。
そして秀吉は、本能寺の変を乗り越え、山崎の戦いに勝った。
織田家の、天下の覇権争いに乗り出した。
「それと、今や自分が天下のあるじ、いえ、少なくとも、それを目指す立場。秘密があっても仕方ない、それも、妾を守るためだ、と言われたら、なおさら」
京を抑えた秀吉。
その京を守るかのように、山崎城。
その守るべきものは、何なのか。
己の覇権か。
家族か。
それとも。
「その何かを象るもの、それが宗易どのの頼まれた茶室でしょう」
あまりに話が大きい。
それに謎めいている。
だが、宗易は。
「宗易さま。笑っておられるのですか」
「これは」
宗易は手で顔を覆った。
禅の教えに、不立文字という教えがある。
その意は、悟りは言葉にできないという意味だ。
それと同じく、茶も、言葉にできない何かを相手にする。
そう、宗易は信じている。
「それを、この茶室で表すことができるんやないか」
それが、宗易の笑みだ。
この先、雲の向こうに何があるのか、何を待つのか。
それは、宗易にはわからない。
わからないからこそ。
「作ったる。この茶室、この宗易が心血を注いで、作ったる」
「宗易さま……」
ねねは、まるで奇なるものを見るような目で、宗易を見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる