嵐神(バアル)こそわが救い ~シチリア、パノルムスに吹きすさぶ嵐~

四谷軒

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06 エピローグ そして第二次ポエニ戦争へ

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 ハスドルバルは帰国を認められるという寛大な措置に感謝しながらも、最後に捨て台詞を残すことは忘れなかった。

「今は貴様らローマにとっての雨、嵐は止んだ。しかし、しかしなメテッルス。カルタゴはまだまだこれからだ。なるほどハスドルバル嵐神こそわが救いは敗れたが……嵐神バアルの恵みは、まだ尽きてはおらぬ」

 それは単なるひとり言のようではあったが、確かにメテッルスの耳に届いた。もしかしたら、ハスドルバルなりの負けた者としての、勝者への捧げもの――警告にして忠言であったのかもしれない。

嵐神バアルの恵み、か……」

 メテッルスは天を仰ぐ。
 今は快晴。
 嵐が来る気配はない。
 だが。

「いずれは嵐が、嵐神バアルがまたきたるやもしれぬ……」

 師であるアルキメデスが「不定だ」と言ったように。
 そこまで考えたところで、背中から声がかかった。

執政官コンスルメテッルス、本国から迎えの者が来ました」

 負傷してパノルムス城内に運ばれたファルトに代わって副官の役割を務めるカトゥルスが、その迎えの者を連れて来た。

「アシナ」

「久しいな、メテッルス」

 かつて、このパノルムスを陥落させた、先の執政官コンスルアシナが、迎えの者であった。

「ところでメテッルス、先ほど嵐神バアルの恵みと言っていたようだが」

「……ああ」

 メテッルスはハスドルバルの捨て台詞について、アシナに述べた。
 アシナはそれを聞いて呟いた。

嵐神の恵みハンニバル、か……」

「何ですそれは」

「いや、カルタゴの言葉、フェニキア語で、そういうのだよ……嵐神バアルの恵み、とは」

嵐神の恵みハンニバルとやらが来た時、ローマは勝てるでしょうか、アシナ」

「そうだな……」

 アシナ――グナエウス・コルネリウス・・アシナは少し考えてから答えた。

「われらローマにも神々はいるが、やはり人の手でどうにかせねばなるまいよ」

「……ですな」

 さあ行こう、とアシナはメテッルスの肩を抱き、共にローマへの帰途に着いた。


 やがて――カルタゴの雷光バルカという家のハンニバルが象を連れてアルプスを越え、イタリア半島を襲撃することになるが、その時、ローマが対応できたのは、この後、最高神祇官ポンテフィクス・マクシムスに就任し、有事に備える体制の構築に努めたメテッルスのおかげかもしれない。

 そして――そのハンニバルを撃破するローマの名将を、プブリウス・コルネリウス・スキピオ(アフリカヌス、アシナの兄弟の孫)というのも、また偶然ではないのかもしれないが、それはまた別の話である。



【了】
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