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六花とけて、君よ来い
01 一休
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「辞世頌」 一休宗純
須弥南畔
誰会我禅
虚堂来也
不直半銭
(作者意訳)
この世界で
誰もわが禅をわかりはしない
祖師の虚堂智愚(一休の七世前の祖師)が来ようとも
半銭に値しない
長きにわたる応仁の乱が終わった。
それは京における幾ばくかの平穏の時を意味するものであったとしても、少なくとも、京の人々は安堵した。
……たとえ前の征夷大将軍、足利義政であったとしても。
「憂いものであった」
文明十三年(一四八一年)冬――義政はそう述懐する。
応仁の大乱についてのものなのか、それとも妻の日野富子についてのものなのか、判然としない。
いずれにせよ、義政はこの機に、かねてから計画していたあることに取り組む。
あること――すなわち、東山山荘(のちの銀閣寺)の造営である。
「かつて――鹿苑院(足利義満)さまが北山に築いた、金閣の、対なるものを」
そうなると人々は、対となる、すなわち銀か、とささやいている。
義政としては、人々の期待に沿うべきかなと思いつつも、そう単純に装飾を決めてもいいものだろうかと逡巡していた。
「予の目指すものは、そういうのでいいのか? もっと、こう……」
義政は東山山荘に、己の粋を尽くしたもの、すなわち侘び、寂びという美を体現したいと目論んでいた。
「であれば銀などいらぬか。むむ……」
義政は悩む。
対となる銀を装飾すれば、それはそれでうつくしいとも思う。
銀のぼんやりとした輝きは、それはそれで金閣の金に比すれば、侘びているとも思う。
それがもし、人々の望んでいるものならば。
「…………」
沈思する義政。
その静寂の中、近侍の伊勢新九郎が現れ、義政の耳にそっと、書状の到来を告げた。
「む」
若き新九郎が去り行くその背を、その俊敏な動作を羨ましそうに眺めていた義政は、やがて書状へと目を落とした。
「一休禅師……」
書状の差出人は、一休宗純。
風狂を旨とする破戒僧。
されど、その人徳は隠れもなく、大徳寺の住持に任ぜられていた。
一休は、その大徳寺に居を構えず、自身の草庵である酬恩庵から寺に通っていた。
書状によると、その一休が、大徳寺にある塔頭を建てたという。
その名は。
「真珠庵……」
真珠の庵か。
銀閣の建立を考えている義政としては、虚心ではいられない。
見ると、是非お越しをと書いてある。
「行くか」
新九郎に輿を持って来させている間に、第の外、空を仰ぐと、ちらほらと雪が見え始めていた。
だが義政は、一休の誘いを断ることはなく、むしろ、より、訪いに赴くという気持ちが、高まっていた。
「真珠の庵に、白い雪。すなわち、六花。うつくしいではないか」
そういえば、漢籍――「韓詩外伝」に「凡草木花多五出、雪花獨六出(草木の花は五角形が多く見られるが、雪は六角形のみ見られる)」とある。転じて、雪は六花という異称を持つ。
「御前。輿にお乗りください」
抜け目なく新九郎が、屋根付きの輿を用意していた。
「うむ」
義政が輿に乗り込むと、新九郎が「では」と号令する。
輿舁きらが立ち上がり、輿は静々と進んだ。
……六花がちらつく中を。
*
大徳寺、真珠庵。
「お頼み申しそうろう、お頼み申しそうろう」
門前にて雪がちらちらと降る中、伊勢新九郎が朗々と足利義政の訪いを告げた。
庵から出て来た一休は、「さあさあ」と方丈へと誘った。
「寒かろう」
一休が方丈の障子を閉める。
薄暗がりの中、一休と義政が時候の挨拶を重ね、その間、一休の弟子が茶器と茶道具を持って現れた。
茶が点てられる。
「うむ。うまい」
義政はそう感想を洩らしたが、それを聞くことなく、すでに弟子は方丈から退出していた。
気づくと、新九郎もいない。
両名とも、一休と義政を二人きりにしよう、という心づかいである。
「……御前。東山に山荘を建てるおつもりで?」
「そのとおりじゃ、一休禅師」
応仁の乱で焼け落ちてしまった浄土寺。
その寺の跡地――東山を義政が気に入っていることは、つとに知られていた。
一休はにじり寄る。
「その山荘には、銀を用いるとか聞くがのう」
「……それは」
人の口に戸は立てられぬ。
まあ、北山に金閣あらば、東山に……というのは、およその人であれば思いつくことだ。
義政が、ふと憫笑を浮かべた。
また、自分は人の思うとおりにしようとしているのか、と。
その結果がどうあろうと、思うとおりにしようとしてしまう自分。
そういえば、最初は東山の土地を気に入ったと洩らしただけだった。
それが、いつの間にやら、北山と東山、それなら、金閣と……という話が、まことしやかにささやかれるようになった気がする。
そんなささやきに、自分は……。
「愚僧が思うに」
義政が思いをめぐらしている間に、一休は眼前にまで迫っていた。
「御前は迷うておられる」
一休の魁偉な容貌を間近に見ると、とても迫力がある。
その迫力ある顔が、息を吹きかからんばかりの近くの顔が、言った。
「ひとつ、愚僧がその迷いを払って進ぜよう」
不意に一休は立ち上がり、方丈の障子のひとつを、開けた。
「雪が」
外は、雪が降り、積もっていた。
いつの間にか、外は白一面の。
「銀、色じゃ……」
そこで義政は己の口を覆った。
自分は今、何と言った。
隣に立つ一休は、それに気づかないのか、淡々と語り出した。
「この、真珠庵の名の由来はのう」
中国、宋の時代――。
ある雪の夜、楊岐山の荒れ寺で、楊岐方会という僧が座禅を組んでいた。
その時、荒れ寺の中へ、雪が舞い込んできた。
これは、真珠か。
楊岐方会はそう思った。
何故なら、その輝きが、あまりにもうつくしかったから。
「――という故事がござっての」
「…………」
方丈の庭は、よく見るとこんもりとしたふくらみが二、三個あり――それは雪が降って覆われた庭石だと思われるが――あたかもそれが真珠だとでもいうのだろうか。
でも。
「禅師」
「何じゃ」
「これは……東山に、金閣ならぬ銀閣を、とささやかれている予への……」
「却説、この庭の楽しみは、実はこれだけではない」
一休は韜晦するように義政の疑念をはぐらかし、わりとあっさりと障子を閉めた。
「あ……」
思わず手を伸ばして、もっと、と言いたくなる義政。
だがその手を一休は優しく握って、とどめる。
「雪が解けたら、もう一度、来なされ」
六花とけて、君よ来いという奴じゃと、一休は笑った。
能楽か何かの詩句を思いついた風である。
須弥南畔
誰会我禅
虚堂来也
不直半銭
(作者意訳)
この世界で
誰もわが禅をわかりはしない
祖師の虚堂智愚(一休の七世前の祖師)が来ようとも
半銭に値しない
長きにわたる応仁の乱が終わった。
それは京における幾ばくかの平穏の時を意味するものであったとしても、少なくとも、京の人々は安堵した。
……たとえ前の征夷大将軍、足利義政であったとしても。
「憂いものであった」
文明十三年(一四八一年)冬――義政はそう述懐する。
応仁の大乱についてのものなのか、それとも妻の日野富子についてのものなのか、判然としない。
いずれにせよ、義政はこの機に、かねてから計画していたあることに取り組む。
あること――すなわち、東山山荘(のちの銀閣寺)の造営である。
「かつて――鹿苑院(足利義満)さまが北山に築いた、金閣の、対なるものを」
そうなると人々は、対となる、すなわち銀か、とささやいている。
義政としては、人々の期待に沿うべきかなと思いつつも、そう単純に装飾を決めてもいいものだろうかと逡巡していた。
「予の目指すものは、そういうのでいいのか? もっと、こう……」
義政は東山山荘に、己の粋を尽くしたもの、すなわち侘び、寂びという美を体現したいと目論んでいた。
「であれば銀などいらぬか。むむ……」
義政は悩む。
対となる銀を装飾すれば、それはそれでうつくしいとも思う。
銀のぼんやりとした輝きは、それはそれで金閣の金に比すれば、侘びているとも思う。
それがもし、人々の望んでいるものならば。
「…………」
沈思する義政。
その静寂の中、近侍の伊勢新九郎が現れ、義政の耳にそっと、書状の到来を告げた。
「む」
若き新九郎が去り行くその背を、その俊敏な動作を羨ましそうに眺めていた義政は、やがて書状へと目を落とした。
「一休禅師……」
書状の差出人は、一休宗純。
風狂を旨とする破戒僧。
されど、その人徳は隠れもなく、大徳寺の住持に任ぜられていた。
一休は、その大徳寺に居を構えず、自身の草庵である酬恩庵から寺に通っていた。
書状によると、その一休が、大徳寺にある塔頭を建てたという。
その名は。
「真珠庵……」
真珠の庵か。
銀閣の建立を考えている義政としては、虚心ではいられない。
見ると、是非お越しをと書いてある。
「行くか」
新九郎に輿を持って来させている間に、第の外、空を仰ぐと、ちらほらと雪が見え始めていた。
だが義政は、一休の誘いを断ることはなく、むしろ、より、訪いに赴くという気持ちが、高まっていた。
「真珠の庵に、白い雪。すなわち、六花。うつくしいではないか」
そういえば、漢籍――「韓詩外伝」に「凡草木花多五出、雪花獨六出(草木の花は五角形が多く見られるが、雪は六角形のみ見られる)」とある。転じて、雪は六花という異称を持つ。
「御前。輿にお乗りください」
抜け目なく新九郎が、屋根付きの輿を用意していた。
「うむ」
義政が輿に乗り込むと、新九郎が「では」と号令する。
輿舁きらが立ち上がり、輿は静々と進んだ。
……六花がちらつく中を。
*
大徳寺、真珠庵。
「お頼み申しそうろう、お頼み申しそうろう」
門前にて雪がちらちらと降る中、伊勢新九郎が朗々と足利義政の訪いを告げた。
庵から出て来た一休は、「さあさあ」と方丈へと誘った。
「寒かろう」
一休が方丈の障子を閉める。
薄暗がりの中、一休と義政が時候の挨拶を重ね、その間、一休の弟子が茶器と茶道具を持って現れた。
茶が点てられる。
「うむ。うまい」
義政はそう感想を洩らしたが、それを聞くことなく、すでに弟子は方丈から退出していた。
気づくと、新九郎もいない。
両名とも、一休と義政を二人きりにしよう、という心づかいである。
「……御前。東山に山荘を建てるおつもりで?」
「そのとおりじゃ、一休禅師」
応仁の乱で焼け落ちてしまった浄土寺。
その寺の跡地――東山を義政が気に入っていることは、つとに知られていた。
一休はにじり寄る。
「その山荘には、銀を用いるとか聞くがのう」
「……それは」
人の口に戸は立てられぬ。
まあ、北山に金閣あらば、東山に……というのは、およその人であれば思いつくことだ。
義政が、ふと憫笑を浮かべた。
また、自分は人の思うとおりにしようとしているのか、と。
その結果がどうあろうと、思うとおりにしようとしてしまう自分。
そういえば、最初は東山の土地を気に入ったと洩らしただけだった。
それが、いつの間にやら、北山と東山、それなら、金閣と……という話が、まことしやかにささやかれるようになった気がする。
そんなささやきに、自分は……。
「愚僧が思うに」
義政が思いをめぐらしている間に、一休は眼前にまで迫っていた。
「御前は迷うておられる」
一休の魁偉な容貌を間近に見ると、とても迫力がある。
その迫力ある顔が、息を吹きかからんばかりの近くの顔が、言った。
「ひとつ、愚僧がその迷いを払って進ぜよう」
不意に一休は立ち上がり、方丈の障子のひとつを、開けた。
「雪が」
外は、雪が降り、積もっていた。
いつの間にか、外は白一面の。
「銀、色じゃ……」
そこで義政は己の口を覆った。
自分は今、何と言った。
隣に立つ一休は、それに気づかないのか、淡々と語り出した。
「この、真珠庵の名の由来はのう」
中国、宋の時代――。
ある雪の夜、楊岐山の荒れ寺で、楊岐方会という僧が座禅を組んでいた。
その時、荒れ寺の中へ、雪が舞い込んできた。
これは、真珠か。
楊岐方会はそう思った。
何故なら、その輝きが、あまりにもうつくしかったから。
「――という故事がござっての」
「…………」
方丈の庭は、よく見るとこんもりとしたふくらみが二、三個あり――それは雪が降って覆われた庭石だと思われるが――あたかもそれが真珠だとでもいうのだろうか。
でも。
「禅師」
「何じゃ」
「これは……東山に、金閣ならぬ銀閣を、とささやかれている予への……」
「却説、この庭の楽しみは、実はこれだけではない」
一休は韜晦するように義政の疑念をはぐらかし、わりとあっさりと障子を閉めた。
「あ……」
思わず手を伸ばして、もっと、と言いたくなる義政。
だがその手を一休は優しく握って、とどめる。
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