織田家の人々 ~太陽と月~

四谷軒

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第一章 太陽の音を忘れない ~神戸信孝一代記~

01 神戸信孝(かんべのぶたか)

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 太陽の音を忘れない。
 さすれば、御身おんみは栄光にあり、命失うことは無い。


 そのはずだった。
 それが。

信雄のぶかつさまよりふみが」

「何だ。申せ」

「……自害せよ、と」

「そうか」

 ここは尾張。
 知多郡。
 野間大坊。
 かつて、源義朝が討たれた地であり、その墓もある。
 今、信孝は、兄・信雄の兵に追われ、(現代では)安養院といわれる寺院に逃げ込んだところだった。

「……どこで、どう間違ったのか」

 信孝は歎息する。
 織田信長の庶子に生まれながらも、嫡流である信忠、信雄に次ぐ扱いを受け、父・信長が本能寺の変に斃れる寸前、四国征伐の将として抜擢され、「南海の総管」とも称された身なのに。
 あそこまでは、間違っていなかった。
 あそこまでは、間違いなく、太陽の音を忘れずにいられた。

「太陽の、音、か」

 信孝は幼い頃、伊勢の名家・神戸かんべ家の押入聟おしいりむことして養子に入ったことがある。
 そこから、彼は神戸信孝といわれるようになる。
 その、神戸の家において。
 ふるい言い伝えがあった。
 それが、神戸の家の当主は、

 ――太陽の音を忘れない。さすれば、御身おんみは栄光にあり、命失うことは無い。

 である。
 現に、信孝の養父である具盛とももりは、太陽――信長の子である信孝を粗略に扱い、結果、強制的に隠居させられた挙句、近江日野城へと追放されたことがある。
 神戸の当主は、「太陽」を見定めて、その「音」を忘れてはならないということだ。
 では、このおれは。
 織田信孝は。
 なぜ。

「やはり、あそこか」

 信孝は振り返る。
 あそこ――本能寺の変の直後のことを。



 天正十年。
 六月。

「……やった! やったぞ! 四国へ征けるぞ!」

 信孝は意気上がっていた。
 念願の国持ち大名となるため、ついに四国征伐の将となれたからだ。
 神戸家は伊勢の名家ではあるが、所領は知れたもの。
 そこで信孝は、長島一向一揆、越前一向一揆、荒木村重の叛乱討伐などに積極的に加わり、気づけば信長の息子たちの中で、三番目の「連枝」としての格付けを得ていた。
 この時点で信長が「連枝」として取り立てた子は、嫡子の信忠、次子の信雄、そして信孝だけである。逆に信長は、かつての謀叛人である弟・信行の子、津田信澄もその信孝と同位の位置づけとしており、信長は自身の子にも冷静に評価を下していたことがわかる。

「兵を集めよ! 何、いない? なら、連れて来い! どこからでもいい! ちまたに溢れている牢人ろうにんでも、かまわん! いいから連れて来い! 言え! ついてくれば、富貴ふうきは思うがままぞ、と!」

 いかに信長の子である信孝とはいえ、そうすぐに四国を征伐する兵を用意できたかというと、そうでもない。
 この時信孝は、元々の領地である北伊勢からは農民たちを根こそぎ動員し、さらに伊勢にうろついていた牢人たち、紀伊の雑賀衆さいかしゅう、伊賀の伊賀衆に近江の甲賀衆、果ては明智光秀の領地である丹波たんば丹後たんごからも兵を集めたと言われる。
 その数、号して一万四千。
 信孝は文字通り空っぽになった神戸城を、追放されていた養父の具盛とももりを戻してあてがい、意気揚々と安土へと向かって行った。

「おでい、やったぞ!」

 尾張弁で「父」と呼ぶ相手、織田信長にその一万四千の兵を閲兵してもらった時、信孝は得意の絶頂であった。
 信長はその兵の構成を聞いて、何を思ったが、信孝の副将として丹羽長秀と蜂谷頼隆、そして津田信澄を付けた。

五郎左ごろうざ(丹羽長秀のこと)はわかる。蜂谷はその義弟だ(頼隆の妻は長秀の妹)。だが、何で信澄を」

 信孝は、歯がゆい思いを感じた。
 この功績を独り占めするのは、やめろということか。
 信澄は、織田家の「連枝」としては信孝と同位。
 もし、四国征伐に勝利したとして、その手柄として、少なくとも信澄には信孝と同等かそれに次ぐものを与えないと、その格付け上、まずいことになるだろう。

「ではけ。予も中国へ征く」

 だが信長はそれ以上、信孝に一顧だにせず、安土から京へと向かって行った。
 これが信孝と信長の最期の別れとなるのだが、この時、この父子は、それを知るよしも無かった。
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