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05 鄱陽湖の戦い、緒戦
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朱元璋艦隊は巣湖の湖賊で構成されている。
朱元璋が駆け出しだった頃、船を提供して、朱元璋を助けたのが、兪通海ら湖賊である。
その兪通海が朱元璋艦隊の提督である。
朱元璋は、兪通海に今後の見通しを聞いた。
「兪通海よ、敵は巨艦。一方、こちらは小さな船だ。勝てるだろうか」
「勝てます」
兪通海は断言した。
「戦場となる鄱陽湖は浅い。ゆえに、巨艦であると、なおさら動きにくい」
「成る程」
朱元璋は地図を広げた。
「では早く鄱陽湖に行き、有利な位置を」
兪通海は、康郎山でしょうと、陳友諒との対決地点を告げた。
「この時期、鄱陽湖の風の向きは東北から。その位置を取れば、勝てます」
「風か」
「策はあります。そのための材料もある」
兪通海は甲板に転がされたそれを見た。
「それは」
「ええ。南昌でも活躍したと聞きます」
甲板に転がるそれらを眺める朱元璋に、兪通海は何事かを囁いた。
朱元璋が呟く。
「わが子房の言うとおりにと、康茂才に伝えよ」
*
一三六三年七月。
鄱陽湖。
康郎山。
陳友諒は、紅い艦隊の艦を鎖で結び、ひとつながりの塊とした。
そして艦列をならべて進んでいく様は、巨大な生き物を想起させた。
「鯨飲しろ」
陳友諒は、艦隊に前進を命じた。
その巍巍たる様は、目の前にいる白い小舟の朱元璋艦隊をして、恐怖させた。
「落ち着け」
朱元璋は、旗艦・絶風を前に出すように叫んだ。
「この朱元璋がまず出る。つづけ」
紅い巨艦の塊に、白い小舟の群れが迫る。
「敵は小回りが利かん。恐れず、船を近づけよ」
兪通海が命じる。
各艦は魚群のように、それぞれに動きつつ、全体としては一方向――陳友諒艦隊へと食いついた。
陳友諒は怒号した。
「潰せ」
艦を鎖で繋いでいる陳友諒艦隊は、その前進こそ破壊活動である。
迂闊な船は、巻き込まれ、壊れ、沈み、二度と浮かんでこないであろう。
「狼狽えるな」
一方の朱元璋は落ち着いた声である。
だが、兵の肚に良く響いた。
「かねてからの兪通海の指示通り、動け」
朱元璋は絶風の舳先に立ち、陳友諒艦隊に突っ込んでいく。
その姿に、朱元璋の兵は震えた。
「射よ!」
朱元璋艦隊からの弓矢の攻撃が始まった。
だがそれは低い小舟から高い巨艦への弓射であり、逆方向からの弓射を食らってしまう。
「馬鹿が!」
陳友諒はこのまま揉み潰さんとばかりに、旗艦・大風を前へ前へと進める。
そのあおりを受けて、絶風が大きく揺れる。
「……今!」
大漢国太尉・張定辺である。
彼は己の艦隊を鎖で繋げずにいた。
狙いは朱元璋の必殺である。
「殺!」
張定辺は勇んで、紅い巨艦から、白き絶風へと躍り出る。
このまま絶風へと乗り移り、そのまま朱元璋の首を取る腹づもりである。
「させぬ!」
対するや、朱元璋の前に立って、張定辺に対峙する者がいた。
徐達である。
彼は朱元璋の旗揚げ時からの付き合いで、やがては元の勇将ココ・テムルを撃破して、元を中国本土から追いやる名将である。
「重八、下がってろ」
「達、頼む」
重八とは朱元璋の旧名であり、年来の友である徐達ならではの呼びかけである。
「死ね!」
「やらせるか!」
張定辺の矛と徐達の湾刀が火花を散らす。
張定辺につづけとばかりに、大漢の兵らも絶風へと飛び乗って来る。
「乗れ! 奴の首を取れ!」
だが朱元璋は冷静に隣の艦に指示を下した。
「こいつらを射ろ。狙い撃て」
「こんな大揺れの中、おれたちだけ射られるなど……」
徐達と押し合いながら、張定辺を嘲ったが、次の瞬間、その嘲りを否定されることになる。
「……射よ!」
絶風の隣の艦には、徐達と並び称される勇将、常遇春が乗っていた。
そして彼の得意とするところは弓である。
「張定辺の兵だけ射よ! 張定辺は徐将軍が斃す!」
張定辺は突出して徐達と戦っており、張定辺の兵は絶風に飛び乗ったばかり。
それだけの状況であれば、常遇春にとっては、鴨打は造作もないことである。
「うわっ」
「ぐわっ」
次々と湖中に没していく兵を見て、張定辺は歯噛みした。
そこへ。
「全速前進!」
これまで後方で待機していた兪通海と彼の直属の湖賊たちが動き出したのだ。
兪通海は風を待っていた。
そして、今がその時と動き出したのである。
兪通海が、かつて朱元璋に示した材料を出す。
「火竜槍、撃て!」
火竜槍、すなわち南昌で活躍した火砲であった。
*
前進に次ぐ前進で、今さら動きを止められない巨艦艦隊は、物の見事に火竜槍の砲火を食らってしまった。
「またしても、火竜槍だと!」
陳友諒は退くなと叫んだが、長きにわたる南昌戦で、何度も煮え湯を飲まされた火竜槍が相手である。
兵士たちは竦み上がってしまい、反応が一瞬遅れた。
兪通海はその一瞬に利し、陳友諒艦隊の中でも、固まっている一点への斉射を命じた。
「撃て!」
風は東北の風。
陳友諒艦隊へと向かっている。
「まずい!」
張定辺は死に物狂いで徐達から後退り、さらに常遇春から百本余りもの矢を受けながらも、己が艦へと駆け飛んで戻った。
彼の艦隊には、朱元璋必殺以外に、もうひとつ役割があった。
「皇帝陛下を守り参らせよ!」
すなわち、ひとかたまりの陳友諒艦隊に何かあった際に、陳友諒を救うという役割である。
「急げ! 返せ! 戻せ!」
兪通海は陳友諒艦隊の巨艦二十余を焼き払い、朱元璋の危機を救うことに成功した。
こうして、鄱陽湖の戦いの緒戦は、痛み分けというかたちに終わった。
朱元璋が駆け出しだった頃、船を提供して、朱元璋を助けたのが、兪通海ら湖賊である。
その兪通海が朱元璋艦隊の提督である。
朱元璋は、兪通海に今後の見通しを聞いた。
「兪通海よ、敵は巨艦。一方、こちらは小さな船だ。勝てるだろうか」
「勝てます」
兪通海は断言した。
「戦場となる鄱陽湖は浅い。ゆえに、巨艦であると、なおさら動きにくい」
「成る程」
朱元璋は地図を広げた。
「では早く鄱陽湖に行き、有利な位置を」
兪通海は、康郎山でしょうと、陳友諒との対決地点を告げた。
「この時期、鄱陽湖の風の向きは東北から。その位置を取れば、勝てます」
「風か」
「策はあります。そのための材料もある」
兪通海は甲板に転がされたそれを見た。
「それは」
「ええ。南昌でも活躍したと聞きます」
甲板に転がるそれらを眺める朱元璋に、兪通海は何事かを囁いた。
朱元璋が呟く。
「わが子房の言うとおりにと、康茂才に伝えよ」
*
一三六三年七月。
鄱陽湖。
康郎山。
陳友諒は、紅い艦隊の艦を鎖で結び、ひとつながりの塊とした。
そして艦列をならべて進んでいく様は、巨大な生き物を想起させた。
「鯨飲しろ」
陳友諒は、艦隊に前進を命じた。
その巍巍たる様は、目の前にいる白い小舟の朱元璋艦隊をして、恐怖させた。
「落ち着け」
朱元璋は、旗艦・絶風を前に出すように叫んだ。
「この朱元璋がまず出る。つづけ」
紅い巨艦の塊に、白い小舟の群れが迫る。
「敵は小回りが利かん。恐れず、船を近づけよ」
兪通海が命じる。
各艦は魚群のように、それぞれに動きつつ、全体としては一方向――陳友諒艦隊へと食いついた。
陳友諒は怒号した。
「潰せ」
艦を鎖で繋いでいる陳友諒艦隊は、その前進こそ破壊活動である。
迂闊な船は、巻き込まれ、壊れ、沈み、二度と浮かんでこないであろう。
「狼狽えるな」
一方の朱元璋は落ち着いた声である。
だが、兵の肚に良く響いた。
「かねてからの兪通海の指示通り、動け」
朱元璋は絶風の舳先に立ち、陳友諒艦隊に突っ込んでいく。
その姿に、朱元璋の兵は震えた。
「射よ!」
朱元璋艦隊からの弓矢の攻撃が始まった。
だがそれは低い小舟から高い巨艦への弓射であり、逆方向からの弓射を食らってしまう。
「馬鹿が!」
陳友諒はこのまま揉み潰さんとばかりに、旗艦・大風を前へ前へと進める。
そのあおりを受けて、絶風が大きく揺れる。
「……今!」
大漢国太尉・張定辺である。
彼は己の艦隊を鎖で繋げずにいた。
狙いは朱元璋の必殺である。
「殺!」
張定辺は勇んで、紅い巨艦から、白き絶風へと躍り出る。
このまま絶風へと乗り移り、そのまま朱元璋の首を取る腹づもりである。
「させぬ!」
対するや、朱元璋の前に立って、張定辺に対峙する者がいた。
徐達である。
彼は朱元璋の旗揚げ時からの付き合いで、やがては元の勇将ココ・テムルを撃破して、元を中国本土から追いやる名将である。
「重八、下がってろ」
「達、頼む」
重八とは朱元璋の旧名であり、年来の友である徐達ならではの呼びかけである。
「死ね!」
「やらせるか!」
張定辺の矛と徐達の湾刀が火花を散らす。
張定辺につづけとばかりに、大漢の兵らも絶風へと飛び乗って来る。
「乗れ! 奴の首を取れ!」
だが朱元璋は冷静に隣の艦に指示を下した。
「こいつらを射ろ。狙い撃て」
「こんな大揺れの中、おれたちだけ射られるなど……」
徐達と押し合いながら、張定辺を嘲ったが、次の瞬間、その嘲りを否定されることになる。
「……射よ!」
絶風の隣の艦には、徐達と並び称される勇将、常遇春が乗っていた。
そして彼の得意とするところは弓である。
「張定辺の兵だけ射よ! 張定辺は徐将軍が斃す!」
張定辺は突出して徐達と戦っており、張定辺の兵は絶風に飛び乗ったばかり。
それだけの状況であれば、常遇春にとっては、鴨打は造作もないことである。
「うわっ」
「ぐわっ」
次々と湖中に没していく兵を見て、張定辺は歯噛みした。
そこへ。
「全速前進!」
これまで後方で待機していた兪通海と彼の直属の湖賊たちが動き出したのだ。
兪通海は風を待っていた。
そして、今がその時と動き出したのである。
兪通海が、かつて朱元璋に示した材料を出す。
「火竜槍、撃て!」
火竜槍、すなわち南昌で活躍した火砲であった。
*
前進に次ぐ前進で、今さら動きを止められない巨艦艦隊は、物の見事に火竜槍の砲火を食らってしまった。
「またしても、火竜槍だと!」
陳友諒は退くなと叫んだが、長きにわたる南昌戦で、何度も煮え湯を飲まされた火竜槍が相手である。
兵士たちは竦み上がってしまい、反応が一瞬遅れた。
兪通海はその一瞬に利し、陳友諒艦隊の中でも、固まっている一点への斉射を命じた。
「撃て!」
風は東北の風。
陳友諒艦隊へと向かっている。
「まずい!」
張定辺は死に物狂いで徐達から後退り、さらに常遇春から百本余りもの矢を受けながらも、己が艦へと駆け飛んで戻った。
彼の艦隊には、朱元璋必殺以外に、もうひとつ役割があった。
「皇帝陛下を守り参らせよ!」
すなわち、ひとかたまりの陳友諒艦隊に何かあった際に、陳友諒を救うという役割である。
「急げ! 返せ! 戻せ!」
兪通海は陳友諒艦隊の巨艦二十余を焼き払い、朱元璋の危機を救うことに成功した。
こうして、鄱陽湖の戦いの緒戦は、痛み分けというかたちに終わった。
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