いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

文字の大きさ
39 / 95
ハロウィーン編

39 パーティ狂詩曲

しおりを挟む

「きみは僕のそばを離れないで」
 
 自分に差し伸べられたジョンの手と、その姿にリジーの胸はときめいた。
 リジーは夢心地だった。

(ジョンの濃い茶色の優しい瞳が、私だけを映せばいいのに……)

 リジーは魅惑の魔法にかかったように、自分の心と指先がそこへ向かうのがわかった。


「そこにいるのはジョンなの!?」

 突然聞こえてきた甲高い女性の声に、リジーは弾かれたように伸ばしかけた手を引っ込めた。

 魔法は一瞬で解けた。


 背後から香水のむせるような濃厚な匂いが漂ってくる。

「リジー、ごめん。店のお客様だ」

 ジョンがリジーの耳元に素早く伝える。

「じゃあ、私、そこの隅の柱のところにいるね」
「すぐ戻るから、そこから動かないで」
「うん」

 リジーも店員なのでお客様が大事なのは知っているが、ジョンが自分から離れて女性客のほうへ行ってしまったのを見ると、寂しくなった。
 リジーはレストランのテラス出入り口の隅でひとりになった。


♢♢♢


「こんばんは、ジョン。こんな所であなたに会えるなんて嬉しいわ」
「こんばんは。ミセス・クラウド」
「意外だわ。ジョンが女の子を連れてるなんて。しかも仮装? かかし? かしら」

 女性客は、肩まで大きく襟の開いたラメ入りの深緑のドレスを着ていた。
 ドレスに長いウェーブの金髪が映えている。
 女性客はジョンに近寄ると、髪につけてある枯草を弄ぶ。

「パレードに参加したので、この<オズのかかし>の格好です。彼女はオーナーの親戚で……」
「今日はシンドバッドさんは?」
「来ていません。先日はありがとうございました。あのキャビネットは、お店に合いましたか?」
「ええ、あなたのアドバイス通り銀食器を飾ったら、豪華な雰囲気も出てすごく良い感じの店になったわ」

 女性客が美しい微笑みを見せる。

「それは良かったです。オーナーにも伝えておきます。では、彼女をあまりひとりにしたくないので、これで失礼します」
「待って!」

 きびすを返そうとするジョンの腕を、女性客が掴んだ。

「1曲くらい踊らない? いいでしょう? 丁度曲が変わったし」

 パーティ会場に流れていた音楽がムードのあるスローな曲に変わり、中央のフロアでは男女のカップルが身体を寄せ合い踊り始めている。
 女性客はジョンの首に腕を回し、身体を摺り寄せた。
 きつい香水の匂いにジョンは顔をしかめる。

「申し訳ありませんが、彼女のことをオーナーから頼まれているものですから……」

 ジョンは女性客の腕を静かにほどいたが、内心今まで視界の端でとらえていたリジーの姿が急に消えたので焦っていた。

「本当に彼女ドロシーを見張る<かかし>なのね。いいわ、行きなさい」

 明らかに顔色を変えたジョンに、女性客は呆れたように手を振った。

「失礼します!」


 ジョンは悔やんだ。やはり、彼女のそばを片時も離れるべきではなかった。

(何かあったのか? リジー! どこだ!?)


♢♢♢

 リジーはジョンが離れてすぐは、チラチラとジョンと女性客を見たり、俯いたりしながら、身の置き場がないまま隅にいたのだが……。

(素敵な大人の魅力にあふれた女の人。ジョンとバランスがとれてて、お似合いな……)

 ジョンの首にマニキュアが塗られた美しい手と腕が回されるのを見て、リジーは息苦しくなった。
 思わず目を瞑り、背を向ける。


「きみ、迷子のドロシー? かかしやライオンとはぐれたの? 俺が虹の都に連れて行ってあげようか?」

 知らない声が近くで聞こえて、リジーはビクッとした。
 昔のカウボーイのような仮装をした中年の男がにやにやとリジーに声をかけてきた。

 しかもケープの中の背中にさらりと触れて、外へ誘おうとしてくる。
 男から強いお酒の匂いがした。

「やめてください! お断りします!!」

 リジーはゾっとして、反射的に男から離れて人々の中に逃げ込んだ。

(もう、なんなのよ、あの男の人! 気持ち悪い!)

 人を掻き分け、やみくもに前に進んだ。

(ジョン……)

 ジョンの名前を心の中で呼んで、彼から離れてしまったということに気が付く。
 立ち止まり、後ろを振り返る。男は追いかけては来ていないようだが、ジョンの姿も見えない。
 リジーは途方に暮れた。

(ジョンが手を差し出してくれたのは、やっぱり夢だったの? 桟橋に誘ってくれたのも)

『店のお客様だ……』

(そう言ったんだから……ジョンは嘘はつかない。もとの場所に戻るとあの男の人がいるかもしれない。レストランの中にいれば、どこにいてもジョンなら私を見つけてくれるよね)

 気持ちを落ち着かせてはみたものの、心に不安が広がる。
 その時目線の先に、偶然ライオンの尻尾のある背中が見えて、リジーは大きく安堵した。
 サムがいる。リジーはその背中に向かって進み始めた。


♢♢♢


 サムはキョロキョロとレストラン内を見渡していた。
 最近ずっと気になっていた女性が、確かにいたのだ。

 以前から、何度か<タコガーデン>に来ていた客のひとりだ。
 残念ながらカップルで来ていたのだが、まさに自分の好みのタイプだった。
 まるで雌ライオンのような凛々しい女性。気の強そうな口元。印象的な光を放つ緑の瞳。見事なブロンド。
 いつもヒスパニック系のがたいの良い大男と店に現れる。
 カップルのようなのに、彼女はあまり楽しそうではない。男が話すのを相槌をうちながら聞いてはいるが、どこか上の空。
 自分がつけ入る隙があるのでは、と自分に都合の良いように思っていた。

 たまに視線が合う。もちろん自分が仕事中でも四六時中見てるから合うのも当然だった。
 合えば、やった! とばかりに極上スマイルでアピールするが、は? と返される目線が氷の矢のようで、なんだかいい感じにぞくぞくする。

 それがサムにはたまらなく魅力的だった。

 実はあのくらいの美人がねらい目だったりする。
 あんな子をとろかしてみたい。
 自分だけに向ける笑顔を見たい。

(ジョンに言ったら、多分、馬鹿扱いされるな。まあ、嗜好だから仕方がない)

 彼女は、ジュリア・ブロンディ。
 密かに心の中で自分が名付けた女性。
 彼女は、今このレストランの中にひとりでいる。


 そして、ライオンは、ようやく狩りの獲物ターゲットを見つけた。

(いた! ジュリア!)

 これは声をかけろという天の思し召しだ、と勝手に解釈したサムは、すぐに行動に移した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...