いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

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ハロウィーン編

49 彼と彼女の攻防

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 サム視点の話になります。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 サムとアイリーンは、ジョンとリジーがベンチで寄り添ってるのを、少し離れた茂みから見ていた。

「見てみなよ。なんだか良い感じになってない? あのふたり。クロウの奴、早くリジーにキスすればいいのに。そうしたら……俺たちも」
「あれはどう見ても、具合が悪くなったリジーをジョンが介抱している感じよね。行ってあげなくて大丈夫かしら」

 アイリーンは涼しい顔をしている。

「大丈夫だよ。クロウはリジーを介抱するのが大好きなんだ。あいつの至福の時を邪魔しないでやろうよ」
「そうなの?」
「色々な愛の形があるのさ」
「……」
「じゃあ、俺たちも安心していちゃいちゃしますか?」

 サムはアイリーンの肩をグイと引き寄せた。

「ちょっと、やめ……て」

 油断していたのか、サムの力にアイリーンが怯んだようだ。
 サムはアイリーンから身体の強ばりを感じたので、力を緩め、髪を撫でるだけにした。

(柔らかい、肩でさえ。ブルネットに戻された髪も)

「きみがあの大男に触れられたり、いろんな事されてたと思うと悔しいな」

 サムはアイリーンの頭上で呟く。

「あいつに何回抱かれたの……?」

 素早くサムから離れ、身を翻したアイリーンがきつい目つきをして、サムの頬を叩いた。

 パシっと音がして、サムは頬に痛みを感じた。
 サムは避けなかった。

「低俗な質問しないで!! あなただって悪魔と言われるくらいなんだから、相当な場数を踏んでるんでしょ」
「それ、ひどいな」
「ひどいのはどっちよ!」

 アイリーンが拳を握り締めて、口元を震えさせている。
 サムは自分の本心から漏れてしまった言葉を悔やんだ。

「ごめん、謝るよ。嫉妬した」

「嘘つき。あなたのそばにいたら笑顔でいられるんじゃなかったの?」

 ぷいと横を向いたアイリーンの頬が涙で濡れている。
 サムは指でそれを優しく拭った。

「本当にごめん」

 サムはアイリーンの涙に驚いていた。

(言い方はきついけど、意外ともろいんだな。彼女を泣かすなんて、俺は最低だ。だけど、こんな馬鹿な俺だって俺だから。ごめん、アイリーン)

「言っておくけど、私、カトリックの信者なの……。だから、婚前交渉はしないから。トニーはそれで私以外の女と付き合っていた。自分の好きに扱える女とね。それを知ったから別れたかったし、別れた。未練もない。あなたも期待してたならおあいにくさま。そういうことだから、性的な相手が欲しいなら別の子を探して」
「じゃあ、まさか……ジュリアじゃなくてマリアだったか」

 サムはきっと自分が馬鹿みたいに嬉しそうな顔をしてると思って、表情を引き締めた。

「なによ、その顔は。最初はみんなそれでもいいって言うのよ。トニーだって。それなのに、だんだん本性を現してくる。無理やり襲われそうになったこともある。あなたは違うかもと思ってたけど、結局同じよね」
「まあね、俺も男だから好きな子には触れたいし、はっきり言って抱きたい」

 サムはアイリーンが目を伏せ、落胆するのを見た。

「……ジョンとリジーには心の結びつきが見える。だから、羨ましい……」
「へえ、夢見がちな少女なんだな、きみは。夢を壊すようで悪いけど、幻想だよ。気が付かなかった? 俺から見れば、ジョンの目は欲望の色に染まってる」
「そんな言い方……」

 アイリーンの自分を非難するような口調に、サムはニヤリと笑う。
 そして、アイリーンを横に抱き上げた。

 アイリーンが驚いて、目を見開く。

「なにするのよ! 降ろしてよ!」
「嫌だ。男はみんなそんなもんだと思ってなよ。口にするかしないか、我慢するかしないか、行動に移すか移さないかの違いだけで、頭の中は大して変わらない。泣かせたお詫びにご希望の場所まで運んであげる。俺の夢見るお姫様」
「あなたの姫になったつもりはないけど? お詫びはいらないから、とにかく早く降ろして。こんな人の多い所で、恥ずかしいじゃない!」
「だ~め。きみは俺の戦利品だから。見せつけてやる」
「誰に勝利したっていうのよ?」
「俺以外のすべての男」
「いつの間にか壮大な規模の戦いがあったのね」
「まだ別の戦いが残っている」
「別の?」
「今度は俺の心の中のミクロの戦い。相手は欲望という名の悪魔。道は長く険しい……」
「それは大変ね」
「まるで他人事だな。純潔の姫」
「恥ずかしいこと言わないで」
「いずれ必ず俺がもらい受ける。覚悟しておいて」

 アイリーンが頬を染めたので、サムは満足した。
 意味を理解したようだ。

「……あなたが言うと、いやらしく聞こえないのはなぜかしらね」
「俺が好きだからでしょ? フィルターがかかるから」
「その自信は顔から来るの?」
「俺も言っておくけど、この容姿だから相当遊んでると誤解されるし、実際よく女が寄って来る。俺、昔から構われ過ぎて、人間嫌いなんだ。女ばかりの家に育ったから、女にも飽きてた。まあ、多少遊んだことはあるけど、そんなに深く女の子と付き合ったことないんだ。だからきみに悪魔呼ばわりされたのは心外なんだけど。きみのことは本気だから、本音で付き合いたいと思ってる」

 サムが真剣に見つめると、アイリーンは視線を泳がせた。

「俺に色目を使わない女がいいんだ。きみは最初は俺に興味なかっただろう?」
「……」
「リジーも俺に色目を使わない。だから安心して友人として付き合える。まあ、最初からジョンしか見てなかったんだろうがな」
「……」
「こんな俺は嫌?」
「そんなことは……」

 アイリーンは身体をすくませ、なかなかサムと目を合わせようとしない。

(たまに見せるこの恥ずかしそうな感じが、またたまらないんだよなあ)

 サムはアイリーンを抱く腕に力を込める。
 
「なら、その、婚前交渉はだめとして、どこまで……いいの? キスはいいんだよね?」
「馬鹿なの?」

 アイリーンの緑色の瞳に、挑むような強い光が戻った。

「馬鹿だよ」
「さっきは叩いて悪かったと思ったけど、もう一度叩きたくなってきたわ」
「叩いたのはやっぱり俺を好きだからだよね? 癖になりそうだ。俺がまずい事しそうになったら、叩いていいから。逆に叩かれるまでは攻めてもいいってことか」
「え? なんだか頭痛がしてきた」
「馬鹿な俺にとっては切実な問題だからね」
「そういうあざとい目つきやめて」
「楽しくなってきた」

 サムはツンと構えるアイリーンとの攻防が楽しくて仕方がない。

「お手洗いに行きたい。だからここで降ろして。お手洗いに運んでもらう訳にはいかないから」
「俺は平気だけど?」
「私が嫌なの。降ろして! 馬鹿みたいに懲りない人ね」

 サムはようやくアイリーンを降ろした。
 ふたりの攻防戦は、どちらが勝者かはわからないが、アイリーンはしっかりとした足取りでサムから離れた。
 アイリーンの後ろ姿は何か決意を固めたかのように堂々としていて、サムは自然と笑みを浮かべていた。


♢♢♢♢♢♢


 帰路は、サムが車の運転を申し出た。
 サムの希望で、助手席にはアイリーンを座らせた。

 後部座席では、ジョンと隣り合わせに座ったリジーが、あっという間に眠気に襲われたようで、頭をぐらつかせている。
 サムは、ルームミラーからふたりの様子を眺める。

「寝ていたらいい。最近仕事が忙しくて疲れているんだろう?」

 ジョンの手が伸びて、リジーの頭を肩に寄りかからせた。

「! そんな、悪いよ」
「いいから、おやすみ。僕も寝たいから。サム、悪いが寝させてもらう」

 ジョンが運転席のサムに声をかける。

「どうぞどうぞ、おふたりで夢の世界へ行ってらっしゃい! きみも寝ていいよ、アイリーン。安心して、寝てるきみには何もしないから」
「一言多いんだから。嘘じゃないわよね」

 アイリーンが疑ぐり深い顔を向けてくる。

「寝てる時に何かしても、反応が無くてつまらないからね」
「おやすみなさい!」

 アイリーンはすぐさま聡明な光を放つ綺麗な緑の目を閉じた。

 サムはアイリーンの無垢な寝顔を時折眺めながら、用心深く車を走らせた。
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