いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

文字の大きさ
73 / 95
クリスマス編

73 クリスマスパーティ

しおりを挟む
「ジョン。私の口紅が……ついてる」

 リジーはジョンの唇にうっすらと残る自分と同じ色に気が付いて、慌ててテーブルの上に置いてあった紙ナプキンの束に目線を向ける。

「きみも直さないとね」
「!」

 唇を両手で隠すが、原因を作った張本人の前では意味をなさない。

「手を降ろして。僕はきみの素顔の方が好きだ。今日はそのままでいてくれる?」
「え? う、うん……」

 リジーより先に紙ナプキンを手にしたジョンに顎に手を添えられ、唇を優しく拭われた。
 同じナプキンで自身の唇も拭く仕草に目が釘付けになり、息を飲んだ。

(身体がおかしい。ジョンの操り人形になったみたい)


「じゃあ、下へ行こうか」

 ジョンのいつもの穏やかな低い声に、リジーは自然に頷く。
 促されて部屋を出た所で、ジョンの長い腕に腰を引き寄せられた。

「あ……」
「身体、まだ辛いだろう?」
「だ、大丈夫なのに!」

 硬い胸をやんわり押し返してはみたものの無駄な抵抗に終わり、ジョンにしっかり腰と腕を支えられ、リジーまさに操り人形のように階段を降りることになった。




「やっと来たか」

 不機嫌な顔を露わにしたサムに手招きされた。
 サムはブルージーンズに白いシャツというラフな服装だったが、元がまばゆい見た目なのでそれなりに様になっていた。

「ごめんね。お待たせ、サム」

 パーティ用のクラッカーをほら、と渡される。
 

 見渡すと、リビングは軽く着飾った人々であふれていた。
 隣近所の人々や、親戚が招待されていると聞いていた。
 女性たちは、明るい色彩のシンプルなドレスやワンピース姿が多く見られた。そしてきらびやかなアクセサリーやドレスのラメやビーズには目がくらむ。
 逆に男性陣はシャツにタイをしていたり、セーターやカーディガンを軽く着こなしていたりと、自由な装いだった。

「リジー、ジョン、とても素敵だこと」

 サムの隣にいたダイアナに、ふたり一緒に抱きしめられた。

「ありがとうございます」
「ありがとうございます。ダイアナさん」

 リジーはまだ頬に熱がこもったままだった。

「ダイアナさんも、素敵ですよ」
「ありがとう、ジョン!」

「その赤いケープはもしかしてお手製ですか?」
「そうなの。サンタクロースをイメージして作ったのよ」
「可愛いです!」
「ありがとう、リジー」

 ダイアナは、白いコットンの縁取りの赤いケープを肩にかけていた。
 胸元のブローチがユーモラスなトナカイの顔なのが微笑ましかった。


「リジー、なかなか。20歳くらいに見えなくもない」

 サムはリジーを冷やかすことを忘れない。

「サム、なによ、その微妙な褒め方!」

 

「みなさん!! サンタクロースの家のクリスマスパーティにようこそおいで下さいました。この家のあるじニコラスにかわってご挨拶いたします。ニコラスはあとで参りますので、先に楽しく過ごしましょう。みなさまが健やかに過ごされた1年に感謝するとともに、そして来年もみなさまにサンタクロースの祝福がありますように。メリークリスマス!!」

 薄紫色のベルベットのワンピースを着たリンダの挨拶が終わると、あちこちからクラッカーが鳴らされ、続いて飲み物のグラスが持ち上げられた。


「「メリークリスマス!」」
「「ハッピーホリディ!」」

 人々の笑顔とかけ声が、クリスマスの装いの華やかなリビングに広がった。

 リジーも弾んだ声を上げた。
 こんなに賑やかなホームパーティは初めてだった。


 カラフルなオーナメントで美しく飾られた大きなクリスマスツリーに、温かい暖炉やライトの光。

 周りには自分を受け入れてくれる親しい人たち。
 隣を見上げれば、優しく視線を受け止めてくれる愛しい人がいる。

(幸せ……)

 今まで、クリスマスは楽しくても心のどこかで寂しかった。
 父親がいなくなってしまったことを思い出す日でもあったから。
 今日は寂しい思いは少しも感じない。
 これからはジョンがそばにいてくれる。
 この先のクリスマスもずっと。
 それだけで、心は幸せで満たされる。


「リジーちゃん、ちょっとジョンを借りても良いかしら?」
「は、はい?」

 ジュースのグラスに口を付けながら、ぼーっと幸せな気持ちに浸っていたリジーはダイアナに声をかけられ我に返る。
 人々は、話をしたり、飲んだり、食べたり、思い思いに過ごし始めていた。

「リジー、ちょっと行って来る。サム、リジーを頼む」

「OK。リジー、お目当てのごちそうはあっちだぞ」
「私がすごく食いしん坊みたいな言い方しないでよ」
「だって、花より食べ物のほうが好きだろう?」
「でも、食べ物より素敵な家やインテリアの方がもっと好きだもん」

 リジーがサムに意見している間に、ジョンはダイアナに連れられて行ってしまった。
 ダイアナの友人がいたようで、ジョンを紹介している。

「ばあちゃんも、よくやるよなあ。ジョンを見せびらかしに行ったぞ。おっかしいの。ヴィーたちもハイエナのようにジョンを目で追ってる」
「え?」

 リジーは急に胸がモヤモヤした。
 今まで感じたことのない感覚だった。
 サムの姉妹とその友人たちの集団は色とりどりのドレス姿が眩しく、花の咲き乱れる花園のようだった。
 リジーは、自分では頑張った方だと思っていたが、実は地味だったかなあと少し気持ちが沈んだ。
 しかも顔に傷ありだ。

「あそこは華やかに見えてもハイエナの花園だからな。俺は子リスのそばの方がいいや。まあ、俺は害虫だし、花園にはおよびじゃないから安心だがな」

 サムは二カッとした。

(サムったら、自分で害虫だなんて)



「やあ、サム。しばらくで帰って来たんだな」

 サムと同じような色彩を持つ爽やかな男性ふたりが、笑顔で声を掛けて来た。

「おまえらも来てたのか……」

 サムは目を逸らし、面倒くさそうな顔をした。

「恋人連れで帰って来たのか?」
「この子は友達だ」
「なんだそうか。初めまして。僕はサムの従弟で近所に住んでるマークスです。こっちは弟のダグラス」
「初めまして。リジーです」

 リジーは緊張しながら挨拶した。

「サム、おまえの恋人じゃないなら、彼女を誘ってもいいか?」
「リジー、どうする?」

 サムに尋ねられ、リジーは驚いた。
 ジョンのことが頭に浮かぶ。

「あ、私は……ちょっと。……ごめんなさい」

 たどたどしく断った。

「その方が賢明だ。魔王同伴だからな」

 サムがさらりと言う。

「魔王?」

 マークスとダグラスがぽかんとする。

「いや、吸血カラス」
「吸血カラス!?」

「あっ、と、私、やっぱりお料理を先にいただこうかな! 失礼します!!」

 リジーは熱くなった頬を押さえ、サムを引っ張ってその場から慌てて逃げた。


「サムったら、魔王とか、カラスとか酷い!」
「だって、本当のことだろ?」
「もう!」

 リジーはむつけているのに、サムは晴れやかに笑っていた。
 リビングの窓際のテーブルには、大皿にこんもりとおいしそうな料理が盛られていた。
 リジーはそれにうっとりとする。

(あとでリンダさんにレシピを教えてもらおう)

 ターキー、ローストビーフ、チリビーンズにヌードルスープ、マッシュポテト、ポテトグラタン、野菜のソテー、マフィン、クロワッサンなどが並べられていた。
 どれから食べようか集中して吟味する。


♢♢♢


「子リスはやっぱり色気より食い気だな……」

 サムはとうとうハイエナの花園に連れて行かれるジョンを横目で見ながら、料理の前でそれを凝視して動かないリジーを見て呟いた。
 リジーは、どれにするか決意したように迷いなくカラフルな紙皿に料理を取り始めた。

「サムは食べないの?」
「ああ、まだね」

「ふ~ん。うわ~、これ美味しい!!! 幸せ!!!」

 リジーは料理を堪能しながら、クリスマスツリーの近くにあるお菓子のテーブルにも視線を巡らせていた。
 サムはその様子に思わず噴き出す。

(ジョンも気の毒に。カラスの視線は一方通行か)

 サムは胸に下がっているリングを思い出し、握りしめた。



♢♢♢



 ジョンは、リジーを目の端で気にしながらも、自分に興味を持ってくれているダイアナたちを無下にはできなかった。
 女性には優しく紳士的に接するようにデイビッドから指導されていたジョンは、それが身についてしまっている。
 それが仇となり、なぜか女性たちに囲まれてしまっていた。
 リジーに男たちが寄って行ったときは、さすがに身動きのとれない自分を呪ったが、リジーが逃げたのでホッとした。
 ただ、サムを引っ張って行ったので、胸が苦しかった。
 自分に目もくれないで、料理に夢中になっている姿はそれほど嫌ではないのに。
 サムと視線が合うとニヤリとされ、ジョンはかなりムカついたが顔には出さない。

 リジーを自分の腕の中に閉じ込めていたい、自分だけを見て欲しいという仄暗い欲望を感じる。
 一方で若さと好奇心に溢れ、光を纏う彼女を束縛してはならないと強く思う。

(このクリスマスが終わるまでは、きみに寄り添い、きみのことだけを想い、きみと楽しい夢を見ていたい。その後はまだ考えない。考えたくない……)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

処理中です...