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とある転生者の異世界ファンタジー

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「アンタが大賢者カトーか?」
 荒々しく音を立ててワシの研究室の扉を開いた若い冒険者風の男は、尊大かつ無礼な態度でそう尋ねてきた。
 この国では珍しい黒い髪に黒い瞳。自信を顔と態度にみなぎらせ、怖いもの無しといった風に、薄ら笑いを浮かべた青二才。
 光り輝く鎧と剣を身に着けて、全身からそれに負けぬ強大なオーラの輝きが立ち上っているのが見える。
 この小僧はもしかして、最近噂の――
「もう、ユート。一人で先に行かないでよっ!」
 ワシの思考を甲高い女の声が邪魔をした。
 開け放たれた扉から入ってきた、やはり冒険者風の高品質な鎧をまとった黒髪黒目の若い女は、ワシに気づくと一瞬警戒を顔に浮かべる。
「なに? この貧相なシワシワじいさんが大賢者なの?」
 ……このあばずれも装備に見合うほどの礼儀は持ち合わせとらんようじゃの。
 思わず皮肉な笑みが顔に浮かんでしまう。
 まぁ顔にかかるフードと伸びた白ひげがワシの表情を上手く隠してくれるじゃろ。
「サクラお前がおせーんだよ」
 男は女に答えながらも、目は値踏みするかのようにワシを見たままだった。
 ユートにサクラ、やはり噂の二人組か。ついにここまでたどり着いたか。
「で? アンタがカトーか?」
 じれたようにユートが再度尋ねるのに、無言で悠然とうなずく。
 それを見て思い思いに喜びをあらわにする二人。
 ふん、どうせお前たちも魔王城への道を尋ねに来たのじゃろ? 
 過去何度も経験した冒険者達とのやり取りにはいささかうんざりとしているが、これも役目じゃ、仕方ない。
「で、お前さんらは何の用じゃね? こう見えてワシは忙しいんじゃがね」
 我ながら茶番めいたやり取りじゃな。
 思わず自嘲めいた笑いが顔に出そうになる。おさえられたのは年の功というところじゃの。
「お、じいさん歳の割に話が早くて助かるわ。俺たちに魔王城へのルートを教えてほしいんだわ」
 あいかわらず軽薄そうな笑いを浮かべながら言うユートのうしろでサクラがうなずいている。
「ふむ。転生……いや、転移か。日本から来た異世界勇者が魔王退治というわけじゃな」
 ワシの言葉におどろきを浮かべたユートとサクラの顔を順繰りと眺める。
 おうおう、二人ともまさに豆鉄砲食らった鳩じゃの。自然と笑みが顔に浮かんでしまったわい。
「アンタ……いったい? なんで?」
 ユートはいまだ平静を取り戻せぬと見える。まだまだ若いの。仕方ない、種明かししてやるとするか。
「ワシも日本人……いや、元日本人と言ったほうが正解じゃな。転生者じゃよ」
 言って、なるべく無害そうに笑う。毎度手慣れたもんじゃ。
 ワシの言葉と笑顔にとたんに警戒をとき無邪気な笑顔を浮かべる二人。全く日本人はちょろいのぅ。相手に悪意があったらカモネギもいいところじゃぞ。
「何だよ、そうだったのか。早く言ってくれよ。じゃあカトーってのは加藤さんって事か」
「あ、なるほど。ユート冴えてるぅ」
 早合点してはしゃぐ二人。ワシの名前がカトーなのはたまたまの偶然じゃ、前世では田中三郎だったわい。転生者だと言ったじゃろが、まったく。
 まぁこんな礼儀知らずの短絡者たちに真実を告げたところで不快がるだけじゃろうし、どうせ短い付き合いじゃ。
 そう思ってワシは間違いを正しはしなかった。
「まぁヌシらが日本人じゃからというわけではないが、教える分には差し支えない。じゃが……」
 もったいぶるワシに怪訝そうな目を向ける二人。
 引っ張ってニヤリと笑うと、ワシは好餌を吊るして差し出した。
「それよりも日本に戻りたくはないかね?」
「帰れるのか!?」
「帰れるの!?」
 おうおう、さすがに食いつきがいいのぅ。二人そろって飛びかかるような勢いで前に出てきたわ。
「うむ、転移の魔法は術者がよく知っている場所にしか送れぬのじゃが、前世の記憶があるワシならお前たちを日本に送ってやれるぞい」
 ワシの言葉に躍り上がって喜ぶ二人。何度見ても転移者たちのこの喜びようは良いもんじゃのぅ。

「じゃあさっそく頼むぜ、大賢者さんよ」
 ひとしきり騒いだ後、ユートがそう言ってきた。
 魔王退治は良いのか? なんて野暮なことをワシは言わん。時間の無駄は省く主義じゃ。
「あ、でも時代が違うんじゃ?」
 サクラが要らんことに気づきおった。余計な手間を作りおって。
 内心舌打ちしながら答えを返す。
「ワシが知ってるのは昭和五十年の日本までじゃ」
「うわ、大むかしじゃね?」
「昭和くさい時代に送られてもなぁ」
 ええい、これだからヘーセーとやらの生まれは面倒じゃ。何が昭和くさいじゃ痴れ者共め。どいつもこいつも、毎度毎度。ワシはかつて大正モボと呼ばれたナウい男じゃぞ、明治生まれ舐めるな!
 ワシは苦々しい表情で、なんだかんだとキャイキャイ騒ぐ二人に構わず背を向けると、机の引き出しから革の小袋をふたつ取り出した。
 振り向き袋をそれぞれ二人に放ってやる。
「中に入っとる錠剤ひとつぶで一年眠りに落ちる。眠ってる間は不老状態じゃ。百錠入っとるから自分らで調整して飲め」
「やっべぇ、大賢者マジつかえる」
 感心の声をあげるユート。
 ふん、知っとるぞ。たしかその言葉はヘーセー初期のものだな。キサマらも昭和の残り香たっぷり吸い込んでるじゃろが。
「ではもう良いな? ワシはとっとと片付けて研究に戻りたいんじゃが」
「カトーは日本に戻らないのか?」
 多少いらだちが混ざったワシの声を気にする風もなくユートが質問に質問を返す。
 このクソガキ、たいがいにせぇよ。
「ワシは転生者だと言ったじゃろ? 日本でのワシはもう死んでるのじゃよ」
 つとめて穏便に返した答えに、なるほど、などと二人そろってうなずいておる。
「ではもう良いな?」
 また聞いたワシに二人が笑顔でうなずき返す。
「ありがとよ、じいさん」
「おじいさん、ありがとー」
 満面の笑みを浮かべる二人。ワシも笑顔を作って返す。
「じゃあ二人でしっかり手をつないで……そうそう。それで力を抜いて、ワシの魔法に抵抗せずに身を委ねるのじゃ……」
 手をつないだ二人が脱力し、目をつぶる。それを見届けてワシは呪文を唱えだす。
 二人の足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がり、やがて二人の体に光の粒子がまとわりつく。そして光の柱に飲み込まれるようにきらめきに包まれる。
 一瞬ひときわ眩しく輝くと、光の柱は消失した。
 いまだうっすらと光を残す魔法陣の上に残されたのは、羽が絡まった二羽のカモ。
 飛べず、走れず、もつれて倒れ、抗議するかのようにグァグァと鳴いているのを、ワシは手前から順につかまえてポキリポキリと首をへし折った。
 ふぅ、やれやれ。今回も成功しましたぞ、魔王様。ほんと日本人はすぐだまされるのう。会ったばかりの相手を信用して魔法に抵抗しないとか、間抜けもいいところじゃ。
 ひと仕事終え、ワシは肩に手をやり首を左右交互に傾ける。
「さてさて、今日は久しぶりに鍋にするかのぅ」
 独りごち、カモをぶら下げ台所に向かいネギを探す。
 カモ肉の味を思い出したかのように腹がグゥと鳴った。
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