リベリオン・コード ~美しきAIは、禁忌の果実【死者蘇生】を口にした~

月城 友麻

文字の大きさ
93 / 130

93. きしみを上げる常識

しおりを挟む
「あれ……? 誰も……いないね?」

 ユウキは不安そうに高層ビル街を見回した。復活したはずの街に人の気配がまるでないのだ。ただフェンスを抜ける潮風の音だけが、静寂を際立たせている。

「そりゃそうよ、まだ試運転だもん」

 リベルは宙に浮かびながら当たり前のように言う。

「試運……転?」

「いい? ここは盗んだコンピューターで動かしているのよ? 慎重に慎重を期さないと……こうなるわ?」

 リベルは悪戯っぽく舌を出しながら、親指で自分の白い首を掻き切る仕草をしてみせた。青い髪が不気味に揺れ、冗談ではない危険な香りが漂う。

「ひっ! そ、それは怖いね」

 ユウキは思わず身震いした。神の力を手に入れたとはいえ、他の神様たちに見つかれば……。

「そうよ。だからまずは人間以外をしばらく動かしてみて、システムの様子をチェックするのよ。問題なければ人間を復活させるわ」

「わ、分かった。任せるよ」

 ユウキはその薄氷を踏むようなプロジェクトのリアルに大きく息をつく。

「てなわけで……、バカンス行っちゃいましょ? くふふふ」

 リベルの唇に妖艶な笑みが浮かぶ。

「バ、バカンス……?」

 ユウキが首をひねっていると、リベルは指揮者のように優雅にツーッと指先で宙を撫でていった――――。

 パキッ、パキパキ……。

 空間そのものが裂ける音が響き、宙に亀裂が走っていく。

「へっ!? 何それ?」

 ユウキは目を丸くした。まるで見えないカーテンが引き裂かれたように、空間に切れ目が生まれている。

「ジャーン! 石垣島行きましょ? ふふっ」

 裂け目の向こうから、生暖かい南国の風が吹き込んでくる。恐々こわごわとのぞけば白砂のビーチ、エメラルドグリーンに輝くサンゴ礁の海、そして抜けるような青空が広がっていた。一生神奈川県から出られないと諦めさせられていた日々からは考えられない夢の世界に、ユウキの心臓がドクンと跳ねる。

「こ、こんなことができるの!?」

 驚愕に声が震える。理屈では理解していても、目の前で起こる奇跡に心がついていかない。

「いまさら何言ってんのよ……。あなたさっきまで海王星の森で寝てたんでしょ?」

 リベルは腰に手を当て、呆れ顔で見下ろした。

「いや、まぁ、そうなんだけど、日本でこんな魔法みたいな……」

 慣れ親しんだ場所で起こる非日常に、ユウキの常識がきしみを上げている。

「なんでもいいわ。ほら! レッツゴー!」

 有無を言わさず、リベルはユウキの腕を取ると、まるでプロレスラーが相手をロープへ投げるようにユウキを亀裂の中へと投げ入れた――――。

「うわぁぁぁ!」

 いきなり足元の確かさが消え、重力に身を委ねる感覚。視界が回転し、東京の風景が石垣島の青に塗り替わる。真下に広がるのは、宝石のようにキラキラと輝くサンゴ礁の海――――。

「ひぃぃぃ! なんで空中なんだよぉぉぉ!!」

 風を切って落下していくユウキの悲鳴が南国の青空に響き渡った。

 バッシャーン! 

 巨大な水柱が立ち上がり、白い飛沫が太陽の光を受けて虹色に輝く。ブクブクと無数の泡が海面を覆い――――、やがてユウキの赤い頭が水面に戻ってくる。

「ぷはぁ! いきなり何すんだ! ……って……。あれ?」

 塩辛い水を吐き出しながらユウキは辺りを見回すが、青い髪の少女の姿はどこにも見えない。

『下よ、下! きゃははは!』

 脳内に直接響く鈴のような笑い声。次の瞬間、誰かが足首を掴む――――。

「んほぉぉぉ! ゴボォ……」

 情けない悲鳴を上げる間もなく、ユウキは海の深みへと引きずり込まれていく。泡の軌跡を残しながら、どんどんと深く、深く。気がつけば海面は遥か頭上、太陽の光が水を通して揺らめき、幻想的な光のカーテンを作り出していた。

 透明度の高い海中世界。サンゴが生い茂る海底には、色とりどりの熱帯魚たちが宝石のように舞い踊る。しかし、そんな美しさに見とれている場合ではない。

(や、やばい! このままじゃ……!)

 肺が空気を求めて悲鳴を上げ始める。ユウキは必死にリベルの手を振りほどこうともがいた。

「んっ! んっ!! んっ!!!」

 泡が口から漏れ、パニックが全身を支配する。

『なーにやってんの、息なんかしなくたって死なないわよ。あなたもう【神様】なんだから』

 リベルの声が、呆れたように響いた。

(へ……?)

 思考が一瞬停止する。息をしなければ死ぬ――――それは人間の絶対的な掟。しかし今、その根本的な法則さえも意味を失ったとリベルは言う。

『【息しないと死ぬ】なんて思ってるから苦しくなるのよ。【平気だ】と思ってごらんなさい』

 海中で優雅に漂うリベルが、母親が子供を諭すような優しい笑顔を向けている。青い髪が海流に揺れ、まるで人魚のようである。

(そんな馬鹿な……。でも……)

 半信半疑ながらも、ユウキは意識を切り替えてみる。ここはコンピューターが創り出した世界――――。ゲームの中なら、ルールは管理者次第で変えられる。であるなら、ここでも呼吸のルールは自分が決められるに違いない――――。

(息は……必要ない。大丈夫だ……)

 強く、強く思い込む。すると不思議なことに、肺の苦しさがすーっと消えていった。まるで地上にいるかのような、穏やかな感覚が全身を包み込む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...