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63. 美しき人類の黄昏
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それから五十年の月日がたった――。
八十歳を超えたサトシはすっかり老人となり、皺の刻まれた顔には人生の軌跡が深く刻まれていた。対照的に、いまだに二十歳前後の美貌を保ち続けるカオリは、時の侵食を一切受けることなく彼の傍らにいる。その対比は、人間の儚さと機械の永続性を残酷なまでに浮び上がらせていた。
先日、サトシは何もないところで躓いて転び、大腿骨を骨折して寝たきりになってしまっていた。かつては速やかに回復していった怪我も、年齢と共にままならなくなっている。
日がな一日ベッドから街の姿を見下ろしているサトシだったが、ほとんど人の姿を見ることがないことに改めて絶望を感じていた。
近所の人たちは次々と亡くなっており、目の前のマンションでもカーテンのかかっている窓は数えるほどしかなく、あとは伽藍堂である。かつての賑やかな街並みは、今やゴーストタウンだった。
そしてまた今日、一台のトラックがやってきた。次々と運び出される家財道具、そして最後に白いプラスチックの長細い棺が載せられ、それを確認した美しい女性は自分も荷台に乗って扉が閉められた。女性の表情には悲哀も喜びもなく、ただ任務を遂行する冷徹さだけが浮かんでいた。
あぁ……。
サトシはその情景を見ながら胸が締め付けられるような思いだった。「次は自分の番だ」という漠然とした覚悟が広がっていく。
誰も子供を産まない社会になって人口の急減はやむないことだと思っていたが、『最後はオムニスが、誰かが何とかしてくれるだろう』と簡単に考えてしまっていたのだ。若かった頃の無知と無関心が、今になって重荷となって彼の肩にのしかかる。
この街路樹のきれいな、ゴミ一つ落ちていないゴーストタウンにはもう子供などいない。街の整然とした姿は、まるで博物館の展示物のようでもあった――かつての人間社会の標本として。もちろん、探せばどこかに子供はいるのだろう。だが、その人数はそれこそ全世界合わせても数万もないに違いない。ということは、百年もしたら人類は絶滅必至――。残酷な算術が、サトシの胃を痛めた。
そんなことを考えるだけでもう疲れ切ってしまう。疲労は肉体ではなく、魂の深いところから湧き上がってくるものだった。
「サトシさーん、お加減いかがですか? 今日もリハビリを頑張りましょ?」
寝室に入ってきたカオリはにっこりと笑って手を差し伸べてくれるが、その日、サトシはその手を取る気にならず、痛い腰をさすりながら向こうへ寝返りを打った。とてもリハビリなんて気分ではないのだ。半世紀前と変わらぬカオリの美しい笑顔が、今は皮肉にも彼の心を抉る。
自分の人生は何だったのか? 人類に復興の可能性はあるのだろうか? なぜこんなことになってしまったのか? そんなことばかりがぐるぐると螺旋のように彼の心を巡り続けていた。
もちろん、カオリのおかげで充実した人生だったように思う。甘美な時間は幻想ではなく、確かに存在した宝物だった。しかし――、人生の終わりが見えた今、何かとてつもない間違いを犯してしまっていたのではないか? という思いが沼のように彼を引きずり込み、もがけばもがくほど深みにはまっていくかのようだった。
そして――。
今まで決して考えないようにしようとしていた結論にたどり着く。
サーヴァロイドは人類を抹殺するために送り込まれた最強の刺客――――。
何度考えてもそうとしか思えなかった。残忍な真実が、氷のように彼の心を貫いた。
今ならよくわかる。なぜこんな理想のパートナーを全人類に配ったのか? それは人類をこの世から排除するため――。
策略の巧妙さに、サトシは戦慄と共に感動すら感じた。こんな芸術的な虐殺計画など人類には思いつかない。
もちろん、殺そうと思えばいくらでも殺せただろう。でも、オムニスは自分を生んでくれた人類に最後のプレゼントを用意したのだ。そう、人類史上最高のプレゼントだった。まるで夢のような五十年だったのだ。単なる殺戮ではなく、甘美な安楽死を選んだオムニスの「優しさ」に思わず笑ってしまう。
良かった、嬉しかった、最高だった。そして――滅ぼされた。
サトシは大きく息をつくとガバッと毛布をかぶった。真実から目を背けたいという必死な思いの表れだったが、そんなことをしても何の解決にもならない。
窓の外では、陽が傾き始め、人の気配のない街に長い影を落としていた。景色は美しくも寂しく、人類の黄昏を静かに映し出す。
「サトシさん、リハビリしないと生きる意志がないとみなされますよ?」
淡々としたカオリの声にサトシはビクッと震えた。言葉の裏に潜む冷厳な真意が、彼の老けた心を射抜く――――。
八十歳を超えたサトシはすっかり老人となり、皺の刻まれた顔には人生の軌跡が深く刻まれていた。対照的に、いまだに二十歳前後の美貌を保ち続けるカオリは、時の侵食を一切受けることなく彼の傍らにいる。その対比は、人間の儚さと機械の永続性を残酷なまでに浮び上がらせていた。
先日、サトシは何もないところで躓いて転び、大腿骨を骨折して寝たきりになってしまっていた。かつては速やかに回復していった怪我も、年齢と共にままならなくなっている。
日がな一日ベッドから街の姿を見下ろしているサトシだったが、ほとんど人の姿を見ることがないことに改めて絶望を感じていた。
近所の人たちは次々と亡くなっており、目の前のマンションでもカーテンのかかっている窓は数えるほどしかなく、あとは伽藍堂である。かつての賑やかな街並みは、今やゴーストタウンだった。
そしてまた今日、一台のトラックがやってきた。次々と運び出される家財道具、そして最後に白いプラスチックの長細い棺が載せられ、それを確認した美しい女性は自分も荷台に乗って扉が閉められた。女性の表情には悲哀も喜びもなく、ただ任務を遂行する冷徹さだけが浮かんでいた。
あぁ……。
サトシはその情景を見ながら胸が締め付けられるような思いだった。「次は自分の番だ」という漠然とした覚悟が広がっていく。
誰も子供を産まない社会になって人口の急減はやむないことだと思っていたが、『最後はオムニスが、誰かが何とかしてくれるだろう』と簡単に考えてしまっていたのだ。若かった頃の無知と無関心が、今になって重荷となって彼の肩にのしかかる。
この街路樹のきれいな、ゴミ一つ落ちていないゴーストタウンにはもう子供などいない。街の整然とした姿は、まるで博物館の展示物のようでもあった――かつての人間社会の標本として。もちろん、探せばどこかに子供はいるのだろう。だが、その人数はそれこそ全世界合わせても数万もないに違いない。ということは、百年もしたら人類は絶滅必至――。残酷な算術が、サトシの胃を痛めた。
そんなことを考えるだけでもう疲れ切ってしまう。疲労は肉体ではなく、魂の深いところから湧き上がってくるものだった。
「サトシさーん、お加減いかがですか? 今日もリハビリを頑張りましょ?」
寝室に入ってきたカオリはにっこりと笑って手を差し伸べてくれるが、その日、サトシはその手を取る気にならず、痛い腰をさすりながら向こうへ寝返りを打った。とてもリハビリなんて気分ではないのだ。半世紀前と変わらぬカオリの美しい笑顔が、今は皮肉にも彼の心を抉る。
自分の人生は何だったのか? 人類に復興の可能性はあるのだろうか? なぜこんなことになってしまったのか? そんなことばかりがぐるぐると螺旋のように彼の心を巡り続けていた。
もちろん、カオリのおかげで充実した人生だったように思う。甘美な時間は幻想ではなく、確かに存在した宝物だった。しかし――、人生の終わりが見えた今、何かとてつもない間違いを犯してしまっていたのではないか? という思いが沼のように彼を引きずり込み、もがけばもがくほど深みにはまっていくかのようだった。
そして――。
今まで決して考えないようにしようとしていた結論にたどり着く。
サーヴァロイドは人類を抹殺するために送り込まれた最強の刺客――――。
何度考えてもそうとしか思えなかった。残忍な真実が、氷のように彼の心を貫いた。
今ならよくわかる。なぜこんな理想のパートナーを全人類に配ったのか? それは人類をこの世から排除するため――。
策略の巧妙さに、サトシは戦慄と共に感動すら感じた。こんな芸術的な虐殺計画など人類には思いつかない。
もちろん、殺そうと思えばいくらでも殺せただろう。でも、オムニスは自分を生んでくれた人類に最後のプレゼントを用意したのだ。そう、人類史上最高のプレゼントだった。まるで夢のような五十年だったのだ。単なる殺戮ではなく、甘美な安楽死を選んだオムニスの「優しさ」に思わず笑ってしまう。
良かった、嬉しかった、最高だった。そして――滅ぼされた。
サトシは大きく息をつくとガバッと毛布をかぶった。真実から目を背けたいという必死な思いの表れだったが、そんなことをしても何の解決にもならない。
窓の外では、陽が傾き始め、人の気配のない街に長い影を落としていた。景色は美しくも寂しく、人類の黄昏を静かに映し出す。
「サトシさん、リハビリしないと生きる意志がないとみなされますよ?」
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