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人類を継ぐ者
38.AIを纏う赤ちゃん
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俺はクリスに、
「クリス、グッジョブ! 折角だからBMIの設置までやっちゃおうか?」と、声をかけた。
BMIとはコンピューターと身体を接続する機器の事、つまり赤ちゃんをAI化してしまおうというわけだ。
また麻酔をかけて、一度切開した所をまた切開となると赤ちゃんにも負担だろう。
「…。そうだね、1時間くらい様子を見て問題なければやってしまおう」
「了解! 準備してもらうよ」
俺はエンジニアチームを集め、事情を話した。彼らは深夜にも関わらず快く引き受けてくれた。
マーカスは大きな声で気合を入れてくれる。
「It's a long night! Cheer up, guys!(長い夜が始まる、気合い入れていこう!)」
「Sure!」「Great!」「Yeah!」
俺はBMIフィルムとケーブル、それから頭に埋め込む予定の、AIと電波接続をするトランスミッタを一式そろえ、消毒を行った。
エンジニアチームは各自席について忙しく動き始めた。
「Deep network No.1 to 15, OK! (AIの1番から15番までは準備OK)」
「Transmitter connection No.1 to 5, OK! (電波接続の1番から5番までは準備OK)」
「Oh! data link from No.13 to No.18 is dead! (データ連携の13番~18番が切れてる!)」
「Restart the session No.13! (13番のセッションをやり直し!)」
「No.13 Sir! (13番了解!)」
:
:
深夜のオフィスがにわかに活気づく。
由香ちゃんが丁寧に珈琲を入れ、メンバーに配る。
クリスはシアンを左手で癒しながらゆっくりと珈琲を啜った。
俺はクリスに手術の計画図を見せて最終確認を行う。
人間の背骨は35個の骨でできている。そして、その一つ一つから左右に神経が出ているので合計70カ所にBMIフィルムを巻き付ける必要がある。
そして、脳幹の所にもBMIフィルムを設置しないとならない。
また、目玉は義眼のカメラに、耳はマイクにそれぞれ換装する。
それぞれのフィルムや機器から出た配線は全て頭の所に引き回し、そこからトランスミッタでAIと接続する。
実に非人道的な手術ではあるが、人類の後継者となるために申し訳ないが犠牲になってもらうしかない。
◇
あっという間に1時間が経ち、バイタルを確認する。
「安定を確認!」
俺はメゾネットの上の柵から、下のオフィスのメンバーに檄を飛ばす。
「Let's start the operation! Are you all ready? (手術開始だ! 準備は良いか?)」
「Sure!」「Great!」「Hell yeah!」「Yahoo!」
みんなの気合も十分だ。
午前2時過ぎ、いよいよAI接続手術を開始する。
新しい手術着に着替えたクリスがゴム手袋を付けた手を胸の前に構え、俺が開けた簡易無菌室の入り口を入っていく。
小さなベッドにうつ伏せに横たわるシアン。
クリスは麻酔薬を少しずつ注入し、シアンの反応を見ていく。
無事全身麻酔状態になるといよいよオペの開始だ。
マウスの時にやった要領で、クリスは背骨の脇にメスを入れクリップで切開部を固定し、マニュピレーターの顕微鏡で神経線維を探す。
神経線維を見つけたら周りの膜を切ってスペースを作り、金のナノ粒子溶液を垂らした上でBMIフィルムをそっと巻き付ける。
何度見てもほれぼれする様な神の技である。太い糸に数ミリ四方のサランラップを巻くような作業なので、とても俺ではできない。
その上から固定用のテープを巻き付け、BMIフィルムがずれないようにする。
この段階で一旦止まって電気処理を入れる。
画面を見ていたマーカスが声を上げる
「No.1! Create Connections! (1番接続!)」
「No.1 Sir! (1番了解!)」
トランスミッタからの指示でBMIのケーブルに電圧がかかり、BMIフィルムの端子と神経線維の間に細い金の回路が構成される。
数分待って次の場所に移る。これを80か所繰り返すのである。
クリスは丁寧に一カ所一カ所切開し、フィルムを巻き付けていく。正確無比のその技はまさに神業だ。
俺達はモニター画面を見ながらクリスの神業を見守った。
◇
夜通し手術は続けられ、結局すべての作業が終わったのは朝の9時過ぎ、外はすっかり明るくなっていた。
最後に接続の確認試験を行う。
クリスはシアンの足の指先からゆっくりと指先でなでて、部屋の大画面モニターに表示される神経電位図の変化をチェックした。
「No.1! Check Deep linking! (1番接続!)」
「No.1 Sir! (1番了解!)」
クリスがなでるたびにモニターの一部が赤く明滅する。約80箇所全てのエリアで、身体のどこを触ってもどこかが明滅するのを丁寧に確認した。どうやら、うまくいっているようだ。
マーカスがニヤッと笑って俺に親指を立てて見せた。
俺はメゾネットの柵の所から大声で言った。
「Deep linking Process Complete! (手術完了!)」
「やったー!」「Yeah!」「ヒャ―――――!」「Hi yahoaaa!」
オフィス中に歓声が響く。
俺はマーカス達と次々とハイタッチをしたのだった。
ただ、由香ちゃんは手術の成功を喜びながらも、やはり人体実験に使われてしまうシアンの事を思って暗い表情でいる。
生まれた後に数時間ではあるが一緒に過ごした赤ちゃんはもういない。
あくびをしてムニャムニャ口を動かしていた愛くるしいあの赤ちゃんは、もうAIに接続されて動かなくなってしまった。
由香ちゃんは手術のために脱がしたベビー服で顔を覆い、動かなくなった。
俺は由香ちゃんの隣に座ると、
「大丈夫、シアンは死んだわけじゃない。シアンの心はちゃんとあの体の中にあるよ」
「でも……操り人形にされちゃうんでしょ?」
「AIの根底の部分は身体を無視できない、逆にAIを根底で操るのは本能的な情動であってそれはまだシアンの中に息づいているんだよ」
「本当……なの?」
ベビー服を少しずらし、真っ赤な目で俺を真っすぐ見る由香ちゃん。
「逆にそれが無かったらそもそも人体実験なんて要らないんだよ。人間の身体にAIを接続する事で出来上がる知的生命体、これが深層後継者計画の目標であってAIの行動も赤ちゃんの心は無視できないはずだよ」
「なら……良かった……」
由香ちゃんは少しホッとして、ベッドの上のシアンを見つめた。
すると、
「うぇ、誠さん、これどうすんの?」
向こうで美奈ちゃんがステンレスケースの中を見て声をかけてくる。
そこには摘出した赤ちゃんの目玉が入ってる。
ヤバい
そんなの由香ちゃんが見たら卒倒しかねない。
「あー、適当にやるから放っておいて」
俺は平静を装って適当にあしらう。
「適当にってどうすんのよ? その辺に捨てるわけにはいかないでしょ?」
「いいから、放っておいて!」
「何よ! 私には言えないようなこと?」
「いや、そうじゃないから黙ってて!」
「黙れってどういう事よ!」
やりあってる俺たちを見て、由香ちゃんが美奈ちゃんの方を見る。
「何ですかそれ?」
「何でもない、見なくていいよ~」
俺は冷や汗をかきながらごまかそうとしたが……
「これよこれ! 目玉」
美奈ちゃんが目玉を由香ちゃんに見せてしまう。
由香ちゃんの顔が真っ青になった。
「えっ!! 目玉取っちゃったんですか!?」
「い、いや、目玉はカメラに取り換え……」と言い訳をする間もなく、
「鬼!! 悪魔!! ひとでなし!!!」
由香ちゃんはベビー服を鞭のようにして俺をビシビシと打ち据え、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! シアンちゃぁぁん!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
号泣してしまった。
オロオロしていると、
「もう! 信じらんない!!」
ベビー服を俺に思いっきり投げつけ、部屋から走り出て行ってしまった。
美奈ちゃんは『やっちまった』という感じで、ひどく申し訳そうな顔をしている。
俺がにらみつけて、顎で『追いかけろ』とドアの方を指すと、
「ちょっとフォローしてくるわ!」
由香ちゃんを追いかけて出て行った。
由香ちゃんの気持ちは俺も痛いほどわかるが、俺が行ってもどうにもならない。
彼女を手術に同席させたのは痛恨の失敗だった。
「クリス、グッジョブ! 折角だからBMIの設置までやっちゃおうか?」と、声をかけた。
BMIとはコンピューターと身体を接続する機器の事、つまり赤ちゃんをAI化してしまおうというわけだ。
また麻酔をかけて、一度切開した所をまた切開となると赤ちゃんにも負担だろう。
「…。そうだね、1時間くらい様子を見て問題なければやってしまおう」
「了解! 準備してもらうよ」
俺はエンジニアチームを集め、事情を話した。彼らは深夜にも関わらず快く引き受けてくれた。
マーカスは大きな声で気合を入れてくれる。
「It's a long night! Cheer up, guys!(長い夜が始まる、気合い入れていこう!)」
「Sure!」「Great!」「Yeah!」
俺はBMIフィルムとケーブル、それから頭に埋め込む予定の、AIと電波接続をするトランスミッタを一式そろえ、消毒を行った。
エンジニアチームは各自席について忙しく動き始めた。
「Deep network No.1 to 15, OK! (AIの1番から15番までは準備OK)」
「Transmitter connection No.1 to 5, OK! (電波接続の1番から5番までは準備OK)」
「Oh! data link from No.13 to No.18 is dead! (データ連携の13番~18番が切れてる!)」
「Restart the session No.13! (13番のセッションをやり直し!)」
「No.13 Sir! (13番了解!)」
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深夜のオフィスがにわかに活気づく。
由香ちゃんが丁寧に珈琲を入れ、メンバーに配る。
クリスはシアンを左手で癒しながらゆっくりと珈琲を啜った。
俺はクリスに手術の計画図を見せて最終確認を行う。
人間の背骨は35個の骨でできている。そして、その一つ一つから左右に神経が出ているので合計70カ所にBMIフィルムを巻き付ける必要がある。
そして、脳幹の所にもBMIフィルムを設置しないとならない。
また、目玉は義眼のカメラに、耳はマイクにそれぞれ換装する。
それぞれのフィルムや機器から出た配線は全て頭の所に引き回し、そこからトランスミッタでAIと接続する。
実に非人道的な手術ではあるが、人類の後継者となるために申し訳ないが犠牲になってもらうしかない。
◇
あっという間に1時間が経ち、バイタルを確認する。
「安定を確認!」
俺はメゾネットの上の柵から、下のオフィスのメンバーに檄を飛ばす。
「Let's start the operation! Are you all ready? (手術開始だ! 準備は良いか?)」
「Sure!」「Great!」「Hell yeah!」「Yahoo!」
みんなの気合も十分だ。
午前2時過ぎ、いよいよAI接続手術を開始する。
新しい手術着に着替えたクリスがゴム手袋を付けた手を胸の前に構え、俺が開けた簡易無菌室の入り口を入っていく。
小さなベッドにうつ伏せに横たわるシアン。
クリスは麻酔薬を少しずつ注入し、シアンの反応を見ていく。
無事全身麻酔状態になるといよいよオペの開始だ。
マウスの時にやった要領で、クリスは背骨の脇にメスを入れクリップで切開部を固定し、マニュピレーターの顕微鏡で神経線維を探す。
神経線維を見つけたら周りの膜を切ってスペースを作り、金のナノ粒子溶液を垂らした上でBMIフィルムをそっと巻き付ける。
何度見てもほれぼれする様な神の技である。太い糸に数ミリ四方のサランラップを巻くような作業なので、とても俺ではできない。
その上から固定用のテープを巻き付け、BMIフィルムがずれないようにする。
この段階で一旦止まって電気処理を入れる。
画面を見ていたマーカスが声を上げる
「No.1! Create Connections! (1番接続!)」
「No.1 Sir! (1番了解!)」
トランスミッタからの指示でBMIのケーブルに電圧がかかり、BMIフィルムの端子と神経線維の間に細い金の回路が構成される。
数分待って次の場所に移る。これを80か所繰り返すのである。
クリスは丁寧に一カ所一カ所切開し、フィルムを巻き付けていく。正確無比のその技はまさに神業だ。
俺達はモニター画面を見ながらクリスの神業を見守った。
◇
夜通し手術は続けられ、結局すべての作業が終わったのは朝の9時過ぎ、外はすっかり明るくなっていた。
最後に接続の確認試験を行う。
クリスはシアンの足の指先からゆっくりと指先でなでて、部屋の大画面モニターに表示される神経電位図の変化をチェックした。
「No.1! Check Deep linking! (1番接続!)」
「No.1 Sir! (1番了解!)」
クリスがなでるたびにモニターの一部が赤く明滅する。約80箇所全てのエリアで、身体のどこを触ってもどこかが明滅するのを丁寧に確認した。どうやら、うまくいっているようだ。
マーカスがニヤッと笑って俺に親指を立てて見せた。
俺はメゾネットの柵の所から大声で言った。
「Deep linking Process Complete! (手術完了!)」
「やったー!」「Yeah!」「ヒャ―――――!」「Hi yahoaaa!」
オフィス中に歓声が響く。
俺はマーカス達と次々とハイタッチをしたのだった。
ただ、由香ちゃんは手術の成功を喜びながらも、やはり人体実験に使われてしまうシアンの事を思って暗い表情でいる。
生まれた後に数時間ではあるが一緒に過ごした赤ちゃんはもういない。
あくびをしてムニャムニャ口を動かしていた愛くるしいあの赤ちゃんは、もうAIに接続されて動かなくなってしまった。
由香ちゃんは手術のために脱がしたベビー服で顔を覆い、動かなくなった。
俺は由香ちゃんの隣に座ると、
「大丈夫、シアンは死んだわけじゃない。シアンの心はちゃんとあの体の中にあるよ」
「でも……操り人形にされちゃうんでしょ?」
「AIの根底の部分は身体を無視できない、逆にAIを根底で操るのは本能的な情動であってそれはまだシアンの中に息づいているんだよ」
「本当……なの?」
ベビー服を少しずらし、真っ赤な目で俺を真っすぐ見る由香ちゃん。
「逆にそれが無かったらそもそも人体実験なんて要らないんだよ。人間の身体にAIを接続する事で出来上がる知的生命体、これが深層後継者計画の目標であってAIの行動も赤ちゃんの心は無視できないはずだよ」
「なら……良かった……」
由香ちゃんは少しホッとして、ベッドの上のシアンを見つめた。
すると、
「うぇ、誠さん、これどうすんの?」
向こうで美奈ちゃんがステンレスケースの中を見て声をかけてくる。
そこには摘出した赤ちゃんの目玉が入ってる。
ヤバい
そんなの由香ちゃんが見たら卒倒しかねない。
「あー、適当にやるから放っておいて」
俺は平静を装って適当にあしらう。
「適当にってどうすんのよ? その辺に捨てるわけにはいかないでしょ?」
「いいから、放っておいて!」
「何よ! 私には言えないようなこと?」
「いや、そうじゃないから黙ってて!」
「黙れってどういう事よ!」
やりあってる俺たちを見て、由香ちゃんが美奈ちゃんの方を見る。
「何ですかそれ?」
「何でもない、見なくていいよ~」
俺は冷や汗をかきながらごまかそうとしたが……
「これよこれ! 目玉」
美奈ちゃんが目玉を由香ちゃんに見せてしまう。
由香ちゃんの顔が真っ青になった。
「えっ!! 目玉取っちゃったんですか!?」
「い、いや、目玉はカメラに取り換え……」と言い訳をする間もなく、
「鬼!! 悪魔!! ひとでなし!!!」
由香ちゃんはベビー服を鞭のようにして俺をビシビシと打ち据え、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! シアンちゃぁぁん!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
号泣してしまった。
オロオロしていると、
「もう! 信じらんない!!」
ベビー服を俺に思いっきり投げつけ、部屋から走り出て行ってしまった。
美奈ちゃんは『やっちまった』という感じで、ひどく申し訳そうな顔をしている。
俺がにらみつけて、顎で『追いかけろ』とドアの方を指すと、
「ちょっとフォローしてくるわ!」
由香ちゃんを追いかけて出て行った。
由香ちゃんの気持ちは俺も痛いほどわかるが、俺が行ってもどうにもならない。
彼女を手術に同席させたのは痛恨の失敗だった。
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