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66.凌辱と虐殺の絶望

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 二人でボーっと富士山を見ていると富士山のふもとに何か動いているのが見えた。

「あれ何だろう?」

 俺が指をさすと、サラが身を乗り出して見る。途端に険しい表情になった。

「東の国の軍隊だわ……。10万人はいるわね……」
「え? どういう事?」
「今、日本列島は東の国と西の国で2分割されているの。ここ数十年は軍事衝突はなかったんだけど……これは大きな戦争になるわね。ここのところ天候不順で東の国に飢饉が発生していたから、それが引き金になった可能性があるわ。」
「という事は、庄屋さんの村は略奪されるって事?」
「あそこは軍隊の通り道だから略奪は避けられない……でしょうね……」
「え! そしたらディナはどうなっちゃうの?」
「女性はみんな凌辱されて殺される……かな」
「そんな……。西の国の軍隊は何をしてるの?」
「西の国は今、政争に明け暮れていて国がバラバラなの。とてもすぐに十分な軍隊を防衛には当てられないわ」
「俺たちが止めちゃダメなの?」
「地球人たちのやることは地球人に任せるしかないのよ」
「じゃ、見殺しにする以外ないって事?」
「残念だけど……そうする以外ないわね……」
「そんな……」
 ディナが、みんなが酷い目にあって惨殺される……それが分かっていて何もできない……そんな話があっていいだろうか……
 俺は目の前が真っ暗になった。

「知らせる……知らせるくらいならいいですよね?」
「まぁ、いいけど、知らせたって結果は変わらないわよ」
「ジッとしてられないんで行ってきます!」

 俺はすぐに服を着て、庄屋さんの屋敷に飛んだ。
 門番はいきなり出てきた俺に驚いていたが、東の国の大軍が迫ってることを告げたら一緒に走って案内してくれた。

 居室でお茶を飲んでいた庄屋さんは、慌てて飛び込んできた俺を見ても動じずに言った。

「おや、お弟子さんじゃないですか、どうしたんですか?」
「東の国の軍隊が来ます! 10万人規模です!」
 俺が早口で告げると、庄屋さんは一瞬目を見張り、そして瞑って何かを考えていた。
 
「このままじゃ略奪されて皆殺しです。逃げましょう!」
 俺がそう提案すると、

「逃げるってどこに? 我々はこの村でしか生きられない。先祖代々のこの土地が我々の命であり、そこが奪われるのなら死ぬ以外ない」
 庄屋さんは悟った風にそう言い放った。

 そして門番の男に叫んだ、
「鐘を鳴らせ! 全員広場に集合させろ!」

 庄屋さんは逃げないという、であれば村人は全滅だ。せめてディナだけでも何とかならないだろうか? 彼女はまだ15歳、人生これからというのに凌辱されて殺されるなどあっていいはずがない。
 俺は屋敷内を急いであちこち見回った。

 裏の小川で野菜を洗っている女の子を見つけた。走っていくとこちらをチラッと見た。ディナだ。

「何か御用ですか?」
 冷たい言葉を放つ。ご機嫌斜めだ。

「東の国の大軍が来る、ここは戦場になってみんな殺される」
 俺は冷静に説明した。

 ディナは野菜を洗う手を止め、こちらをじっと見た。

「このままじゃディナもひどい目にあって殺される、逃げないか?」
「逃げるって……どこへ?」
「安全な、戦争のないところを探して……」

 ディナはため息をつくと、野菜洗いの作業に戻りながら言った。
「庄屋さんは『逃げる』って言ってるの?」
「いや、逃げないらしい」
「だったら私もここで死ぬわ」
「え? なんでそんなにここにこだわるんだ? 死んだら終わりなんだぞ!」
「私は村の人間よ、村のみんなが『逃げずに戦う』って言ってるのに、私だけ逃げられないわ」
「ディナはまだ若い、逃げたって許されるよ」
「……。」

 野菜を強くゴシゴシと洗うディナ。

「方法は……一つだけあるわ……」
「え? どんな?」

 ディナは野菜を洗う手を止め、涙いっぱいの目で俺を見た。
「マコ様、私と……け、結婚してください……。」
「え!?」
「結婚したら私は村の人間ではなくなる……一緒に逃げられるの……」
 俺はいきなりの事に絶句した。

「ダメ……ですか?」
 俺は何も答えられなかった……

 ディナはその様子を見ると、
「軽い気持ちで声なんてかけないで!!」

 そう叫んで野菜を放り出して走って行ってしまった。
 俺はかける言葉も思いつかず、ただ、走り去るディナを呆然と見送るしかできない……。

 俺はこれまでイマジナリー連発し、神様気分でいい気になってたけど、女の子一人救えないただのクズだという事が露呈してしまった。
 
 もし、サラに『介入してもいいよ』と言われたとしても、俺はこの事態を収められなかっただろう。もちろん、兵士は倒せる。何十万人いようが瞬殺だ。最強チートで無敵だもん。でも、兵士にも家族がいる。被害を東の国側に寄せただけだ。殿様拉致して洗脳する? ここまで来たら殿様が『中止』と言っても止まらないだろう。乱心したと家臣に斬られて終わりだ。
 要は運命なのだ。俺が『神の力』だとどんなにイキがっても運命は変えられないのだ。変えられるとしたら俺がディナと結婚してやるくらい……、でも……、俺が一生ディナの面倒見るの? ディナだけ特別? 由香ちゃんはどうなるの?
 俺は絶望的無力感に苛まれた。


 ゴーン! ゴーン!

 広場の方で鐘が鳴り始めた。
 玉砕ぎょくさい覚悟の戦闘準備が始まるのだろう。
 大軍相手にどれだけ抗戦できるだろうか……30分も持たずに皆殺しだろうな……


         ◇



 城に戻ると、サラは夕暮れの富士山を見ながらワインを飲んでいた。

 しょぼくれた俺の様子を見て、
「知らせても無駄だったでしょ?」
 あっさりとそう言った。

「みんな逃げない、ディナも結婚してくれなきゃ逃げられないって……」
「あら? 結婚してあげたら?」
「いや、結婚ってそういうもんじゃないし……即答できなかった時点で俺の覚悟のなさを露呈しちゃった……」

 俺もワインを注ぎ、ぐっと一気に呷った。

「辛そう……ね、そろそろ帰る?」
「確かに……このままここにいるのは耐えられそうにないです。」

 しょんぼりする俺をしばらくじっと見つめ、そして言った。

「じゃぁ、帰りますか!」

 早く帰りたい……、でも、このまま帰って……いいの?
 俺はしばらくうつむき、考えた。

 確かに俺には何もできない。できないけど何かこう……このやりきれない想いを発散してから帰りたい……。

 そして、サラに言った、
「ちょっとだけ待ってください。最後に一発花火上げるんで」
「花火? いいけど軍隊に攻撃しちゃダメよ」
「……。大丈夫です……」


        ◇


 俺は北極に飛んだ。

 自分の体の重力適用度を0%にし、空中を漂いながら氷山を探す。

「う~寒い!」

 こうやるといいかな?
 サラの真似をして身体の周りにシールドを展開したら、直接寒風が届かなくなって暖かくなった。

 サラの地球に来てもう5日目だ、イマジナリーの使い方はあらかたマスターしてしまった。

 しばらく飛び回っていると小さな氷山を発見。
 海面から出てるサイズが3mくらいだから、全長30mくらいだろう。10階建てのビルサイズ。

 俺は氷山全体をイマジナリーで捕捉すると、右手を高く掲げ、伊豆半島上空100kmに転送した。

 エイッ!

 高度100kmというのはもはや宇宙だ。気圧も地上の100万分の1くらいしかない。
 真っ暗な宇宙をバックに『プシュー』っと、氷山の表面から水蒸気が噴き出しているイメージがイマジナリーの中に見える。

 これを軍隊にぶつければ原爆レベルの爆発が起こり、ディナは助かる。
 助かるが……それは被害を別の人に移しただけだ……。
 
 俺は氷山を保持したままディナを想う。

 ディナ……

 ディナの屈託のない笑顔、照れた時の可愛いしぐさ、そして涙いっぱいの表情……
 一つ一つを丁寧に思い返した。
 最後の悲痛な叫びがまだ耳に残っている。

 涙が自然と溢れてきた。

 いたいけな15歳の少女が酷い事をされて殺される、分かってるのに俺はそれを止められない。
 唯一の解決策、結婚して欲しいという彼女の願いも踏みにじった……。
 最低だ……。

 北極上空で俺はオイオイと泣いた。
 自分の浅はかさ、身勝手さ、無力さ、すべてが嫌になって声を出して泣いた。
 泣いたってなにも解決しない。
 でも次から次へと湧き上がってくる悲しみを、俺は泣くことでしか受け止められなかった。

 ウォゥオゥオゥ……
 情けない俺の泣き声が北極海に響く。

 こぼした涙は展開したシールドの底で白く凍り、シールドと干渉して『パキッ』と乾いた音を立てる。

 顔はもうぐちゃぐちゃだった。

 ……。

 俺はゆっくりと深呼吸をし、気持ちに整理をつけた。

 そして、顔を上げ……氷山に集中した。

「目標! 名古屋!」
 
 そう叫ぶと、俺は氷山に秒速20kmの速度を付与し、ありったけの想いを込めて西に飛ばした。


        ◇


 城に戻ると、サラが火球かきゅうとなった氷山を見ながら笑っていた。

「あはは、誠は面白いことやるわねぇ」

 火球は大軍の上空80kmで大爆発して3つに割れ、さらに名古屋の方へと飛んで行った。
 その後何回か爆発を繰り返しながら、最後には溶けて消滅した。伊豆から名古屋まで十数秒の壮大なショーだった。

 爆発があった周囲では激しい衝撃波が地表を襲い、兵士たちは地面に倒れ、馬は逃げ出した。
 俺のささやかな抗議の意思表示だ。

 名古屋の方では『何かとんでもない事が起こる前触れ』として人々が騒いでいる。
 注意喚起には成功したようだ。
 これで少しでも被害が減ってくれればいいな。

 ディナも当然見ただろう。俺からの最後のお別れの挨拶だ。
 想いを受け止められなくてゴメン。身勝手でゴメン。

 俺は君のヒーローにはなれなかった。

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