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3-16. 魔物の津波

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 翌日、ギルドに行くと、ロビーでジャックたちと談笑してたギルドマスターが、うれしそうに声をかけてきた。
「ヘイ! ヴィッキー! 噂をすれば何とやらだ。大活躍だったそうじゃないか!」
「ギルドの名誉を傷つけないように頑張りました」
 ヴィクトルは苦笑しながら返す。
「いやいや、さすが、頼もしいなぁ!」
 マスターはヴィクトルの背中をパンパンと叩いた。
「主さまは素晴らしいのです!」
 ルコアも得意げである。
「あー……。それで……だな……」
 急にマスターが深刻そうな顔をしてヴィクトルを見た。
「何かありました?」
 ただ事ではない雰囲気に、ヴィクトルは聞いた。
「実は暗黒の森が今、大変なことになっててだな……」
「スタンピードですか?」
 ヴィクトルは淡々と聞く。
「へっ!? なんで知ってるの!?」
 目を丸くするマスター。
「奴らが襲ってきたら殲滅せんめつしてやろうと思ってるんです」
 ヴィクトルはこぶしをギュッとにぎって見せた。
「いやいや、いくらヴィッキーでも殲滅は……。十万匹もいるんだよ?」
 眉をひそめるマスター。
「十万匹くらい行けるよね?」
 ヴィクトルは横で話を聞いていたジャックに振る。
「ヴィ、ヴィッキーさんなら十万匹でも百万匹でも瞬殺かと思います……」
 ジャックは緊張した声で返す。
「へっ!? そこまでなの?」
 絶句するマスター。
「主さまに任せておけば万事解決なのです!」
 ルコアは鼻高々に言った。

「百万匹でも瞬殺できる……、それって、王都も殲滅できるって……こと?」
 圧倒されながらマスターはジャックに聞いた。
「ヴィッキーさんなら余裕ですよ」
 ジャックは肩をすくめ首を振る。あの恐ろしい大爆発をあっさりと出し、まだまだ余裕を見せていたヴィクトルの底知れない強さに、ジャックは半ば投げやりになって言った。

 マスターは、可愛い金髪の男の子、ヴィクトルをまじまじと見ながら困惑して聞いた。
「君は……、もしかして、魔王?」
 ヴィクトルはあわてて両手を振りながら答える。
「な、何言ってるんですか? 僕は人間! ちょっと魔法が得意なだけのただの子供ですよ! ねっ、ルコア?」
「主さまは世界一強いのです! でも、残念ながら人間なのです」
 ルコアはそう言って肩をすくめた。
「残念ながらって何だよ!」
 ヴィクトルは抗議する。
 マスターは真剣な目でヴィクトルに聞いた。
「世界征服しようとか……?」
「しません! しません! 僕はスローライフを送りたいだけのただの子供ですって!」
 ヴィクトルは急いで首を振り、苦笑いを浮かべながら言った。
 マスターは腕組みをして眉をひそめ……、しばらく考えたのちに、
「人類の脅威となる軍事力がスローライフをご希望とは……世界は安泰だな」
 と、肩をすくめた。
 ヴィクトルは話題を変えようと、冷や汗をかきながら聞く。
「スタンピードはいつぐらいになりそうって言ってました?」
 マスターは宙を見あげながら答える。
「えーと……、早ければ明後日。王都からは遠征隊が計画されていて、もうすぐギルドにも正式な依頼が来るみたいだけど……」
「来なくても大丈夫ですよ。片づけておきますから」
 ヴィクトルはニコッと笑った。
 マスターはヴィクトルをじっと見て……、相好を崩すと、
「活躍を……、期待してるよ」
 そう言って右手を出し、ヴィクトルはガシッと握手をした。

      ◇

 二日後、ユーベに十万匹の魔物が津波のように押し寄せてきた。土ぼこりを巻き上げながら麦畑をふみ荒らし、魔物たちは一直線にユーベの街を目指してくる。

「うわぁぁぁ、もうダメだぁ!」
 この街を治める辺境伯、ヴィクトルの父でもあるエナンド・ヴュストは、押し寄せてくる魔物の群れを城壁の上から見て絶望した。無数の魔物たちの行進が巻き起こす、ものすごい地響きが腹の底に響いてくる。
 やがて先頭を切ってやってきたオークの一団が城門に体当たりを始めた。城門はギシギシときしみ、いつ破られてもおかしくない状態である。兵士たちが城門の上から石を落とし、魔導士がファイヤーボールを撃ったりしているが、圧倒的な数の暴力の前に陥落は時間の問題だった。
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