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3章 真実への旅

3-6. マンタが語る真実

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 俺は美しい入り江、川平かびら湾に向けて高度を落としていく。徐々に大きくなっていく白い砂浜にエメラルド色の海……。俺は船尾から先に下ろし、静かに着水した。
 カヌーは初めて本来の目的通り、海面を滑走し、透明な水をかき分けながら熱帯魚の楽園を進んだ。
 潮風がサーっと吹いて、ドロシーの銀髪を揺らし、南国の陽の光を受けてキラキラと輝いた。
「うわぁ……まるで宙に浮いてるみたいね……」
 澄んだ水は存在感がまるでなく、カヌーは空中を浮いているように進んでいく。

 俺は真っ白な砂浜にザザッと乗り上げると、ドロシーに言った。
「到着! お疲れ様! 気を付けて降りてね」
 ドロシーは恐る恐る真っ白な砂浜に降り立ち、海を眺めながら大きく両手を広げ、最高の笑顔で言った。
「うふふ、すごいいところに来ちゃった!」

 俺はカヌーを引っ張っり上げて木陰に置くと、防寒着を脱ぎながら言った。
「はい、泳ぐからドロシーも脱いで脱いで!」
「はーい!」
 ドロシーはこっちを見てうれしそうに笑った。

 軽装になったドロシーは白い砂浜を元気に走って、海に入っていく。
「キャ――――!」
 うれしそうな歓声を上げながらジャバジャバと浅瀬を走るドロシー。
 俺はそんなドロシーを見ながら心が癒されていくのを感じていた。

「はい、じゃぁ潜るよ」
 俺はそう言って自分とドロシーに、頭の周りを覆うシールドを展開した。こうしておくと水中でもよく見えるし、会話もできるのだ。
 俺はドロシーの手を取って、どんどんと沖に歩く。
 胸の深さくらいまで来たところで、
「さぁ、潜ってごらん」
 と、声をかけた。
「え~、怖いわ」
 と、怖気おじけづくドロシー。
「じゃぁ、肩の所つかまってて」
 そう言って肩に手をかけさせる。
「こうかしら……? え? まさか!」
 俺は一気に頭から海へを突っ込んだ。一緒に海中に連れていかれるドロシー。
「キャ――――!!」
 ドロシーは怖がって目を閉じてしまう。
 俺は水中で言った。
「大丈夫だって、目を開けてごらん」
 恐る恐る目を開けるドロシー……。
 そこは熱帯魚たちの楽園だった。
 コバルトブルーの小魚が群れ、真っ赤な小魚たちが目の前を横切っていく……。
「え!? すごい! すごーい!」
「さ、沖へ行くよ」
 俺はドロシーの手をつかみ、魔法を使って沖へと引っ張っていく。
 サンゴしょうの林が現れ、そこにはさらに多くの熱帯魚たちが群れていた。白黒しま模様のスズメダイや芸術的な長いヒレをたくさん伸ばすミノカサゴ、ワクワクが止まらない風景が続いていく。
 透明度は40メートルはあるだろうか、どこまでも澄みとおる海はまるで空を飛んでいるような錯覚すら覚える。太陽の光は海面でゆらゆらと揺れ、まるで演出された照明のようにキラキラとサンゴ礁を彩った。
「なんて素敵なのかしら……」
 ドロシーがウットリとしながら言う。
 俺はそんなドロシーを見ながら、心の傷が少しでも癒されるように祈った。

 さらに沖に行くと、大きなサンゴ礁が徐々に姿を現す。その特徴的な形は忘れもしない俺の思い出のスポットだった。
 俺はそのサンゴ礁につかまると言った。
「ここでちょっと待ってみよう」
「え? 何を?」
「それは……お楽しみ!」
 しばらく俺は辺りの様子を見回し続けた。
 ドロシーはサンゴ礁にウミウシを見つけ、
「あら! かわいい!」
 と、喜んでいる。

 ほどなくして、遠くの方で影が動いた。
「ドロシー、来たぞ!」
 それは徐々に近づいてきて姿をあらわにした。巨大なヒレで飛ぶように羽ばたきながらやってきたのはマンタだった。体長は5メートルくらいあるだろうか、その雄大な姿は感動すら覚える。
「キャ――――!」
 いきなりやってきた巨体にビビるドロシー。
「大丈夫、人は襲わないから」
 優雅に遊泳するマンタは俺たちの前でいきなり急上昇し、真っ白なお腹を見せて一回転してくれる。
「うわぁ! すごぉい!」
 巨体の優雅な舞にドロシーも思わず見入ってしまう。
 ただ、俺はその舞を見ながら気分は暗く沈んだ。このスポットは前世で俺が遊泳していてたまたま見つけたマンタ・スポットなのだ。広大な海の中でマンタに会うのはとても難しい。でも、なぜか、このスポットにはマンタが立ち寄るのだ。そして、地球で見つけたこのスポットがこの世界でも存在しているということは、この世界が単なる地球のコピーではないということも意味していた。地形をコピーし、サンゴ礁をコピーすることはできても、マンタの詳細な生態まで調べてコピーするようなことは現実的ではない。
 俺はこの世界は地球をコピーして作ったのかと思っていたのだが、ここまで同一であるならば、同時期に全く同じように作られたと考えた方が自然だ。であるならば、地球も仮想現実空間であり、リアルな世界ではなかったということになる。そして、この世界で魔法が使えるということは地球でも使えるということかもしれない。俺の知らない所で日本でも魔法使いが暗躍していたのかも……。
 しかし……。こんな精緻な仮想現実空間を作れるコンピューターシステムなど理論的には作れない。一体どうなっているのか……。

 もう一頭マンタが現れて、二頭は仲睦まじくお互いを回り合い、そして一緒に沖へと消えていった。
 俺は消えていったマンタの方をいつまでも眺め、不可解なこの世界の在り方に頭を悩ませていた。
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