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第46話 side優汰②
しおりを挟む僕が自分のことを俺と呼ぶようになって、大学院の研究も一息ついた頃、おじいちゃんおばあちゃんに会いに行った。
おばあちゃんは寝たきりになっていて、俺のことがわからなかった。
おじいちゃんは、杖なしでは歩けなくて、もう農業をやっていなかった。
あんなに大切にしていた畑や田んぼは、手放してしまっている状態だった。
何故早くに声をかけてくれなかったのか、おじいちゃんを責めてしまった。
おじいちゃんは
「もういいんだ。守るものがなければ、優汰は戻って来れなくても気に掛けなくて良いだろう?そうしたら、優汰が好きなことに打ち込めるじゃないか。優汰が頑張っているのも聞いてるよ。今も変わらず農業に取り組んでいるんだろう。おじいちゃんは優汰を応援してるよ。優汰が頑張っている、その話を聞ける、それだけで充分なんだ。久しぶりに会いに来てくれてありがとうなぁ。おじいちゃんは嬉しいよ。」
俺が頑張ってきたのはおじいちゃんとおばあちゃんに楽させたかったからだ。一緒に大切な田んぼや畑を守っていきたかったからだ。
今はもう、その大切な守るものが何もない。
俺が手放させてしまった。
目の前の楽しいことに夢中になっておじいちゃん達に会いに来ることさえしなかったくせに、自分1人で守りきれるだなんて、一丁前に楽をさせてやりたいだなんて、なんて浅はかで傲慢なんだ。
俺は泣いた。自分の愚かさに。
そうして、より一層研究に没頭していった。
研究は、とてもハッキリしている。結果で良し悪しがハッキリと現れて、とても楽だった。
楽しい事はとことん楽しく。研究は寝る間も惜しんで。休みの日は泥のように寝て。
1年があっという間に過ぎて行った。
おばあちゃんが亡くなり、その後を追うようにおじいちゃんもすぐに亡くなってしまった。
研究を成功させる度、名声が上がっていく。
開発料も手に入った。
両親は掌返しだった。
お前は昔から凄かっただの、未来の先駆者だの色々褒めていたけど、全く嬉しくなかった。
いつも夢に見るのは、おじいちゃんとおばあちゃんと畑を弄りながら笑い合う姿だった。
焦がれる場所
俺の思い出の場所
2度と戻れない場所
おじいちゃんとおばあちゃんの七回忌を終わらせ、お墓に参り、帰ろうと立ち上がった時、足元が光った。
気が付いたらベッドの上。何もない空間。何でここに居るのかもわからない。
でも、どこか気が楽だった。
何もしなくても良い時間
何も考えなくても良い時間
追い立てられるように結果を求める日々も、求めてやまない場所もない日々。
俺の他にもどんどん目が覚めて人が増えて、自分が何をして生きてきたかを軽く話した後は雑談。
楽しかった。
でもそのうち、また研究に戻りたくなった。やる事がない日々は案外つまらなくて、暇だと逆にイライラするんだなぁと知った。知らない間にまたあれこれと研究のことを考え出していた。
そんな時に目覚めた女の子。
千早と名乗っていた。
虚弱体質なんだなぁと思った。とにかく直ぐに倒れたり気を失ったりするんだ。
優しくしてあげなきゃなって思った。
意外にも千早とのやり取りは面白かった。着目点が人と違って、思いもよらない答えが返ってきたり、時々鋭いことを言っていたり。不思議な女の子だった。
なんかおかしいなと思ったのは千早じゃないと言った時から。自分の名前間違うわけないでしょっと思いながらも、やり取りは変わらず楽しくて深く考えていなかった。
虐待されて育ったと聞いた時、感じたのは少しの嫌悪感。今の時代にそんなことする親なんているわけないと思った。俺の両親だって一緒にいる時は寄り添おうとしてくれたし、話くらい聞いてくれたんだよ?
俺はわかっていなかった。わかろうとする気さえなかった。おじいちゃんとおばあちゃんと楽しく幸せに暮らしてきたんだ。それでも少しの考え方の違いや少しの言い合いくらい俺にだってあったよ。俺だって辛い事がなかったわけじゃない!少しの不幸をひけらかすなんて卑怯で狡いとすら思った。
そんな事で気を引こうとするなんてという子供染みた思いに駆られた。
震えたり過呼吸起こしたり泣き叫んだり、どれも演技にしか見えなかった。
大袈裟。小賢しい。腹が立つ。
これが紫愛に対する俺の本心だった。
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