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第69話 自己紹介 中休み
しおりを挟む優汰の涙が止まり、鼻を啜ってグジグジしていると
「いつまでそうしているつもりだ、離れろ。」
と悪鬼な顔で優汰と私を引き剥がしたあっくん。
***いくら魔法で清潔に保たれると言われましても、一瞬で元通りという訳ではございません。元通り綺麗で清潔になるまで1分少々お待ちくださいませ***
つまり、私のお腹部分は今涙と鼻水まみれ。
私の天使2人にならいくら汚されたって構いやしないが、髭面のオッサンのこれは流石に気持ち悪い。
泣きたいのはこっちである。
「カオリーーーン!」
「はいはい、紫愛ちゃんこっちに行きましょうね。」
とベッドのほうに連れて行ってくれる。
「川端君、男性陣を壁におでこをつけた状態で立たせておいてちょうだい。見張りお願いね。」
「Yes,ma'am!!!!」
あっくんはテキパキと男どもを壁に寄せていく。優汰だけが泣き腫らした顔で
「なんで川端さんだけ見張りなんだよ!」
と、抵抗をみせるが
「黙れ、壁とキスしたくなかったらさっさと動け。」
本場仕込みは凄いな。壁とキスとか日本人なら絶対言わないし、下手すりゃ実力行使に出るっていう意味すら通じないよね?
「なんだよそれ!俺は覗きなんかしない!」
なおも抵抗する優汰。
ほら、意味通じてないよね?
「壁に!顔を!叩きつけられたくなかったらサッサと動け!」
優汰の顔に顔を近付けながら圧をむけるあっくん。ようやく渋々動いたよ。
「Mission completed ,ma'am!!!!」
「Well done.」
カオリンまで返事が英語!
「カオリン、もしかして面白がってる?」
「あらわかる?フフッ」
わかるよそりゃあ!悪ノリカオリンも美しいけども!麗はあっくんを笑いながら見張ってる、つもりらしい。
もうさっさと終わらそう。
水の玉をササっと出し既に乾いているTシャツを脱いでその中でグルグル回転させ取り出す。1分程待てば乾きそれを着る。
もう既に乾いて綺麗な状態に戻ってたけど!これは気分の問題だから!
大した時間は使ってないからみんな疲れていないだろう。
「みんなお待たせ!もういいよ!あっくんありがとうね。」
「どういたしまして。」
悪鬼は去った。笑顔だ。
こうして自己紹介を再開しようとしたところで食事が届き、食事をしながらでは話す人だけ食べられないとなり、それぞれが食事を済ませてから再開することになった。
異世界人達はサッサと追い返し自分達で配膳をし食べようとした時、優汰が近づいてきた。
「紫愛ちゃん、ちょっといい?」
「今!?ご飯食べてからじゃ駄目なの?冷めちゃうよ。」
「食べ終わってからだと邪魔が入りそうだから。」
「2人で話したいってこと?」
優汰が無言で頷く。
「後にして。」
「でもそれじゃ「後で2人で話そう。配慮するから大丈夫。今じゃなきゃ駄目な理由が他にもあるなら考えるけど?」
「ない。じゃあ後で、必ず2人で。」
「わかった、約束する。だからとりあえずご飯食べよう。」
2人で話したいことってなんだろ?
まさかさっきの話まだ続くの!?
もう終わったよね?
また鼻水まみれ嫌なんだけど!
気分が沈む。折角綺麗にしたのに!
「しーちゃん。」
心の中で溜息を吐いていたらあっくんに声をかけられた。
まさかあっくんまで食事の邪魔を!?
「やだ。私はご飯を食べるんだから。」
まだ何も言われてないけどとりあえず拒否の意思は出していかないと!疲れたんだからとりあえず食べて落ち着きたいの!
「俺も一緒に食べていい?」
「へ?何で?」
予想外。
「しーちゃんと一緒に食べたい気分だから。駄目?」
気分ときましたか。
ご飯を誰と食べるか。
これはとても重要で大切。
一緒に食べる人でご飯の味が変わるんだ。
実家で食べるご飯は、無味とは言わないがあまり味を感じなかった。生きる為に食べる。ただそれだけの行為で、食べることに煩わしさすら感じていた。
でも、親方達とご飯を食べるようになってから味の感じ方が変わった。親方の奥さんのご飯を食べさせてもらうようになるとそれはかなり顕著になり
「何でこんなに色んな味がするの?」
と、奥さんに聞いたことがある。奥さんは首を傾げながら
「色んな味って、ご飯は料理の最中に味付けをするからこういうモノだと思っているんだけど、どういう意味なのかしら?千早ちゃんの好きなご飯はなぁに?」
「雑炊かおかゆ。」
「柔らかめのご飯が好きなのかしら?雑炊なら、具は何が好き?野菜?きのこ?卵だけの雑炊が好きな人もいるわよね。」
「具?具は入ってない方がいい。流し込むのに邪魔になるから。」
「え?味や食感が好きというわけではないの?」
「味?はよくわからないけど、食感はない方がいい。」
「それはなぜ?」
「噛む時間がもったいないから。」
それを言ったら奥さんは黙ってしまった。
「おい千早、お前飯は何だと思ってる?」
「何って死なない為。」
「それ以外には?」
「それ以外に理由があるの?」
そう言ったら親方まで黙り込んでしまった。
暫くしてから
「お前、飯はうまいと思ったことあるか?」
「特にはない。」
「じゃあ苦手な、、嫌いな味はあるか?」
「酸っぱいのと苦いの。」
「おい、お中元でもらったジュースとかゼリーの詰め合わせあったろ!あれ全部持ってこい。」
「はいはい、ちょっと待っててくださいね。」
そして、奥さんが持ってきてくれたその中身を味見させられることになった。
ジュースを全種類箱から出してコップに注がれ、飲んで感想を言えと言われた。
種類はオレンジ、グレープフルーツ、グレープ、アップル、ピーチ、パイナップルだった。
結果だけ言えば、飲めたのはピーチだけ。
グレープフルーツに至っては飲み込むことも出来ず、胃の中のものまで吐き戻してしまった。
親方に無理に飲ませて悪かったと謝られ
「千早、これらはな、全部子供が好きな飲み物なんだ。グレープフルーツだけは大人が好きな人が多いがな。全部飲んでみて感想は?美味かったか?」
「全部まずい。オレンジ、グレープフルーツ、グレープは口にしていい物なのかさえ怪しい。」
「甘味は?」
「甘味はある。でもそれに勝る酸っぱさと苦味。腐ってるのを誤魔化したいのかと思った。それか有毒か。」
親方と奥さんは顔を見合わせる。
「千早、病院行くぞ。」
「何で?」
「お前多分味覚障害だ。」
そして病院での診断は過度なストレスによる味覚障害だった。
酸味と苦味は人間の生死に直結する、物の傷みや毒に繋がる感覚。それだけが異常に感じられるというよりは、他の味をほとんど感じていないから余計に敏感になっているのでは、との分析。
長年に渡りこの状態だったことを考えると完璧には治らないかもしれないが、感じ始めてはいるので今の環境を大切にして心穏やかに過ごす様に。他にも露呈していないだけで今後様々な問題がでてくるであろうことも同時に伝えられた。
精神科にも少しの間通わされたけれど私には合わず、通院した日の帰りはいつも私の様子がおかしいことに親方が気づき、改善していたはずの味覚がまたおかしくなり出し、通院で余計なストレスが増えるなら本末転倒だからもう行かなくていいと言われた。
親方や奥さんがずっと気にして食事にも気を遣ってくれ、2年程でかなりの改善がみられた。
1人暮らしを始めて1人で食事をとる様になって、味は感じるはずなのに美味しく感じないことに気がついた。親方の所で仕事をしている時は、親方がいなくても他の土木の仕事仲間達と食べていて、ほとんど1人での食事はなかったのだ。
そしてマッキーと仲良くなり一緒にご飯を食べる様になって再び美味しく感じる様になり、ようやく、誰と食べるのかが重要なのだとわかった。
「あっくんは私とご飯食べたら美味しいって感じると思う?」
「だから誘ってるんだけどなぁ。しーちゃんはどう?」
「美味しいと思う!」
「じゃあ決まりだね。俺の分持ってくるから待ってて。」
親方達と食べるご飯は美味しかった。あっくんと食べるのも同じ感じだろう。
それから私のベッドに隣同士で座りながら、これが美味しいこっちはイマイチだと笑いながら食べるご飯はとても美味しく感じた。
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