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第99話 sideギュンター①
しおりを挟む私は今、宰相だ。
陛下は昔、第一騎士団の団長。私は副団長だった。
この国は完全実力主義。
それは皇帝という立場でも変わらなかった。
陛下は団長だった頃から脳筋の類いの人間だった。お陰で私は昔から苦労した。
だが、皇帝陛下になる時に宰相に指名され、副団長の時から団長を支えたのも、宰相として新たに皇帝陛下になる団長を支え続けることを決めたのも、一重に陛下の人柄が理由だった。
陛下は自ら、自分は皇帝の器ではないと常々言っていた。武力のみ強いだけの者が国の頭になるべきではない。と。
しかし、それは違うと思った。
皇帝陛下は国の顔。
何かあれば武力で対抗しなければならない。上の者が代表として出て行かなければならない時、武力のない者では命の危険もあり、対人間であれば相手に舐められることにもなる。
頭を使うことならば周りが助ければ良い。
それに何より、陛下は他人を思い遣れる人物だった。
現場ではどんな立場の他人の意見でも聞き、俯瞰で物事を見定め、自分が納得すれば受け入れられる。
そして、他人を褒めることができた。
それは簡単なようでいて難しい。
権力や実力があれば尚の事。
本来であれば、普通の団員が団長に意見を発言する行為すらなかなか難しい。
だが、団長だった頃から団員達からの意見の持ち込みは少なくなかった。
この団長になら話を聞いてもらえる、と周りの人間が理解していたからだ。
3年の長い引き継ぎを終え、宰相として陛下の横に自信を持って立てるようになった頃、“アレ”が光りだした。
そろそろの時期だとは思っていたが、どうにか私達の代ではないようにと祈る気持ちは叶わなかった。
地球という別の世界から魔素と共に人を呼ぶ。
これに陛下は懐疑的だった。
人を呼ぶことへの非人道性は元より、こちらにも被害はある。どうにかならないのかとあらゆる手段を用いていたが、迫る時期、現状の問題に焦りが募るばかりで何も成果は得られないまま、実行する他なかった。
学者達には、我々が弱体化しているせいで、こちらの被害が想定よりも増える危険性も伝えられていた。あまりにも魔力が少ない平民ではどれだけかき集めても魔法陣の起動には至らない。
しかし、地球から魔素と人を呼ぶという行為は上の者しか知り得ない秘匿情報だ。
そこで、三男以下の比較的魔力が多い戦力外の歳をとった男子、女子の貴族を90人ほど集め魔法陣を起動した。
それ以上集めることはできなかった。
いざ起動させると、その者達は全員死亡。
周りを固めていた戦力である騎士達も学者も軒並み巻き込まれ、112人もの死者を出した。
生き残ったその場の者はごく僅か。
そして得られた人数はたったの8人。
想定を遥かに上回り、余りにも採算が取れない。
昔の記述には、地球人達と交わり様々な問題を解消してきたとされていたが、見た目があまりにも違う。年齢がわからない凹凸の少ない顔に、色見は平民のそれに近い。私達と子を成すことなど、可能かさえ怪しい。
だが、その者達から溢れる魔力がそれらを吹っ飛ばした。
脳裏に浮かぶのは、歪んだ醜い感情。
この者達を監禁し、孕ませ子を産ませ、男達は種馬にする。
だが、陛下はそれを許さないだろう。
起動が終われば即座に地球人達は白い箱へ運ばなければ死んでしまう。
白い箱へ運べば必ず陛下も確認しに行く。
秘密裏に行うことは不可能。
ここで陛下の善良さが、初めて仇になるのではと感じた。
予想通り、陛下は3年の魔力制御中に懐柔することを提案してきた。
だが、この案も悪くはないのだ。
懐柔に成功すれば、より我等の為になる働きをしてもらえるのだから。
だが、魔力制御も操作も簡単にモノにされてしまった。
私の腹心がメイドに紛れ確認しに行っているので制御ができてしまったことは確定だ。
しかも魔力が多い2人。
因子検査に必要な物を欲しがるならば操作もある程度モノにしているだろう。
時間稼ぎに本を与える選択肢をしてしまったことが悔やまれる。
対峙すれば元の世界へ戻せの一点張り。
そこで私の馬鹿息子が剣を向けた。
あの部屋で魔法を使うことは許可されていない。陛下もいるのだ。万が一でもあってはいけない。相手から魔法が使われた場合でも、陛下は身も守れる。守る為の魔法具も持っている。実力で倒せば或いは…と思ったが、一瞬で倒されたのは息子の方。
見た目はまだ少女。身体も小さい。それが、魔力も使わず実力のみで息子を倒したのだ。
終わった。
そう思った。
何1つ勝るところがなく、誘拐されたと敵意剥き出しなのだ。
間違いなくここの者達は殺されるだろう。
だが、川端と名乗る1番の魔力持ちの者が仲裁に入ってくれた。
お互いに利用し合おう、と。
この者を懐柔できれば…と思ったが、あの冷たい視線に全てを見透かされる気持ちだった。
今すぐには無理だ。焦ってはいけない。時期を待とう。
だが、そんな時期は来なかった。
馬鹿息子を紫愛様の護衛につけろと言われ、チャンスだと思った。
息子を呼び出し、これから誠意を見せ、服従し、油断させ懐柔しろと指示を出す。
だがこの馬鹿は頷かない。
陛下への無礼が許せない、と。
こいつは陛下がまだ団長をしていた時に新入りだった自分を助けられたことがある。話を聞いてもらっていたことも知っている。
もはや崇拝者だ。
だが、そんなことはどうでもいい。陛下とて地球人達の状況、心情を皆に説明し、自分への無礼は許容せよとお達しを出したんだ。
それなのに陛下の言葉にも納得せず、周りが見えていない。
それこそが裏切りであるのに。
息子は馬鹿の割には、団長としてよくやっていると思う。周りの支えを受けながらではあったが、陛下を目標にしているだけあって許容できないようなことはしない。
だが、良くも悪くも真っ直ぐ過ぎる。
柔軟性が足りず、自らの考えに溺れ、他者を思い遣ることができない。
大きな失敗がないせいで誰にも否定されない。
受け入れられ続けている。
自尊心だけがどんどんと積み上がって行く。
私の意見も聞きはしない。
護衛として陛下にも紫愛様達にも誓いを立てたはずなのに、紫愛様に敵意を向け続ける。
だが、紫愛様はそんな息子を歯牙にも掛けない。
本当に弱いと認定している。
そんな態度は自尊心の塊の息子にとって許し難いだろう。
そんな時、息子が信頼を寄せている副団長であるラルフが紫愛様の護衛につきたいと嘆願した。
私も驚いたが、息子の驚愕はそれ以上であっただろう。
紫愛様も困惑していた。
それにも構わずラルフは自分の気持ちを語る。
息子を倒してでも護衛につきたいとなりふり構わぬその姿は、息子との対峙を覚悟してのモノだろう。紫愛様に受け入れてもらえず下がる時に息子へ向けたあの表情と捨て台詞。
侮蔑と嫌悪の入り混じった顔で、恨むと言った。
まさかそこまで2人の関係は悪かったのか?
確かにラルフはいつも息子の尻拭いをしているが、私とて副団長であった時は団長の尻拭いに奔走していた。それは副団長の責務でもある。上に立つ者が必ずしも善良で優秀とは限らない。
第一騎士団員の息子への不満も聞かないわけではなかった。
だが、第一騎士団に所属するだけでも誉れなのだ。多少の不満はあっても辞める者はいない。
地球人達が来てから、息子の態度は更に頑なになってしまった。私の意見を聞こうともしない。前はここまでのことはなかったというのに。少しずつ少しずつ、更生へ導いて行っていたのに全てが水の泡だ。
そして、事は起こるべくして起きてしまった。
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