水と言霊と

みぃうめ

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第151話    side亜門 葛藤①

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 しーちゃんがアイツと引き篭もってから、気分は最悪だった。

 ベッドで抱き合って寝ているのを見た次の日も、しーちゃんはアイツと部屋から出てこなかった。
 一瞬出てきたと思えば、アイツの食事を作りに行き、アイツのために怒っていたとラルフから聞いた。

 アイツはしーちゃんに会いに行ったわけでもないのに、しーちゃんが優しいのを良いことに部屋に入り込み、あの容姿でしーちゃんをたらし込んだに決まってる!!
 弱いフリしやがって!
 腹ん中は真っ黒だったってわけか!
 巫山戯んじゃねぇー!!!

 怒りと嫉妬に支配されて暴れ回りたいのを必死に抑える。


 アイツを選んだのはしーちゃんだ。


 わかってる。
 応援しなければいけない。
 俺が口を挟むことじゃない。
 しーちゃんの幸せを壊すようなことは絶対に許されない。
 俺の気持ちはしーちゃんには関係ない。


 自分の気持ちをなんとか心の中に留めるように意識と覚悟をする。


 次の日の朝食も、しーちゃんは出てこなかった。
 戦場でしーちゃんを守れるのは俺1人。
 訓練をサボるわけにはいかない。
 部屋の中でもひたすら魔力操作を行う。
 魔力だって元は俺の中から出てきたモノだ。
 思うように動かせないなんてことあるはずがない。
 訓練場でもひたすら熱源をイメージし、フィンガースナップを起点に火に持っていく。

 なんとか火は出せるようになった。

 だが、それだけ。
 この火をどう有効的に利用するか…
 俺にとって威力の高い火は爆弾から生み出されるような認識だ。手榴弾1つとっても、あれは着火用の化学物質を反応させて起爆させているんだ。
 化学物質なんてここにはない。
 化学式も知らない。
 例え化学式を知っていたとしても作り方さえ知らない。
 物があれば爆弾も作ることは可能だが、作る材料がなければ話にならない。
 中衛で可能な威力のある攻撃…

 駄目だ、思いつかない。

 自分では自分の枠から抜け出せない。

 こんな時しーちゃんと話せれば、俺とは違う視点を得られるのに…
 何もやれることがないのにいつまでも練習場にいても仕方ない。
 一通りやれることの復習と、威力が高まるか、魔力の消費量を抑えて同じことが可能か、確認してから部屋に戻ろう。

 だが、ここで気がついたことがあった。
 風で物を切り落とすのは、正直なところ全く魔力の消費を感じていなかった。
 だが、土魔法は違った。
 地面を動かすというイメージに引っ張られているせいか、かなりの魔力消費を感じていたそれが、かなり少なくなっている。

 何故だ?
 魔法を使うことに慣れてきたから?

 ……そういえばこっちの奴らは魔力操作の訓練を欠かさないとラルフが言っていたな。
 俺もそれは自室で時間の許す限り行っている。
 操作の訓練で威力が上がり、魔法を発現する時間が短縮されると言っていた。
 だが消費量が抑えられるなんてことは言ってなかったはずだ。
 実際は威力が上がるのと時間短縮だけではなく、消費も抑えられてもいるのにそれに気がついていないのか?
 何故?


 ……ああ、なんとなく理由がわかった気がする。
 貴族の上であるならば、弱い魔法など打っていては蹴落とされる。それほど弱い魔法しか発現させられないなら俺の方が上だと言うやつらばかり。
 だから手加減なんてしない。
 いつも全力で魔法を使っている。
 手加減や威力の調整など考えもしない。
 つまり、いつも全力で必死なんだ。
 消費が抑えられているのにも気がつかないほどに。
 抑えられているからこそ魔法の発現回数も増えるはずなのに、全てを威力に全振りしているから回数よりも威力。
 だから気がつけないんだ。

 何回魔法を発現させても魔力が有り余るようなラルフやヴェルナーや皇帝は、発現回数など気にも止めていない。魔力量によるゴリ押しで通ってしまうからだ。
 だが魔力量の少ない下の者はそれでは済まない。
 威力よりも回数だ。
 魔法の発現回数はそのまま生存に直結する。
 いざという時に魔法が使えなければ死ぬだけだ。

 もしかして下の者の方が魔力操作がうまいのか?
 下の者がこだわるのは威力ではなく回数だろう。
 上位の貴族達が前線に出ることなどあり得ない。
 死ぬ可能性の最も高い所、前線にいるほとんどの者が中位かそれに準ずる下位貴族だろう。
 操作の研鑽を積んで発現回数を増やすそれは、家を守るために秘匿されている可能性も考えられる。
 死んだらそれで全て終わりなのだから。


 ははっ!
 少し魔法が使えるようになっただけの俺でも気がつくようなことに、魔力量が多いヤツが気付かないなんて馬鹿しかねーな。


 俺が今できることは魔力操作。
 ならさっさと部屋に戻ってまた操作だ。


 練習場から戻ってロビーに入った瞬間、抑え込もうとしていた怒りと嫉妬が一気に噴き出した。

 目の前にはしーちゃんとアイツ。
 仲良く手を繋いで微笑みあっている。
 必死に我慢している俺の前でそれはあんまりだ!
 しーちゃんからオヤツがあると言われたが
 そんな物っ!!!
 どうせアイツに作った物の余り物だろ!?
 なんとか堪えお礼を返すのが精一杯。
 そんな俺に更なる衝撃が襲いかかる。

 しーちゃんはすぐにアイツに向き直り「あやね」とアイツを呼んだ。

 あやね?
 名前なのか?
 どうしてそれがわかる?
 言葉が通じていないのに何故わかるんだ!
 あだ名か!?
 いや、しーちゃんは勝手にあだ名をつけて呼んだらそこからの修正が難しいからと、美青年君とわざわざ呼んでいたんだ。
 もしかして喋れないだけで書くことはできるのか?

 全てのピアノの音の確認が終わり、しーちゃんに耳打ちするアイツが目に入る。
 しーちゃんも耳打ちを返している。


 は?
 言葉、通じてるし話せるのか?
 じゃあ今までのは一体なんだ!?


 そこから動けないでいると香織さん達が出てきた。
 香織さんは優しく話しかけている。
 香織さんの性格を考えれば、しーちゃんが暫く出てこなかった原因は明らかにコイツだとわかっている。
 だが関係性ではなく、どういう人間なのかの見極めが大切なんだろう。
 だが、しーちゃんとはこそこそと話していたアイツは香織さんには頷くのみ。

 やっぱり言葉通じてるんじゃねーか!!!

 麗と優汰には目も合わせないでしーちゃんにくっつきだした。
 随分舐めた真似してくれるなぁ!!
 それでも構わず香織さんはアイツに話しかけ続ける。

 香織さんは俺の味方だろっ!?
 見ていられない!!
 アイツに話しかけたくなんてない!
 しーちゃんに抱きつき続けるなんて許せない!
 この流れをなんとか断ち切りたい!

 でも何も言えない。
 明日の訓練場の確認をしーちゃんにするので精一杯。
 自分の出している声が低いのが自分でもわかるが、どうしても抑えられない。

 俺の声を聞き、アイツは逃げ出しやがった!
 しーちゃんは慌ててアイツの後を追う。

 困らせてしまった自覚はあるが…
 もう耐えられなかった。


 俺も自分の部屋に逃げ帰った。














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