水と言霊と

みぃうめ

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第249話    魔物の感情①

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 気がつくと私はベッドの上だった。

 ………………ここ、どこ?
 頭がぼーっとする。
 身体を起こして周りを確認する。
 すると、あっくんがソファに座り腕を組み俯いているのが視界に入る。
 身動きせず規則正しく胸が動いている。
 寝てるのかな?

「あっくん?」

 私の小さな声かけに、寝ていたと思っていたあっくんは顔を上げた。
 組んでいた腕を解きベッドに近づきながら

「大丈夫?」

 と、眉尻を下げながら私の様子を伺う。

「ここはどこ?どうして私寝てたの?」
「しーちゃん、門の外に出たこと覚えてない?」

 ……外?
 あっくんに言われ、記憶を辿る。
 …………あっ!!!
 私はベッドから飛び起きた。

「あの子達は!?無事なの!?」
「えっ、うん。無事だよ。」
「何処にいるの!?」
「どこって……中にいるよ?」
「中!?捕まえたってこと!?」
「……捕まえた??」
「まだ生きてるの!?」
「生きてるよ。」
「会いに行きたい!連れてって!!」
「しーちゃん、ちょっと落ち着いて。今目が覚めたばっかりだよ?」
「早くしないと死んじゃう!!!」
「死ぬ??中にいるんだから死なないよ?」
「だって体が崩壊しちゃうんでしょ!?」

 何故か食い違い続ける会話にあっくんは

「ちょっと待って、一旦深呼吸しよう。ね?」
「時間がないよ!」
「しーちゃん、深呼吸だよ。」

 焦る私にあっくんは怒っても声を荒らげるでもなく、声の圧だけを強めて言う。
 このままじゃらちがあかないし、あっくんは外に出るのも許可してくれないだろう。
 仕方なく深呼吸を繰り返す。
 私が数回深呼吸したのを見計らって

「“あの子達”って言ったね?しーちゃんは誰の話をしてたの?外から飛び込んできた子供達?ここの人達?それとも……魔物?」
「あ………………」

 あっくんの質問に、漸く気がついた。
 魔物のことを人間目線で話していたことに。
 私は俯き、魔物に思いを馳せる。

 それほどに、感情移入していた。
 それほどに、私と同じだと思った。
 負の感情の塊。
 なんとか助けられないか…
 人間の前に現れた時点で、顛末などわかりきっている。
 でも、聞かずにはいられない。

「……魔物は?捕まえたの?」
「俺が倒したよ。」

 ……わかってた。
 わかってたけど、心臓が鷲掴みにされたように痛む。
 私に言った言葉じゃないのに、切って捨てられたように感じる。
 魔物を討伐するためにここに来た。
 私だってそのつもりだった。
 私達が戦わなくても他の人が殺す。
 殺らなければ殺られる。
 自分を、大切な人を守るために戦う。
 もし捕まえられたとしても、魔物は死に向かって暴れ回って何れは崩壊する。
 崩壊を止める術なんて知らない。
 あるかすらわからない。

 どうして…
 どうして私はこうも無力なのか…
 絶望感と孤独感に苛まれる。
 追い立てられるように息が上がってゆく。

「しーちゃん!」

 名前を呼ばれながらあっくんの腕の中に閉じ込められた。

「1人で悩んで抱え込まないで。」
「…………わっ…私は!できなっ……できない!なんの力もない!なにも守れない!なにもっ!なにも残せない!」

 きっと私の言葉は意味を成していない。
 でもあっくんは私を抱きしめながら、ただただ「うん、うん、」と言うだけ。

「あんなに痛がってたのに!守ることも助けることもできない!恨まれたってしょうがない!」
「誰もしーちゃんのこと恨んでないよ。」

 それまで相槌に徹していたあっくんが、初めて否定の言葉を口にした。

「あの子達は苦しんでた!恨んでた!!!」
「それは、魔物のこと?」
「そうだよ!あの子達の気持ちが伝わってきた!全部全部私達のせいだ!」
「それは違うよ。絶対しーちゃんのせいじゃない。魔物は……痛がってたの?」
「…………いたがってたよ、くるしいって…」
「そうなんだね。じゃあどうする?しーちゃんはどうしたい?魔物と戦うのやめる?戦うのが怖かったり嫌になったんなら、俺がしーちゃんの分まで戦ってくる。俺は嫌がるしーちゃんに戦わせるつもりはないよ。もし、しーちゃんに無理強いする奴がいたら俺が許さない。」

 あっくんは私の言葉を少しも疑わず、選択肢は私にあると言ってくれた。

 今更ながら、冷静になってきた。
 だからこそ急に不安に襲われた。

「あっくんは……私の話、信じてくれるの?」

 突拍子もない話だ。
 魔物の気持ちがわかるなんて、一体誰が信じるというのか。
 気が触れたと思われたって不思議じゃない。

「どうして?今の話、嘘だったの?」
「嘘じゃない!!」
「でしょ?」
「でも……あっくんは何も感じなかったんだよね?」
「俺は何も感じなかった。でも、俺ですら警戒してただけだったのに、しーちゃんがあの距離で魔物に怯えるわけがない。仮に怯えたとして、戦うのが嫌になったならしーちゃんはハッキリ嫌だって言う。そこに言い訳を作ろうとする人じゃない。じゃあ嘘をつく意味は?それこそないでしょう?」
「……あり、がとう。」

 信じ難いことを容易く受け入れてくれたことに、驚きと戸惑いと申し訳なさと感謝と…複雑な感情が混ざり合う。

「俺は話を聞いただけだよ。ただ、しーちゃんは魔物と対峙して倒れたことは事実なんだよ。もしまた倒れたら……って考えると、賛成はできない。」

 どうしたらいいか、わからない。
 外に出て毎回目の前で倒れられたら足手まとい以下だ。
 あれだけ苦しんで恨まれて……このまま放っておくのが正解なのかもわからない。
 方法もないのに、助けられるなら助けたいと、そう思ってしまっている。
 でも魔物達と向き合うのも怖い。
 あの気持ちは父親と対峙した時と同じだから。

 過保護なあっくんのこと。
 倒れた原因が魔物だと判明した今、このまま素直にわからないと言ったら2度と外には出してもらえないことだけはわかる。

「他の人はどうなのかな?魔物の痛みや恨み、感じてないのかな?」

 悩んだ末に、他の人の意見も聞きたくなった。

「ハンスに聞いてみようか。」
「うん。聞いてみたい。」
「護衛の3人もしーちゃんを心配してたから外で待機してるはず。呼んでくるよ。」


 そして、あっくんに招かれハンスが部屋の中に入ってきた。
 私の顔を見て

「お目覚めになられたのですね!」

 と、安堵の表情を浮かべた。

「迷惑かけてごめんね。」
「いいえ、とんでもございません。紫愛様、お疲れでしたでしょうか?」
「ううん、違うの。ハンスに聞きたいことがあって……変なこと聞くかもしれないんだけど、ハンスは魔物の気持ちを感じたこと、ある?」
「はい?気持ち、ですか?申し訳ありませんが、紫愛様は何をお聞きになりたいのでしょうか?」

 面食らった顔。
 それだけで答えはもらったようなもの。
 あっくんと顔を見合わせる。
 やっぱり無いんだ…

「裏なんてない。しーちゃんの言葉通りの意味だ。」
「しかし、魔物の気持ちというのは…」
「つまりハンスの答えは“感じたことはない”ってことだな?」
「はい。ありません。」
「ハンスは感じたことはなくても、そういう話を誰かから聞いたこともない?」
「ありません。一体どういうことですか?」
「しーちゃん、話してもいい?」

 隠していても仕方ない。
 ハンスの意見が聞きたくて呼んだんだから。
 私は頷く。

「しーちゃんは魔物の気持ちを感じた。その衝撃が強すぎて倒れたみたいだ。」
「えーーっと……ハイ。」

 ハンスは言葉を選ぼうとして選びきれず、返事しかできていない。

「お前、しーちゃんが嘘ついてるって言いたいのか?」

 あっくんは苛立ち声が低くなった。

「いいえ!決してそんなことはありません!」
「あっくん、仕方ないよ。多分これが普通の反応だと思う。」
「では、本当に魔物の気持ちを感じ取ったと?」
「うん。」
「あの……それはどういったものでしたか?」
「恐怖と痛み、それから…………憎悪。」
「憎悪、ですか?」
「うん。ぐるぐる渦巻くような激しい憎悪。死への恐怖と、とてつもない痛み。私がヤツと対峙した時とそっくりな感情。」
「まさかそれでフラッシュバック起こしたの!?…………絶対駄目だ。魔物と戦わせられない。」
「でも!!!私はなんとかしたい!このままじゃいられない!このまま逃げたら私はずっと逃げ続けることになるんだよ!?あっくんはそれでもいいと思う!?」













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